シエスタの休日 上
トリステイン王国の首都であるトリスタニア。その街中の一角に、それなりに名が通った飲み屋があった。店名は『魅惑の妖精亭』。料理も酒もなかなかで、なにより店で働いているウェイトレスが露出の過激なビスチェを着て働いているのも人気の理由の1つだった。
店を経営しているのはスカロンという名のオカマであるが、性格はそれなりに良く、客との関係は良好だ。また、その娘のジェシカは店内のウェイトレスの中でも高い人気を誇る黒髪の美少女だった。
だがこの日、そのジェシカは店の一角に座って、ワインを何杯も煽る同世代の黒髪の少女に付き添っていた。
「へんだ・・・どうせ私みたいな田舎娘なんか・・・どうでも良い女だったんだ!!サイトさんの裏切り者!!・・・ウワ―ン!!」
少女は愚痴を一言言うと、突っ伏して泣き始めた。さっきからこれの繰り返しである。
「あのさシエスタ。何があったか知らないけどさ、営業妨害はやめてくれる。さっきからお客さんたちが何度もこっちに向かって振り向くんだけど。」
ジェシカは目の前で自棄酒を煽る従姉妹、シエスタに向かってもう何度言ったかわからない言葉を繰り返す。
「いいじゃない?従姉妹でしょ?お金はちゃんと払ってるんだから。」
これまた先ほどから何度も繰り返される返答を聞いて、ジェシカは盛大な溜息を吐いた。
「あんたタルブの叔父さんや叔母さんが見たら泣くわよ。」
身内の話題を出して、なんとか現状を打破しようと試みるジェシカだが、シエスタは耳を貸さない。
「ふんだ!!どうせ私はタルブには帰れないもん!」
その姿に、ジェシカは最早打つ手なしと見た。
才人とルイズの婚約にショックを受け、1カ月の休みを貰ったメイドのシエスタが何故今ここにいるのだろうか?それは次のようなことが理由であった。
怒りの余り彼女は長期休暇を貰って学院を飛び出したわけであるが、頭を冷やして冷静になると、今自分がどのような状況であるのかをようやく把握した。
彼女はタルブの実家へ送金するために、魔法学院で奉公していたのである。それなのに一時の感情に任せて、1カ月分の給料をふいにしてしまった。そんな事情ではタルブに帰れるはずなどない。かといって、学院へ戻って才人とルイズの顔を見るのも嫌である。
そこで彼女が考えたのが、トリスタニアで居酒屋をやっている従姉妹のことであった。今彼女が頼れるのはそこしかなかった。
そういうわけで、シエスタは何の前触れも無くジェシカのもとへとやってきたわけであるが、やって来た途端彼女がしたのは、ひたすらネチネチと愚痴を言いながらの自棄飲みだった。しかも真昼間から。
もっとも、ある意味真昼間から飲んでいるお陰でお客さんへの影響も最低限度に収まっているわけだが。これが客の増える夕方や夜だったら大変だったろう。
ジェシカはそんな従姉妹の自棄を止めようと何度も隣に座っては、説得を試みたが結局無駄骨だった。最終的には・・・
「あのくらいの乙女心は複雑なのよ。特に恋愛関係はね。だから少しぐらい目を瞑って上げなさい。」
と何故か父親であるスカロンに言われて、彼女はシエスタの説得を諦めた。
そして夕方、昼間ひたすら愚痴を言い続けたシエスタは、ワインのボトルを抱いて、机に突っ伏して眠ってしまっていた。
そんな中、店の前が少し騒がしくなった。
ドルルル・・・・
エンジン音を高らかに鳴らしながら、2台のサイドカーが止まった。このような文明の利器を使っているのは、もちろん『東方義勇軍』の人間だけである。
今や『魅惑の妖精亭』の常連には彼らも入っているのである。
