「暑い……」
三日前からエアコンが壊れていて、暖房しか使えない。夏の甲子園が始まろうというこの時期に、だ。
冷房を追いかけるようにして、私自身も壊れていた。
タンスに収納されていたはずのTシャツは、片っ端から私の汗を吸収しては、洗濯かごへ放り込まれ、放り込みに失敗したいくつかは、かごの口から暑くてへばっている犬の舌のように垂れ下がり、またはいかにも残骸というふうに床に落ちている。
台所のシンクには、鍋とざる、丼と箸が放置されている。三日前から、一日二食、素麺の麺のみ、具は一切なしという食生活だ。作る度に鍋や丼を洗い……いや濯ぎ、繰り返し使っている。その食事も、出来合いの素麺つゆがなくなったのを理由にとっていない。
お腹すいたな、とは確かに感じる。冷蔵庫に入れる事さえやめたミネラルウォーターのペットボトルから、生温い水を口の中に流しこみぼんやりする。
(熱中症での死亡と餓死なら……)
どっちが早いだろう。どっちが辛いだろう。
(どっちでもいいか……)
そんな事を考えながら、まだ温まっていない、比較的汗を吸い込んでいないシーツの方へ、ごろりと寝返りをうった。
人生には波がある。
そんなことはわかってるし、その波が人より激しい方ではないかということにも、うすうすは感づいている。
人間は誰にでもうまくやれる能力がある。立ち向かうか、逃げ出すか、やり過ごすか、方法は様々でも、必ず能力を秘めていると私は信じていた。
最近はずいぶん、穏やかになった。静かに受け入れるのが一番だ。だが今までの習慣で、つい、立ち向かおうとしてしまう。
(占い見たのが悪あがきだった……)
それが既にやばいのか、あがいてるのか定かではないが、三日前、落ち始めている時、片っ端から占いを読みあさった。
同じ占星術であっても、みるものによって違うことが書いてある。
(そんなもんよ)
と思ってすっきりすることを願いつつ、読んでいた。だが、結果は失敗。そこら中にちりばめられた『運命』という言葉が落下速度を加速させ、わずかに残っていた気力まで奪っていった。
生きていることが嫌なわけではない。普段はひどく退屈だけど、極たまに楽しいと感じられる仕事も持っている。たまに飲みに行くくらいの友達も何人かいるし、忙しいしちょっと意地悪な時もあるけど基本的には優しい彼氏もいる。
運動神経が長けているわけでも、特筆するほど賢いわけでもない。美人でもモデル並のプロポーションでもないが、日常生活に支障をきたしたことはない。
ようするに普通。いたって平凡。その証拠に『宝くじが当たる』といったような降って湧く幸せを夢みるが、『苦労を重ね女優として花開く』といったような努力を積み重ねつかみ取る幸せには、ただただ尊敬の念がつのるばかりで実際に実行しようとは思わない。
努力することも、努力する目標さえも見つけられないくせに、延々と続くであろう『たいしたことない日々』に嫌気がさしていた。それでも不満ではない。漠然とした、恐怖にも近い不安が静かに私のまわりを満たしている。
気力がない。
名横綱の引退、
「体力の限界、気力の限界……」
あのあまりにも有名な男泣きに、子供ながらにもらい泣きした。なのに今は、気力がどこにあって、どうやって湧いてきて、どんなものだったかも思いだせない。
積極的に生きる気力もないけれど、積極的に死ぬ気力もない。
(このまま死んじゃうなら、それでもいいかも)
積極的に生きる事を願いながら叶わない人に悪いという気もなくもない。
「運命だったのよ」
あれは誰が言ったんだっけ。震災で中学時代の同級生を亡くした。ものすごく親しかったわけではないが、たまに近所で会うと話をするくらいではあった。確か奨学金を受けながら大学に行っていて、先生になりたいと言っていた。
私はその頃も特に夢を持たず、怠惰な生活を送っていた。
彼女の死を聞いた時、
「何故私でなく彼女なんだろう」
と思った。どう考えても、私より彼女の方がこの世界には必要な気がした。
その前後にも、同じ年頃や自分よりもっと若い人の死に何度か直面してきた。
交通事故で亡くなった友達。いつのまにか癌に侵され急死した元カレ。突然死で半日後に見つかった後輩。
「何故私ではなく、彼らなのか」
それはどこか怒りに似た感情だった。
「運命だったのよ」
(『運命』って何よ)
温まってしまったシーツを放棄し、床に転がる。汗ばんだ肌に埃が吸い付き気持ち悪いが、そのままにする。
『運命』ってなんて残酷なんだろう。そんなふうに思った時もあった。誰かがいなくなるたびに、明日が約束されているものではないことを気付かされ、
(明日が来なくても後悔しない生き方をしよう)
なんて思ってみたりもした。
(先に逝った彼らに恥ずかしくないように頑張ろう)
と意気込んだものの、人生の目標どころか、五年後の自分さえ見出だすことができないでいる。
もしも彼女と私が入れ代わっていれば。
今頃、彼女の教え子が何か偉業を成し遂げているかも知れない。彼女は幸せな家庭なんかも手に入れて、やんちゃな息子を同窓会に連れて来たかも知れない。
もしも友達と入れ代わっていれば。
今頃日本のレーシングチームは最高峰のレースで優勝していたかも知れない。
もしも元カレと入れ代わっていれば。
今頃日本の電機産業はもっと発展を遂げていたかも知れない。
もしも後輩と入れ代わっていれば。
夏目漱石に勝るとも劣らない文豪が誕生していたかも知れない……
だけど現実は、違う。
才能溢れる彼らがいなくなり、無気力に消極的死を願う私が、ひたすらに二酸化炭素を排出し、環境さえも破壊し続けている。
ゴロゴロゴロ……
水ばかり飲んでいたせいか、お腹から不穏な音が聞こえる。むっくりと起き上がり、トイレに向かう。途中で置きっぱなしにしていた鞄を蹴っ飛ばし、『お店屋さん』を開いてしまう。
トイレの前までとんできた財布のおかげでドアは閉まり切っていないが、構わず下着を下ろして腰掛ける。お腹の痛みに
(下痢で死ぬのは辛そうだな)
なんて考えながら、トイレットペーパーを手にとろうとした。
「!!」
紙が残り少ない。振り向いて在庫を確認するが、見当たらない。
(買いに行かなきゃ)
まずシャワーを浴びて。
髪は洗わなくても大丈夫かな。帽子被って行こう。
綺麗なTシャツまだあったっけ?
コンビニまで往復十分、お腹の調子、持つのかな?
ドラッグストアの方が安いけど、緊急事態だし……
はっとした。夢だの人生の目標だのは見つからないけれど、トイレットペーパーは必要だと思っている。
あの元横綱には相撲を勝ち続ける気力はなくなってしまったけれど、私にはトイレットペーパーを手に入れるために行動する気力が湧いている。
低次元の気力でも、私はまだ生きている。私は優秀な教育者や技術者や芸術家ではないけれど、まだたしかに生きている。時に無気力になり、時に気力に満ちていることにさえ気付かなくても、たまに先に逝った友を思い生きている。
「痛てててて……」
体を前におると、ドアに挟まっている財布から、千円札と一緒に臓器提供意思カードがはみ出しているのが、目に入った。
(もうちょっと健康に気を使おう)
ゴロゴロいうお腹を摩りながら、そう思った。
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