治安維持任務 9
取り敢えず2人は、木から落ちたショックで気絶した「ファントムメナス」と思われる翼人の子供に外傷がないか確認した。すると左腕に骨折と思われる腫れ、さらに数箇所に、木から落ちた時に出来たと思われる切り傷や打撲が確認された。
また、それと同時に「ファントムメナス」の正体が14〜15歳程度の少女であることもわかった。
その時になって、ようやく豊が発した緊急信号を聞いた他の隊員たちが集まってきた。
「隊長!トレバー!大丈夫ですか!?」
先頭を切ってやって来たファンレイン少尉が2人の無事を確認する。
「おう、ファンレイン。俺たちは無事だ。それよりもケガ人が出たから処置してやってくれ。この子だ。」
豊に言われて、ファンレインが駆け寄った。そして、しゃがみ込んでその少女を見た。
「こいつが「ファントムメナス」ですか?やっぱり子供だったんですね。」
「ああ、お前の言うとおりだった。」
豊がファンレインの言葉に頷きながら言った。
実は昨日夜の作戦会議で、ファンレインはあることを指摘した。それはテファに刺さった矢の大きさが通常の矢よりも小さいことだった。
これまで戦場を渡り歩いてきた傭兵の彼からしてみれば、明らかに異様な物だった。またその造りも非常に良く出来ていたが、通常使われている物に比べてどこか粗い感じが抜けていないというのも妙だった。あたかも、人間と翼人が使っている矢を折衷したような物だった。
そこから推測できるのは、矢を射った人間の体格が非常に小さいということと、少なくとも人間ではないということだった。
「しかし、相手を殺さないように矢を撃ったのも驚きですが、見たこともない魔法を使い、しかも同胞であるはずの翼人まで狙っていたのはどういうことでしょうね?」
ファンレインが首を捻る。
「それについては意識を取り戻してからゆっくりと聞こう。で、その娘のケガはどうだ?」
豊がファンレインの隣にしゃがみ込んで尋ねる。
「うーん・・・左腕が折れてますね。それからあちこちに切り傷やかすり傷、それに打撲があります。小さい傷は魔法でどうにかなるでしょうが、骨折は俺の力だけじゃ完治は無理です。取り敢えず、治せる傷には魔法を掛けておきます。」
「よし、それじゃあそうしてくれ。骨折については応急処置だけで、後は村に戻ってからやろう。」
「わかりました。」
ファンレインは懐から杖を取り出して、少女に治癒魔法を掛け始めた。一方、豊は立ち上がってトレバー二等兵や後からやって来た他の隊員たちにも指示を出す。
「クラーク、お前は無線で全部隊に「ファントムメナス」を捕まえたことを報せてくれ。それからケガ人の受け入れがを出来るようにしておけとも伝えてくれ。」
緊急信号は発したが、「ファントムメナス」確保は報せていないので、ここにいない隊員達にも報せなければいけない。特に航空隊はもう出動の必要はない。
またケガ人と言うのは、もちろん骨折した少女のことだ。上記したとおり、ファンレインの力に限界はあるし、またここでは満足な治療は出来ないから、残りの治療は村へ連れて行ってからだ。場合によってはそのまま基地まで空輸することだって出来る。
「了解です!」
命令を受けたクラーク三等兵曹が、直ちに無線機を掴んで通信を開始した。
「それからセルジェは、村へ戻ってサイドカーをここに一番近い所まで持って来い。ワトソンも一緒に村へ戻って、村長にこの事を報せて来い。それからワレンはセルジェと同じようにバイクを1台持って来い。」
「「了解!!」」
命令を受けた3人は、すぐに村の方へと走っていった。
「隊長、自分はどうすれば良いでしょうか?」
名前を呼ばれなかったトレバーが聞いてきた。
「お前はサイドカーが着いたら、ファンレインと一緒にその娘を村まで運べ。その間に俺はワレンが持ってきたバイクで翼人の集落にこの事を伝えてくる。」
「わかりました。」
それから数分後、村へ戻った3人のうち、ワレン兵曹長とワトソン二等兵曹がそれぞれサイドカーとバイクを運んで戻ってきた。もちろん森の中に直に入るのは無理なので、入ってこられる所までだ。
豊やファンレインたちも、娘を連れてそこまで移動する。サイドカーの側車部分にファンレインによる応急処置を終えた少女が乗せられ、バイクはワレンから翼人の集落へ行く豊に手渡された。
ちなみに、起きて暴れ出すといけないということで、少女はトレバーが抱きかかえる形で運ばれることになり豊以下、他の隊員たちがそれを茶化すという微笑ましい場面もあった。
