治安維持任務 5
1日目の夜、翼人からの情報収集成功という明るい材料があったにも関わらず、葛西豊大尉以下、義勇軍隊員達のいる指揮所の空気は重かった。原因は明るい材料を吹き飛ばす、暗い材料が発生したからである。
翼人との話し合いを終え、部下からの連絡で急ぎ戻った豊が見たのは指揮所前に集まった村人たちと、銃こそ構えていないが必死に彼らを宥める部下たちの姿であった。
事の発端は実に単純であった。外に出ていたテファがうっかり被っていた帽子を風で飛ばしてしまい、耳を村人に見られてしまったことだった。
義勇軍がエルフを連れているという話はあっという間に村人全員に伝染し、彼らが指揮所を包囲するという事態に陥った。シティ・オブ・サウスゴータ付近の民間人なら、彼女にそこまで危機感を抱きはしなかっただろうが、生憎とこの地の住民たちは、そうはいかなかった。
一歩間違えれば、興奮した村人と義勇軍の間で流血の惨事ということも起こりえたが、豊も加わって、彼女は確かにハーフエルフであるが危険は全くないことや、シティ・オブ・サウスゴータの領主(つまりは才吉)も認めている等を彼らに説明し、なんとか衝突だけは回避できた。
しかしながら、村人と義勇軍の間に致命的に成りかねない溝を生んでしまったのは確かだった。もっとも、だからといって義勇軍の誰もがテファを責めるようなことはしない。また、村人を責めることも出来なかった。全員村人たちの気持ちもちゃんと理解していたし、一方でテファが心優しい人間であることも理解していたからだ。
こうして隊員全員が、心の中にもやもやした気持ちを持ってしまい、当然士気も低下した。
全員揃ってテファとマチルダが用意してくれた夕食を食べたものの、隊員たちは終始無言であった。またテファは、自分のせいでこうなったと強く感じていたので、ずっと俯いたままだった。
こうした状況を、豊は非常に憂慮した。
(まずいな、隊員達の士気はどん底だ。これじゃあ、「ファントムメナス」の確保どころか、任務を続けることさえおぼつかないぞ!?)
指揮官にとって、隊員たちの士気を高め、維持するのも立派な努めである。士気が落ちた軍人がまともに軍務に就けないのは古今東西の共通事項だ。
豊は何としてもこの状況を切り抜け、隊員の士気を高めなければいけなかった。そのためにも、彼が率先して何かをする必要があった。
夕食が終わり、本来なら無線担当の兵士や歩哨の兵士を配置に戻すのがセオリーであるが、豊は敢えてそれをせず、隊員たちが全員揃っている状態で言った。
「皆何暗い顔しているんだ!?まだ1日目だ。「ファントムメナス」のことは何もわかっていないんだぞ。本番はここからなんだ。そんなんじゃ、いつまで経っても基地に帰れないぞ!!」
豊は自ら明るい表情をして、隊員たちを元気付ける。だが、言葉だけでは一度落ちた士気を取り戻すのは難しい。隊員たちの表情は相変わらず暗いままだった。なので、豊はさらに続けた。
「お前ら、確かにテファが言われなき差別を受けたのは事実だし、俺だって腹立たしい。けど、こればかりは言っちゃ悪いがしょうがないことだ。6000年以上の長い月日を掛けて作られた人々の意識を変えるのは簡単なことじゃない。お前たちの中にだって、最初テファを見て差別意識を持った奴はいるだろう?」
そこで豊は隊員たちの顔を見回した。全員無言ではあったが、事実を指摘されて苦虫を潰したような表情をしている者が何人かいた。
「だがな、一方でその意識を変えることは出来ないわけじゃない。それはテファと付き合いのあるお前たち自身良くわかっていることだろう?確かに、今回のことで村人との関係は悪くなったが、100%好転しないわけじゃない。まだ時間はある。テファが俺たちの素晴らしい仲間であり、優しく誰もから慕われる人間であることを、これから村人たちにしっかり証明すれば良いんだ。とにかく、悲観的になるな!!希望を持て!!」
その言葉に、一番元気付けられたのはテファだった。それまで俯いていた彼女は、顔を上げて、皆に向かって言った。
「そうです皆さん。豊の言うとおりです。私も諦めません。難しいかもしれないけど、村の人たちに私、いいえ、エルフが決して人間と相容れられない存在じゃないことを理解してもらえるようがんばります!だから皆さんもがんばって下さい!!」
テファのその言葉もあってか、ファンレイン少尉が立ち上がって言った。
「そうですね。このまま引き下がっちゃ後味が悪い。俺たちは与えられた任務を完遂し、それと同時にティファニアさんに対する誤解も必ず解く。そうだな皆!?」
彼が他の隊員たちに問いかけると、それまでの暗い表情が嘘のように、全員明るい表情へと戻り、力強く頷き、賛成の言葉を発する。
「そうです!!少尉殿の言うとおりです!!」
「ティファニアさんは、俺たちの大事な友人です。彼女が化け物扱いされたまま帰ったら、良い恥さらしです!!」
「やりましょう!!必ず「ファントムメナス」を捕まえ、そして村人の誤解を解きましょう!!」
元々連帯感の強い部隊である。1人が士気を取り戻せば、連鎖的に他の隊員の士気も上がる。あとは、その士気を一体化すれば良い。
「ようし、じゃあ景気づけに歌でも歌うか。何か元気が出る歌でも。」
すると、テファが答えた。
「それじゃあ、ビリーブなんてどうかしら?私あれ気に入っているんだ。」
ビリーブとは、日本の小学校や中学校の卒業式では定番のあの歌である。
才吉たちは隊員の娯楽用にと、大量のCD(+プレーヤー)を地球から持ち込んでいる。その種類は多種多様で、それこそ最近のJ−POPから少し古い歌謡曲や洋楽、ジャズやクラシックなど色々である。だからテファが上記の歌を知っているのも当然だった。特に彼女の場合は、子どもたちと一緒に歌える歌を良く聞き歌う。また童謡は覚えやすいという点から、比較的多くの隊員たちの間でも歌われていた。
また義勇軍基地に出入りする軍属や民間人を媒体にして、こうした地球の歌は一般市民にも広がる傾向を見せた。
ちなみに余談ではあるが、トリステインのミライ基地では地球の某非現実系高校生アニメの主題歌と踊りが隊員内、さらには街の人々の間で大流行し、それが首都のトリスタニアや魔法学院にまで伝わるという珍現象が起きた。これはこれで面白いのだが、今回は関係ないので割愛する。
とにかくそう言う訳で、豊はテファが提案した曲をその場にいる全員で歌うことにした。
「ようし、じゃあ皆で歌おう!」
「うん!1,2,3、ハイ!」
テファの掛け声とともに、豊たち隊員たち、さらにはマチルダも含めた合唱が始まった。
歌い終えた時には、豊たち隊員たち、そしてテファとマチルダも笑顔を浮かべていた。
こうして、隊の士気は完全に回復した。
「じゃあ、ちょっと遅くなったが仕事に取り掛かろう。これより今日集めた情報の検討会を行う。それから、無線担当と歩哨を交代で行う。」
「「「了解!!」」」
豊の命令に従って、隊員たちが動き出した。
豊は自分を含む兵士たちの無線と歩哨のローテーションを決め、最初の担当者を配置に就かせると、自身は残る部下を集めて、机の上に村の周辺の地図とノートを置いて、今日村人と翼人から集めてきた情報の分析に入った。
戦いの本番はこれからであった。
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