59:進化した魔王へリリスの説教
ガンガンガンゴンゴンドン!!
そのけたたましいノックに、室内から気だるそうにクラウディアが姿を現した。
「ちょっと。なぁに? リアン兄さん。何の騒ぎよ」
「クリ~……ス。白を切るのも大概にしろ。こっちにはしっかり末恐ろしい情報が、ガッチリ入っているんだ。お前は何て恥知らずの下品で見苦しい女なんだ! 兄として俺は、こんな妹を情けなく思う!」
ユリアンは妹の部屋のドアに片手を当てて、閉め出されるのを塞ぐと詰め寄る様に威嚇しながら、あからさまに見下げ果てつつ兄としての威信を放つ。ところが、然も心外と言わんばかりに正々堂々と反論してきたのは、その妹であるクラウディアであった。怪訝な顔して不快さを露に、兄へと逆に詰め寄る。
「何? 何がよ。説教する前に物事の本筋から先に入って頂戴」
このまさに開き直った様な態度の大きさに、さすがに我が妹ながらも怫然さを覚えたユリアンは、来日して二回目になる平手打ちを与えてやろうかと内心思いながら、最後のチャンスとばかりにとどめを刺す。
「ほう。まだ恍けるか。口に出すだけでもおぞまし――いや、恐ろしい!! お前、卑怯な手口を用いて、レグルスを犯したそうじゃないか!」
ユリアンはこれでもかとばかりに妹に密着するように詰め寄ると、どうだとばかりに眼下にある彼女の顔を侮蔑する。しかし、それに眉宇を寄せ口をあんぐり開け呆れ果てながら目を瞬かせて逆上してきたのは、クラウディアの方だった。
「……私が? ミスター・スレイグを!? 何を突然言い出すのリアン兄さん。頭おかしいんじゃない!? いくら私が可愛げないからって、そんなでっちあげてまで押し掛ける事ないじゃない! そんな事していないわ! 私は彼の前に、姿を見せる事さえ叶わないって言うのに! 何だったら直接ミスター・スレイグ本人に聞いてみたら!? 本人までがそう言ってくるなら、私も受けて立とうじゃない!!」
そう怒りに声を震わせながら言い放つと、クラウディアはユリアンを部屋から押し出して乱暴にドアを閉めてしまった。
すっかり意気込んでやって来たユリアンとあやめは、意表を突かれた様に呆然とドアの前で無言のまま立ち尽くし、顔を見合わせる。そして暫く二人見詰めあいながら黙考した後、先にゆっくり口を開いたのはあやめの方だった。
「……ここに来る前に、思えばスレイグ教授から電話で居場所を聞かれたんだったよね? って~事はぁ、私達がこうして来るよりも先に教授が来たんじゃないかなぁ? その時に、彼女に何か仕掛けたのかも」
「しかし、あいつの力は読心、テレパシー、意識侵入の三つだ。これらの力で妹をあんな状態にさせる事は……――いや待て。そうだ。そういえばあいつは、この前一つ新しい技を開発したからと、私にも超心理学書を寄越したんだったな。これは確かにあやめ、君の言う通りレグに訊ね直す必要がありそうだ」
直後。
「Go to others!!(他所へ行ってよ!!)」
と言うクラウディアの怒声と共に、ドアにスリッパが投げつけられる音が響き、二人は急いでその場を後にするのだった。
「――して? 何故わざわざここまで参られた。用件ならば電話一つで済むようなものを」
「相変わらずお前のその漆黒の容貌は、まるで魔界の門の守護者の様な邪悪さが漂っているな」
纏依のマンションにて。
ダイニングテーブルの椅子に腰を掛けたユリアンは、そんな自分をその巨躯による高い位置から両腕を組んで、冷ややかに見下してくるレグルスの無愛想さに苦笑する。
あやめはと言うと、ユリアンの住居にはないコタツに入ってヌクヌクと猫の様に背中を丸めて、暖を取っていた。そしてブルリと一度大きく身震いしてから、改めて呑気にあやめは訊ねる。
「それにしても寒いですね。この部屋。どうしてエアコン入れないんですか? スレイグ教授」
「……――電化製品は苦手でしてな」
昨日の今日だ。空調を利用して吸引麻酔を仕掛けられた後とあっては、暫くエアコン不信になっても仕方がない。嫌味かと言わんばかりに抑揚のない低い声でそう答える、彼の凄みある視線に思わずあやめは畏縮する。
ただでさえ恐怖の対象である彼が、更に輪を掛けて頗る機嫌が悪い事だけは理解出来る。
それもそうだ。隙を突いてあの淫乱熟女に犯されている様子を、よりによって愛する纏依に見られてしまったとなれば、この男のタイプからしてさぞかしその報復は容赦ないものになるだろう事くらい、普段は天然なあやめにだって分かる。動物的本能と言うべきか。
ひとまず今しがた、妹クラウディアを訪ねた時の様子をユリアンは冷静にレグルスへと訊ねる。するとあっさり、驚くべき答えが返ってきた。