サイドカーから降りた4人の兵士が、店の中へと入ってきた。全員茶色の開襟服にネクタイという出で立ちだ。この服装は義勇軍の2種軍装である。以前の海軍の軍服をモデルにした白い1種軍装は見た目は良かったが、汚れが目立つ上に、礼装的な意味合いが濃く、どちらかというと戦場向きの服ではなかった。かと言って迷彩の野戦服で街中を歩くのも気が引ける。そこで才吉は通常課業時の制服として、新たにこの服の採用を決めたのである。ちなみにモデルとなったのは第二次大戦中の英国陸軍とアメリカ陸軍の服だ。
当初は格好よい旧独逸軍の服を採用する意見もあったが、これはどうしてもナチスを連想させるということで才助が反対した。また旧日本陸海軍はいずれもダサいとして早々と却下となり、最終的に英米の制服をごちゃ混ぜにしたようなデザインとなった。そのままコピーをしなかったのは、旧軍兵出身者がどうして元も敵国の服そのままの物は着たくないと言ったからだ。
閑話休題。
とにかく、義勇軍の兵士が4人店にやってきたわけである。すぐに、手の空いていたジェシカが出迎える。
「いらっしゃいませ。」
「やあジェシカちゃん。いつもの席に頼むよ。」
すでに顔見知りとなっている兵士が、ジェシカに対して笑みを浮かべて言う。
「わかりました。あら?そちらの人は初めての方よね?」
ジェシカは1人の士官の顔を見て言った。
「ああ、新しく入隊した上官さ。今日はこの人に、この店のことを紹介しようと思ってきたんだ。」
すると、その士官は帽子を脱いで挨拶した。
「初めまして、義勇軍の菅野直中佐です。よろしく。」
その士官、菅野中佐はジェシカに向かって敬礼した。
「ジェシカです。お席の方へ御案内します。」
菅野をはじめとする4人はジェシカに案内されて、義勇軍の専用席に座った。この時期、『魅惑の妖精亭』にとって、義勇軍の兵士達は大事なお得意さんだった。彼らは頻繁に来店するし、かなりのお金を店に落としていったからだ。
菅野たちは適当に料理と酒を頼むと、宴を始めた。
彼らが宴を始めたのと同じ頃、店に今度は王室付きの衛士が3人やってきた。彼らも、店員の女の子に案内されて、席につこうとした。
騒ぎが起きたのはこの時だった。
ちょうどその時、ようやく眠りからさめたシエスタが立ち上がったのだが、彼女の袖が歩いてきた衛士に当ってしまった。さらに持っていたワインのビンを落としてしまい、その中身が衛士達に掛かってしまった。
「おい!何をするんだ!」
それまで眠気眼だったシエスタは、この衛士達の怒声で一気に意識を現実へ引き戻された。
「あ!ご、ごめんなさい!!」
シエスタは頭を下げたわけであるが、悪い事にその衛士はメイジだった。最近になって魔法を使えない平民の地位が上がってきているが、長年に渡って形成された侮蔑意識がそう簡単に消えるものではない。それどころか、逆に彼らは自らの地位を脅かす平民に対してさらに傲慢にさえなっていた。
「ごめんで済む問題じゃないぞ平民!王室をお守りする我々にワインを引っ掛けるとは、いい度胸しているじゃないか!この責任どう取ってもらおうかな?」
「そうだ。我々への侮辱は女王陛下への侮辱と同罪だぞ。」
「平民のくせして、舐めてるんじゃないぞ。」
口々にシエスタを貶めようとする衛士達。その言葉に、シエスタの顔色がみるみる青ざめていった。
「あ・・・あ・・・」
衛士が彼女を見る目は、獲物をどう料理しようか吟味する狼の物だった。おそらく、シエスタに対して、言葉に出来ないような暴力を加える気に違いない。
だが、シエスタにはどうしようも出来ない。また周りの人間も相手がメイジでは対抗しようがなかった。
「さあどうしようかねな?取り敢えずは俺たちに付き合って・・・」
衛士がそこまで言った時、横合いから声が入った。
「それ位にしておいたらどうですか?」
「何?」
衛士が声のしたほうに振り向いた。
彼らが見たのは、席から立ち上がった4人の義勇軍の男たちだった。
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