結婚 4
「次は君?」
菅野中佐たちから注文を聞き終えた店主が、今度は才人に尋ねてきた。
「はい、お願いします。」
菅野たちに代わって、才人が店主の前に出る。
「君も銀の指輪で、良いかね?」
店主は才人をみてそう尋ねてきた。その質問に才人は頷いた。
「はい、それでお願いします。」
この言葉に、菅野とシエスタが反応した。
「おいおい、才人君、それで良いのかい?」
「そうですよ、才人さん。それじゃあ彼女喜びませんよ。」
2人が驚くのももっともだった。2人は今回結婚式に呼ばれているので、才人の相手が誰であるかをちゃんと知っている。だから、彼が仮とはいえ一国の元首に、自分たちと同程度の指輪を贈ろうとしていることが信じられなかった。
だが才人は表情を崩すことなく、ただ一言、
「いや、それで良いんです。」
とだけ言った。
「どうしてですか?何か問題でもあるんですか?」
シエスタが心配そうに尋ねる。
「まさか、君に限って金がない、なんてことはないよな?」
菅野が冗談交じりの声で言う。なんでそんな言い方をしたかといえば、絶対にそんなこと有り得ないからだ。何せ才人は現在男爵としての貴族年金に、菅野と同レベルの給料を貰っているのだ。金に困るなどよっぽどのことだ。
「まさか、金なら十分にありますよ。ただ、今はあいつに、それ以上の物を渡すわけにはいかないんです。」
才人はいつになく真剣な表情で、2人に向かって言った。だから2人もそれ以上は何も言えなかった。
「あのう、それで銀の指輪で良いんですね?」
3人が会話している間、蚊帳の外に置かれていた店主が、恐る恐る聞いてきた。
「ああ、すいません。はい、それでお願いします。」
才人は彼のほうへと再び体を向けた。
「わかりました。それから、何かメッセージを内側に彫りますか?」
才人の場合、先ほど菅野たちがしたような直接的なメッセージを彫ることは出来ない。そんなことすれば、店主に気づかれてしまう。
だから才人は別のことを考えてきていた。
「ああ、だったらこの紙に書いてあることを彫ってください?」
才人はポケットから何やら紙切れを取り出して、店主の手に渡した。
「はい?」
店主は才人からその紙切れを受け取ると、一読した。
「これは、また見慣れない文字ですな。」
その紙切れに書かれていたのは、明らかにハルケギニア語ではなかった。書かれていたのはハルケギニア人には全く馴染みのない日本語であった。内容はこうである。
「才人よりルイズへ。」
直接書き込むことの出来ない、彼の苦肉の策であった。
「それは、俺の生まれた国の文字です。それをそのまま指輪に彫って下さい。」
店主は見慣れない文字を彫れという仕事に、戸惑いを感じていた。
「はあ、よろしいですが、これは一体どういう意味ですか?」
普通の人間ならそう質問する。この店主も例外ではなかった。
「残念ですが、お教えできません。とにかく、そのまま彫ってください。」
「そうですか・・・わかりました。」
何か釈然としない表情をしながらも、店主は頷いた。
「それから、それを明後日までに絶対に仕上げてください。」
すると、店主の表情が驚愕のものとなった。
「え!?明後日ですか?さすがにそれはちょっと、先ほどのお客さんたちからの仕事もありますし。なによりこういう慣れない文字ですからね。せめて3日はいただかないと。」
店主が無理な理由を並べ立てるが、才人は妥協しない。
「いいえ、2日でお願いします。そのためならいくらでも出しますので。」
すると才人は70〜80枚近い金貨を机の上に差し出した。
「すごい!けど、いや、しかしですね・・・」
店主は未だに決めかねているようだ。すると、菅野が前に出た。
「それじゃあ店長さん、俺たちの指輪はしばらく伸ばしてくれて良いよ。」
「え!?本当にそれで宜しいのですか?」
店長が菅野に確認をする。
「ええ、どうせ俺たちの結婚式は来週ですから。少しくらい遅れても良いですよ。な、シエスタ。」
「はい。」
菅野の言葉にシエスタも頷いた。
「それなら、わかりました。あなたの指輪を優先して作らせてもらいます。なんとか2日後には渡せると思います。」
「ありがとうございます。」
才人は頭を下げて礼をした。
「それじゃあ、指輪のサイズですが、お相手の方はどうしますか?」
「あ、それならちゃんとあるんで。これです。」
今度は円形に結ばれた糸を才人は店主に出した。
「わかりました。それじゃあこちらの書類にサインをお願いします。」
才人は差し出された書類にサインした。
「それでは、2日後店に来てください。後ろのお2人は、取り敢えずの目安として5日後以降にお願いします。」
店主が3人に向かって言った。
「それじゃあお願いします。」
「頼みます。」
「よろしくお願いします。」
3人はそれぞれに礼を言うと、店から出ていった。
「ふう、変わったお客さんだったな。さてと、それじゃあ早速仕事に取り掛かるとするか。」
店主はもう一度書類に目を通した。そして、名前の所に注目した。
「うん?ヒラガ・サイト・・・どこかで聞いたような名前だよな・・・どこだったかな・・・うーん・・・ああ!!」
店主は思い出すと、大声で叫んでいた。
2日後、才人は再び店を訪れた。
「こんにちわ。」
「いらっしゃい、て、あ!!平賀様、お待ちしておりましたよ。」
店主の意外な言葉に、才人は驚いた。
「ええと、どうかしたんですか?」
すると、店長は笑顔で言った。
「まったく、先日来た際言ってくれれば良かったのに。まさかあなたが、あのタルブとアルビオンでの英雄だったとは!!」
「あれ、俺言いましたっけ?」
「言わなくたってわかりますよ。ヒラガ・サイトって言ったら、我々平民からしてみたら英雄以外の何物でもない。なにせ戦功を認められて男爵になったほどのお人ですからね。」
その言葉に、才人は苦笑した。才人自身は別にそんなことは気にしない性格だからだ。
「そうですか・・・それよりも、指輪出来てますか?」
「もちろんですとも。」
そう言うと、店主は店の棚から、小箱を1つ取り出した。そして才人の前に持ってくると、その蓋を開けた。中には銀で出来たシンプルなデザインの指輪が入っていた。
「ありがとう。無理させてすいません。」
「いえいえ。それにしても、そんな銀の指輪でよかったんですか?金で出来たのや、宝石を付けたもっと豪華な物にだって出来たんですよ?」
店主が不思議そうにして聞いてきた。すると、才人は笑みを浮かべながらこう言った。
「今はこれで良いんですよ。」
「!?」
店主にはその言葉の意味は全く理解できなかった。
「それじゃあ本当にありがとうございました。」
「またの御来店お待ちしております。」
店主に軽く挨拶すると、才人は店の外へと出た。
「ふう・・・しかし、今は良いってどういうことなんだ?」
店主は才人を見送った後、1人そう言って首を傾げた。彼がその答えの意味を知るのは、数年後のことである。
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