とにかく、豊たちにはまだまだやることはたくさんあった。彼らはそれらを一つ一つ片付けなければならなかった。
「ファントムメナス」が捕まるという情報は、捕まえてから1時間もしない内に村人と翼人双方に伝えられた。もちろん、その情報に彼らが歓喜したのは言うまでもない。これでもう、脅えることなく普通に生活を送れるのだから当然だった。
もっとも、豊としてはあることを恐れていた。それは、村人や翼人が少女を私刑に処そうとしないかということだった。
現在、アルビオンに公布されている法律は解放戦争後に制定された各領地共通の法律と、各領地内で定められた領地法(後に条例と改称)の2つである。そして人間の犯罪者に対してはメイジ、平民問わずこの2つの法律が厳格に守られることが義務付けられていた。
しかしながら、これが翼人や吸血鬼などの亜人の場合となると基本的に適用されなかった。この時点における法律は、あくまで人間に対するものにしか過ぎなかったのだ。亜人に法が適用されるようになるには、今しばらく時間が必要だった。
だから温和な翼人はともかく、村人が暴発する可能性があった。
そしてこの豊の懸念は当たってしまう。翼人たちのほうは、族長のカーチャ以下冷静に話を聞き、同胞が何故こんなことをしたのか気にはしたが、身柄を引き渡せとまでは言わなかった。
だから豊は、事情聴取後にその内容を彼らに伝えるということで話をつけることが出来た。しかしながら、村人たちの方はそうはいかなかった。
豊が村へ戻ってみると、案の定村人たちが先日起きたテファの騒ぎの時と同様、指揮所を囲んで「犯人を出せ!!」、「さらし首にしろ!!」などといきまいていた。ただしその人数は前回よりも大分少なかった。
豊は彼らを説得する為に事情を説明する羽目になった。
「皆さんのお気持ちは良くわかりますが、まずは犯人から事情を聞く必要がありますので。処罰についてはそれからです。もちろん、何人もの人間を傷つけた報いは当然受けてもらうので、どうかお引取り願いたい。」
村人たちの前に出て、豊はそう言った。
村人たちは不満気ではあったが、隊長である豊がそう言ったおかげで結局解散した。豊たちからして見れば、少しばかり拍子抜けの展開だった。
これは村人からしてみれば取り敢えず「ファントムメナス」が捕まったことで安心したのと、また王軍でさえ梃子摺った彼女をたった3日で捕まえた義勇軍に畏怖していたのが原因だった。
なんにしろ、悩みの種が消えたのは豊にとって好都合だった。
そして豊が戻ってから1時間後、それまで気絶していた少女がようやく目を覚ました。彼女は村の指揮所へと連れ込まれると、ベッドに寝かされ、持ち込まれていた医療器具や薬で治療を受けた。
彼女が目覚めた丁度その時、彼女の側にはテファがいた。
「こ、ここは?痛!!」
少女は目覚めるなり起き上がろうとしたが、その途端骨折した箇所の痛みが彼女の体を駆け抜けた。
「大丈夫?まだ骨折が治ってないから、気をつけて。」
「ああ・・・あたし、捕まったの?」
少女が脅えながら言ったその質問に、テファは頷いた。しかし、笑顔で付け加えた。
「そうよ。けど、安心して、大丈夫だから。豊たちはとても優しいわ。それよりも、体は他に大丈夫?」
「うん。」
少女は小さく頷いた。
「なら良かった。あと、お腹減ってる?そうなら何か持ってくるけど。」
「え、ええと、お願いします。」
敵に捕まったにしてはあまりにも不可解な状況に、少女は少々戸惑っていた。もっとも、テファはそんなこと気にせず、優しく彼女と話し続ける。
「わかったわ。あ、自己紹介が遅れたわね。私はティファニア。皆はテファって呼んでいるわ。あなたは?」
「あたしは、ケイト。」
「ケイトちゃんね、よろしく。それじゃあ、今から何か持ってくるからちょっと待っててね。」
そう言うと、テファは部屋から出て行ってしまった。ケイトは本当に自分が捕らわれの身なのかと、本気で疑ってしまった。だから本来なら絶好の脱走の機会だったにも関わらず、彼女はただ困惑するだけであった。
数分後、テファが盆に乗せた皿を持ってやって来た。
「お待たせ。さあ、どうぞ。」
「あ、ありがとう。」
ケイトは戸惑いながらも、出されたシチューを残さず食べた。ちなみにその味はとても美味しかった。また片腕が使えず不自由な彼女を、テファが助けてくれた。
そしてケイトが食事を終えた頃、部屋の扉がノックされた。
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