「何。操心してやったのだ」
そう言うと、そうした女の兄であるユリアンを見詰める。しかしユリアンは、余り難儀に単語化された日本語までは、よく把握してはいなかった。それ以前に日本人であるあやめですら、同じだった。要は携帯世代の取り違い。
「え? 送信?」
キョトンとオウム返しするあやめに倣って、ユリアンも同じ事を訊ねる。
「つまりテレパシーで、直接クリスに語り掛けたとでも?」
ユリアンはともかく、そんなあやめに嘆息を吐くレグルスだったが、そもそもこんな単語はそう滅多に日本人も使用しないのでこんな反応をしたって、仕方がなかった。
「……否。操心の方だ」
すると仰天した様にあやめが身を乗り出してきた。
「ええ!? マインドコントロールって、教団とかでやる洗脳みたいな!?」
「日本人はそう把握している様だが、洗脳を意味する英語はブレインウォッシング。マインドコントロールは心を操作する事を示す。つまり」
「クラウディアさんの心を、操っちゃったって事ですか!?」
まるでちょっとした講義の一環の様に、レグルスの言葉にいちいち反応するあやめ。実際、教授と生徒の間柄なのであやめにとっては、普通の反応なのだが。レグルスは今現在教壇に立っていないだけに、面倒そうに嘆息を吐いて首肯した。
「……然様。それにて昨日の出来事の忘却と、某の前に金輪際姿を現さない様、心を操作してきたのだ」
「成る程。だからクリスの奴、あんな反応を……――って、お前また何て更に恐ろしい技を収得したんだ!」
一旦納得しておいてから、改めて驚愕を露にするユリアン。
「申した筈だ。能力は性格や生き方、心情等に左右されると」
「ああ。だからか」
「……だからとは、如何なる意味だ」
納得しながら椅子に座り直すユリアンを、相変わらず腕を組み仁王立ちした姿勢でレグルスは、上から睥睨する。それにすっかり今や慣れたユリアンは、平然と視線だけで見上げながら言いやる。
「ペットや子が飼い主や親に似る様に、能力もまた同じと言う意味だよ」
「別にこれにて、世界を支配しようとまでは思わぬ。他人にも世界にも興味はない」
「だろうとも」
「――そうは言うが、貴様もこの能力の会得可能な人格構成に一役買っているのを、よもや忘れたか」
「う……っ」
相変わらず過去の出来事を引き合いに出されると、ぐうの音も出なくなるユリアン。
「余程意識侵入で精神崩壊してやろうかとまで、今回そなたの妹が起こした件には激昂を覚えたが、そう言った過去のそなたの行い等を思い起こして、操心だけにとどめておいたのだ。どんな下品な妹でもそなたにとっては、大事な家族であろう事に免じてな」
改めてそう言われて、ユリアンは今回ほどクラウディアが家族の一員である事を、強烈に恥じた事はなかった。もうここまで来れば、あの頃の様な過保護な対象ではないことも痛感し、ユリアンは彼女の兄として心からこの後輩に、反省と謝罪の気持ちでいっぱいになる。
そんな彼の激情が流れ込んできて、レグルスはつい当時のユリアンに対するまるで兄として抱くささやかな欣幸を、思い出さずにはいられなかった。長い年月を経て、再度あの頃の様な親しみを感じるのは何だかくすぐったかったが、素直に嬉しかった。尤も、それを健気に表面化する程レグルスの無邪気な性格は、もう失われてしまってはいたが。
少しずつではあったが、二人の間のどす黒かった深い溝は埋まり、魔王の中に潜む心のしこりも解されているのは確かな様だった。そうした束の間なる彼の穏やかさを破り、ここに来て突然思い立った様にあやめの顔付きが変わる。
「ハッ! ま、まさか!」
そんなリビングにいる彼女へ、ダイニングテーブルにいる二人の英国中年男はふと無言のまま見遣る。あやめはコタツに足を突っ込んだまま上半身を捻り、床に両手を付く姿勢でテーブル前に立っているレグルスの巨躯を、険しい顔で見上げる。
「スレイグ教授! まさか纏依先輩の心まで操作して今回の件、うやむやにする気じゃないですよね!? だとしたら、そんなの真実の愛とは言いませんよ!!」
何を言い出すかと思えば突然の彼女の言葉に、意表を突かれたレグルスは半ば戸惑いながら返答する。
「……心配無用。その気は毛頭なければ、共鳴者には無効ですゆえ。同調し合うからには一心同体。虚偽は通じぬ。ご安心なされよ」
それを聞いて安堵しながらも、あやめは纏依の親友として咄嗟に彼女の恋人であるレグルスに彼への畏怖感もすっかり忘れ、苛立ちを露にした。
「だったらいいんですけど。ところでこうして見た所、まだ話し合いはしていないんですか!? いつまでも起き出さないのを好都合として待つだけじゃあ、対して変わらない様な気もしますけど?」
