治安維持任務 4
「いや、驚きだ。あなたのような若い女性が族長とは・・・ああ、失礼しました。自分は『東方義勇軍』の葛西豊大尉です。」
豊は型どおりの挨拶をすると、カーチャに向かって敬礼した。続いてトレバーも同じように敬礼した。
「同じく、『東方義勇軍』のトレバー二等兵です。」
2人の挨拶と、右手を上げる敬礼はカーチャをはじめとする翼人たちには奇妙な物であるように見えた筈だが、カーチャは笑顔を崩さず続けた。
「今回は私たちと話し合いをされに来たと伺いましたが、手荒い歓迎をしてしまったようで、申し訳ありません。」
カーチャが頭を下げた。
「頭をお上げ下さい。あなた方の仲間が何者かによって傷つけられ、いまだ安心できない状況にあるならば、あのような対応も止むを得ないでしょう。むしろ、族長自らここまで来ていただき、我々の方が深く感謝しなければいけません。ありがとうございます。」
豊は素直にカーチャに感謝していた。最初弓で出迎えられた時は、交渉が上手く行かないかもしれないと覚悟したが、目の前に現れた若き女族長は、話のわかる人物のようだった。
先ほどまでガチガチに固まっていたトレバーも、目の前に現れた女の翼人の姿と言葉に、安堵の表情を浮かべていた。
「それでは、早速ですが、あなた方が我々を訪ねてきた用件をお話下さい。」
「はい。あなた方もご存知の筈ですが、ここ最近この近くの村で、村人に対する無差別襲撃事件が発生しています。あなた方にも被害が出ていると聞きますが、それによってあなた方と村人との間に不穏な空気が流れているとも聞きました。このままでは双方が衝突する可能性があります。なんとしても流血の事態だけは避けたいところです。我々は今回、王政府からの要請を受けてその襲撃犯の捕獲、場合によっては撃滅のためにやって参りました。ですが、捕まえるにしろ倒すにしろ、相手が何者であるか知る必要があります。そこで、あなた方が知っていることを、是非とも教えてもらいたいのです。」
すると、カーチャは明らかに表情を暗くした。
「そうでしたか。その件は私も非常に憂慮しているのです。既に何人もの仲間が傷ついています。私たちは本来争いを望みません。しかし、最近では我が部族内でも一部の血気盛んな若い者が、村人に深い不信感を抱いています。今は私の力で止めていますが、もしこのまま仲間が傷つくのを黙って見過ごせば・・・」
カーチャは口ごもってしまった。
「言わずもがなですね。ですが、あなた方はまだ手を出していないだけ冷静です。自分としても、今回の件を一刻も早く解決し、村人とあなた方が何者も恐れることなく日々を送れるようにしたいと考えています。ですから、襲撃犯について分かっていることを出来るだけ教えて欲しいのです。我々は何よりも情報を欲しています。」
豊がそう言い終えてから、しばらくの間カーチャは彼の目をただジッと見ていた。まるで彼という人間を推し量っているかのようだった。
豊はそんな彼女を、同じようにただ見ているだけだった。そんな沈黙の対面は、カーチャが口を開いたことで終わった。
「わかりました、豊殿。あなた方が知りたいことについて、仲間たちに聞いてみましょう。カイネ!」
「は!」
呼ばれて、取り巻きの中で一番年長の翼人が彼女の前に出た。
「今から仲間たちを回って、彼らが求めていることについて聞いてきなさい。」
「わかりました。ですが、全ての家々を回るとなると、しばし時間が必要となります。」
それに対する答えは豊が言った。
「構いません。むしろ急いで重要な情報が聞き逃される方が恐ろしい。あなた方のペースでやって下さい。我々はその間待ちますので。」
「わかりました。それでは早速。」
そう言うと、カイネと呼ばれたその翼人は集落の方へと飛んでいった。
「カーチャ族長、御決断ありがとうございます。」
「いいえ、私たちとしても今回のことが早く解決して欲しいと願っていますので。それに、あなたが信頼できる人間であることは、目を見てわかりました。ですから私はあなた方に協力すると決めました。我々と会う人間の多くは、我々を恐れ、忌み嫌います。ですが、あなたは我々を見ても、少しも恐れない。そして同じように接してくれています。あなたのような人間に出会えて、私は喜ばしく思います。」
