69:怒りに震えるリリスの応酬
「ユーリ! ユーリ! お願い目を開けて! こんなのヤダよ! ユーリィィィ!!」
あやめは涙ながらに、駐車場の路面へうつ伏せで倒れこんでいるびしょ濡れのユリアンを、揺さぶった。すると彼の左手がゆらりと動いて、彼女の片手を優しく掴む。
「ユーリ!?」
あやめの言葉と同時に、ユリアンはゴロリと転がり仰向けになる。自ずと彼に握られたままの彼女の手は引き寄せられて、あやめはユリアンの上に倒れ込んだ。そんな彼女を、ユリアンはギュッと強く抱き締める。
「ご覧の通り、私は無事に生き延びたよ」
「ユーリ!」
あやめは顔を上げてユリアンの顔を見詰める。そこには変わらぬ優しい笑顔があった。
「逃れられたのさ。死の運命から。――レグルスのお陰でね……」
そしてふと夜空に視線を向けるユリアン。今しがたまでの笑顔は、いつの間にか悲愴感に染まっている。
「ユーリ……」
そっと静かに、彼の名を呟くあやめ。
「まさか……自分の死に妹が関わっていたとはな……」
「……」
聞いて良いものか、考えあぐねるあやめの表情は、戸惑い困惑していた。
「君にも話しておかねばならない。いや、知るべきだ。私の唯一無二の共鳴者として。あやめ」
ユリアンは自分の上に覆い被さっているあやめに視線を戻すと、優しく頭を撫でてからゆっくりと上半身を起こした。
「やれやれ。びしょ濡れだ。ひとまず温かいシャワーを浴びさせてくれ。凍えるくらいに寒い」
「妹のラザーフォードさんが、ユーリ殺害に加担してた!?」
シャワーを終えてベッドに腰を下ろしていたバスローブ姿のユリアンは、驚愕するあやめに軽く微笑を見せると、片手に持っていた缶ビールをグイッと呷った。
同じく彼の隣でベッドに腰を下ろしていたあやめは、事の真相をユリアンから聞かされて、膝の上に置いていた手が拳を作る。
「残念ながら、これが兄妹の仲の結末だ。しかしこれでけじめが着けられる。妹との決別に」
「どうしてユーリは酷い仕打ちを受けたのに、そんなに冷静でいられるの!? ユーリには悪いけど、私はもう心からあの女が許せない! スレイグ教授にちょっかい出すだけじゃなく、纏依先輩をも傷つけてそして今度は、実の兄にまで殺意を抱くなんて、どう考えても身勝手且つ横暴よ! 自分の遊興の為なら何をしても許されるなんて事、あっていい訳がない!」
あやめは悔しそうに声を荒げると、握り締めていた拳で自分の膝を打つ。
「もういいんだあやめ。結果的に私は死なずに済み、こうして生き延びられた。死の運命から逃れられたんだ。レグルスのお陰でね。これでもう忍び寄る死の運命に苛まれる事なく、あやめ、君と共に生涯一緒にいられる」
そうしてユリアンは、再度大きく缶ビールを呷った。
「それはそうだけど、でもあの女のせいで、そしてあの男のせいで纏依先輩は行方不明になって、スレイグ教授の意識まで……。このまま二人、ずっといなくなったりしないよね!?」
「大丈夫だ。レグルスなら間違いなく、ミス在里を連れてこの世に戻ってくる。絶対にだ」
「あの二人さえいなければ、纏依先輩もスレイグ教授もこんな事にはならなかった……。とてもユーリみたいに冷静には、私はなれないよ……!」
あやめの大きな双眸からは、大粒の涙がハタハタと落ち、膝の上で握り締められている拳は怒りに震えていた。暫くの沈黙の中で、ユリアンは一気にビールを飲み干すと、傍らにいるあやめを自分の肩へと抱き寄せた。
「今からミス在里のマンションに行こう。レグルスの肉体はきっとそこにある」
二人はレグルスがいるであろう、纏依のマンションに出向いた。
ドアレバーを下ろすと、鍵はかかっておらずすんなりとドアが開く。室内は真っ暗だったが、構わずユリアンは中へと入って行く。それを追いかける様にして、後ろからあやめは付いて来ながら照明のスイッチを入れていく。暗かった室内を、照明が明るく灯す。
そして纏依の寝室に入ると、ベッドの上でレグルスが倒れる様にして横たわっていた。念の為、彼の肉体が生きているかをユリアンは脈と呼吸で確認してから、無造作に横たわっているレグルスの巨体をずらして、ベッドの中央に納めると上から布団を掛けて暖を与える。
「恐らく睡眠状態になっているだけだろうから、大丈夫とは思うが……。必ず彼女を連れて、無事に帰って来い。レグルス」
ユリアンは彼の寝顔を見詰めながら、力強く声を掛けた。
そうしてマンスリーマンションに戻って、翌日の早朝。
あやめはまだユリアンが眠っている隙を見て部屋を出ると一人、東城空哉の住むウィークリーマンションへと向かった。
昨夜からの朝だ。そこにクラウディアも一緒だと思った。
こんな無力な自分が行ったところで、何かが出来るとは思ってはいないが、あやめはどうしてもあの二人への怒りの感情を治める事が出来ずにいた。
なので自然、その矛先を本人達に向けるべく、あやめは二人の元へと乗り込んで行った。
玄関先で対応したのは、ガウン姿のクラウディアだった。
「あらお嬢ちゃん。一体こんな朝早くからどうしたの?」
悪辣な微笑を湛えてクラウディアは、悠然と怒りを露にしているあやめを見下した。しかし負けじとあやめは彼女に詰め寄って行く。
「とぼけんじゃないわよ。この最低最悪のクソババア! あんた達だけは絶対に許さない!」
「あらあら。まぁ怖い。クスクス」
クラウディアはおどけた様に言いながら、部屋の奥へと戻って行く。
「ちょっと待ちなさいよ! まだ話は終わっちゃいないわよ!」
あやめは声を荒げながら彼女を追いかけて、同じく部屋の奥へと入って行く。
するとベッドの上でクッションを下に上半身を起こしている、東城空哉の姿があった。そんな彼に寄り添い、身を委ねるクラウディア。空哉は煙草を手に、口から紫煙を吐き出しながら不気味な笑みを浮かべていた。
「大した剣幕じゃねぇか。単身ここに乗り込んで来るとは、度胸があるのかはたまた、ただの馬鹿女か」
しかしあやめは怯む事無くベッドの前に仁王立ちすると、二人を睨み付ける。
「あんた達さえいなければ、何事もなくみんな平和でいられたのに! よくもあんた達……! 許さない!」
「言いたい事はそんな事か」
言葉と同時に、空哉はベッドから勢い良く飛び出すと、あやめに掴み掛かって床に押し倒した。
「何するのよ! 離して! 離せこの人殺し!!」
空哉の下で必死にもがき叫ぶあやめ。
「てめぇ一人で俺達に一体、何が出来るってんだ。ああ? まぁいい機会だ。今てめぇをここでレイプした後、亡者の残留思念体が集う川に放り込んでやるぜ!」
「クスクスクス。レイプされるシーンだなんて、凄く刺激的で見ものだわ」
ベッドの上からクラウディアが、空哉から受け取った吸いかけの煙草を燻らせながら、面白がって喜びを露にするのだった。
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