「あ、あやめ!」
慌てるユリアンと共に、あやめに鋭い所を突かれてさすがのレグルスも、言葉が詰まる。
「起きて来るのを待っているのなら、そんなの甘やかしでも何でもない。ただ教授が問題から逃げているだけですよ。きっと纏依先輩の心は、ショックの余り現実逃避を望んでいる筈。だからなかなか起きて来ないんだと私は思います。でもそんなんじゃダメ。余計二人はダメになる。きちんと向き合うべきです。ねぇ、スレイグ教授。一度でも今回の事で、先輩の心を覗いて見ましたか?」
「……」
生徒である立場の彼女からの鋭い指摘を受け、レグルスは気まずそうに目を逸らすと軽く握った拳で、人差し指の間接部にて口唇を塞ぐ。そして半ば助けを求める様に、ユリアンに視線をやる。何せ初めて恋仲同士との気まずい出来事に、レグルスは慣れていないのでどうすればいいのか困惑していたのが、本音でもあった。
そんな後輩の弟みたいに謙虚な反応についユリアンは、彼の庇護役に回る。しかも経験豊かなユリアンにはこの気持ちがよく分かってしまう。尤も、彼の場合はレグルスとは逆としての立場ではあるが。大半の男は身に覚えがあるだろう、若気の至りだ(……多分?)。
軽く小首を傾げて肩を竦めると、半ばぎこちなげにあやめへ彼の言葉を代弁する。
「……まだのようだ」
途端、忽ちあやめは怒りを交えた呆れ顔に変わる。そしてそうと分かるや、最早レグルスの恐怖なる立場も他所に彼女は寝室を指差し、仮にも大学教授を相手に纏依の親友としてその男である漆黒の大男へ向けて、声を荒げた。
「――ほぅら、やっぱりね。結局先輩が起きないのをいい事に、問題から逃げてるんじゃないですか! 今すぐに寝室へ行って、纏依先輩の気持ちを受け止めて来なさい!!」
「……ぎ、御意……」
まるで尻を叩かれんばかりの勢いに、さすがのレグルスも思わずそう口にするや半ば狼狽して、ユリアンとあやめを交互に見遣る。やがてそろそろと彼女が腰を据えているコタツのあるリビングを、そのあやめの睥睨に追い込まれる様にして横切ると、寝室前に辿り着く。
そしてリビングの向こうにいるユリアンを、意味ありげに一瞥してから素早く室内に滑り込む様にして入ると、ドアを閉じた。その後輩が姿を消したドアを見詰めつつ、ユリアンは唖然とした。
「あ、あのレグルスを叱り飛ばすとは、驚いたね」
瞠目してそう口にするユリアンに、あやめは憮然としながら言い切った。
「現場を目撃された男は十中八九、どんな立場だろうと気まずくて前向きな行動は積極的には、取り難いみたいだから」
嘗て二股を掛けられた経験のある、あやめの言葉には異常な説得力があって思わずユリアンは、こっそりと陰で両手を上げて降参ポーズを取った。
「こいつは後で改めてクリスの奴に、兄として何かお仕置きを与えておかないと、男としても後輩としてもレグが哀れだな」
そうレグルスに同情すると、苦笑するユリアン。それもそうだ。本来なら被害者は彼であるにも関わらず、謝罪と罪悪感まで背負わされるとは確かにとんだとばっちりである。
その時、室内から珍しくレグルスの緊迫した声が響いてきた。
「……依? 纏依!? 纏依! 目覚めよ纏依! ――……実に愚かな!!」
その様子に真っ先に反応したあやめは、立ち上がるや否や寝室のドアに向かう。
「教授!? どうしたんですか? 何が――入りますよ!」
否応無しにドアを開け放つあやめ。その後に続いて駆けつけるユリアン。
そこには、ベッドの上に片膝を置き纏依の上半身を抱き締める、レグルスの姿があった。心なしか、冷静沈着な筈の彼の息が、荒く聞こえた。
――まさか、自殺……!?――
嫌な予感が頭を過ぎる。顔面蒼白にしてあやめは、恐る恐る訊ねた。
「纏依先輩に、何があったんですか……!?」
するとレグルスは、ぐったりとしている纏依の髪に顔を埋めたまま低い声を静かに震わせ、絞り出すと思いがけない事を口にした。
「そなたの言う通り、もっと迅速に心を探るべきであった……。纏依が、いなくなってしまった」
「……え?」
纏依は確かに今、目の前で彼本人が抱き締めている。意味が理解出来ずに、キョトンとするあやめとユリアン。そんな二人を他所に、レグルスは悲痛さを込めた低音で再度、繰り返した。
「纏依の中身が、消失してしまった……!」
大変長らくお待たせしたようないつもと同じような……(苦笑)。
さ~、いよいよパラレルワールド突入ですよ~☆ww。
その前に少しユリアンの身の回りの生理整頓が……ε-(;ーωーA フゥ…
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