豊は異世界人であるので、この世界の人間が抱くような先入観はない。彼にとっての人の判断基準は、会って喋ってみてから決まるのだ。そして豊にとって、目の前の翼人は評価するに値する人物だった。
「自分は別に、会う人全てを平等に評価しているだけです。だから、そのような過分なお褒めの言葉を戴けるとは、光栄です。おい、トレバー・・・って何見とれているんだ!?」
彼の隣に立っているトレバーは、若く美しい翼人に見とれていた。そして豊に注意されてようやく我に帰った。
「え!?あ、はい?」
「全く・・・すまないがお前の分の背嚢に入っている携帯食料のキットを出してくれ。」
「え!?携帯食料のキットをですか?」
「そうだ。」
そう言うと、彼自身も背中に担いでいた背嚢から自分の分の携帯食料のキットを出した。義勇軍の携帯食料の多くは、現代地球の技術で造った物だ。缶詰にクラッカーなどの賞味期限が長い物が主だが、水分補給用の物も含まれている。キャンディーがそうだ。
豊はキットの中からキャンディーを取り出し、それをカーチャに渡した。
「ただ待っているだけというのもなんですし、どうぞ。トレバー、お前はそっちにいる人たちに分けてやれ!」
「これは?」
キャンディーを受け取ったカーチャは、それが何であるかわからず口を傾げた。
「これはキャンディーという、溶かした砂糖を練って固めたお菓子です。甘くておいしいですよ。」
そう言うと、彼は自分の口に含んで実演して見せた。それを見て、カーチャたち翼人たちも口に含んだ。
「あ、本当だ!甘い!とても美味しいです。」
カーチャが表情を綻ばせる。
「喜んでいただけて嬉しいです。良かったら、残りも差し上げます。集落の皆さんでお分け下さい。情報提供のせめてものお礼です。」
「ありがたく頂きます。きっと皆喜びます。」
それからしばしの間、豊たちはさらにキットの中に入っていた水で戻せる紅茶などを飲みながら、カーチャラ翼人たちと意見の交換を行った。こうした草の根での友好関係構築も、義勇軍にとっては大事なことである。
そして1時間ほど経って、カイネが数人の翼人を伴って飛んできた。
「この者たちは、襲撃を受けた者や、家族が襲撃を受けている者たちです。あなた方が知りたいことを、知っているかぎりではあるが、教えてもいいとのことです。」
「ありがとうございます。」
それからさらに1時間ほど掛けて、豊とトレバーは彼らから襲撃者、「ファントムメナス」に関する情報を聞き、それをメモした。
それが終わる頃には、日が大分傾いていた。カーチャらは、村へ帰る豊たちをわざわざ見送りに来てくれた。
「カーチャ族長。今日は本当にありがとうございました。感謝しています。」
「こちらこそ。あなたのような方と会えて本当に良かったです。またお会いできる日を楽しみにしています。」
「ええ。それでは。」
豊はバイクを出した。
バックミラーに映る翼人たちの姿が徐々に小さくなり、最終的に見えなくなった。だがその瞬間まで、彼らが豊たちを見送っていたのが見えた。
「良い人たちでしたね。最初は翼人と会うなんて、本当にどうなるかと思いましたけど。」
トレバーが行く時とはうって変わって笑顔を浮かべながら言う。
「だから言ったろ、大丈夫だって。」
「ええ。また会えると良いですね。」
「ああ、そう「・・・こちら3班エドワルドです。2班、葛西隊長応答願います!!」
豊が言い終える前に、村に居残っているエドワルド兵曹から無線が入ってきた。豊は片手でハンドルを握りながら、もう片方の手で無線に出た。
「こちら2班、葛西だ。どうした?」
「ああ、葛西隊長!村でちょっと厄介ごとが発生しました。今どこですか?」
「今ちょうど村へ戻る所だ。直ぐに着く。だから待っていろ、オーバー。」
運転中ということもあり、豊は一端無線を切った。
「どうしたんでしょうか?」
「わからん。とにかく村へ急ぐぞ。」
豊はサイドカーのスピードを上げた。
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