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結婚 3
 ルイズとアンリエッタが王宮でお喋りしながらお茶を楽しんでいる頃、トリスタニアの市街地では、銃士隊隊長のアニエスが歩いていた。この日の彼女は非番で、最近になって改訂された銃士隊の士官服ではなく、私服を着て久しぶりの休日を楽しんでいるところであった。

 もっとも彼女の場合は服とか化粧品とかそういう物には興味はない。だから休日にやることといえば、古書店に言って軍事関係の本を買って勉強することや、精々どこかの店でお茶でも飲むくらいである。むしろ官舎の庭で自主トレーニングを行っている方が多い。

 だからこの日も正午を過ぎる頃にはお目当ての本を買い込み、官舎へと戻ろうとしていた。そんな彼女の視界の中に、3人の顔見知りの人物たちの姿が入ってきた。

「あ、あれは?」

 その3人組は、いまやトリステインではお馴染みとなった白い義勇軍の制服を着込んでいた。ただし1人だけはキュロットスカートを履いているから、女性だった。もちろん、その人物にもアニエスは見覚えがあった。

 彼女は直ぐに彼らに声を掛けてみた。

「おい!」

 すると、3人全員が彼女の方へと振り向き、1人が声を掛けてきた。

「ああ、アニエスさん。」

 その人物、平賀才人はアニエスに気がつくと、すぐに近寄ってきた。他の2人、菅野中佐とシエスタもその後に続いてやってきた。

「こんにちは。」

「こんにちはアニエス隊長。」

「こんにちは、アニエスさん。」

「ああ、こんにちは。菅野中佐とシエスタ兵曹もこんにちは。」

 3人はそれぞれアニエスに向かって挨拶する。

「珍しいですね、アニエスさんが私服で歩いているなんて。」

 普段の制服姿しか見たことがない才人は、少しばかり驚きを交えた声で言った。

「今日は非番なんだ。そういう才人たちこそ今日はどうしたんだ?菅野中佐とシエスタ兵曹も?」

 すると、それには菅野が答えた。

「今日は結婚指輪を買いに来たんです。」

 そう言われて、アニエスはルイズと才人の結婚のことを思い出した。近衛部隊と言えど、兵士たちには今回の結婚について申し渡されていない。ただし隊長のみには例外として伝えられていた。

「すると、才人が殿下に送るやつか?」

 アニエスは少しばかり声のトーンを落して言った。

「それもありますが、今回菅野中佐もシエスタと結婚することになったんです。それで2人の分も買いに来たんです。」

 すると、アニエスは驚きの表情をした。

「ほう、2人も結婚なさるんですか?」

 アニエスにそう言われて、シエスタは少しばかり顔を赤くした。そして菅野がアニエスに向かって説明する。

「ええ、本当ならもう少し後でも良かったんですけど、先日タルブに行ったときに、彼女の両親からしきりに結婚を勧められまして。だから。」

 まあ義勇軍の士官なら確かに結婚相手として申し分ない。シエスタの両親が喜び、結婚を急がせたのも無理はない。ただ出会ってからそんなに時間が経っていないという菅野の言葉も事実であったが。まあ、それについては菅野の腕にシエスタが自分の腕を絡ませている光景を見れば心配なさそうである。

「そうですか、とりあえず、2人ともおめでとうございます。」

「「ありがとうございます。」」

 アニエスに祝いの言葉を掛けられ、菅野とシエスタは軽く頭を下げて礼を言った。

「それじゃあ、俺たちはそろそろ行きますね。」

 と、才人が言ったのであるが、アニエスが引き止めた。

「あ、ちょっと待て才人!」

「はい!?」

 そして彼女は才人に近寄り、彼にしか聞こえないように小声で言う。

「お前、ちゃんとわかっているだろうな。結婚のことは、結婚式に呼ぶ人間以外には言ってはいけないんだぞ。」

「わかってますよ。」

 才人は笑顔で言うが、王宮内で働くアニエスとしては、そう簡単に「なら良い。」と答えるわけがない。

「ちゃんとわかっているのか?特に結婚指輪を作る時なんか、嫁の名前を聞かれて、店の職人にバカ正直に言ったりしないか?」

 随分と念を入れるが、ほんの些細なことが機密漏洩などの不味いことを引き起こすことをわかっているだけに、アニエスとしてはこのような態度をとったのであった。

 もっとも、才人としては深く追求されるということは自分が信頼されてないことに他ならないので、気持ちの良いことではない。

「大丈夫ですって。そんなに俺のことが信頼できませんか?」

 さすがにこう言われると、アニエスとしてもこれ以上の追求をする気持ちは削がれる。それに才人だけではなく菅野とシエスタも引き止めている格好だから、余計にそのような気持ちとなる。

「わかった。だが、本当に気をつけろよ。」

 最後の念を押すアニエス。

「わかっていますって。それじゃあ、アニエスさん。俺たちはこれで。」

 才人はアニエスから離れ、待っている2人の方へと向かう。

「ああ。またな。」

 通りの人ごみへと消えていく3人の姿をアニエスはしばらくの間眺めていた。



 アニエスとの会話を終えた3人は、そのまま宝石店へと向かった。

 3人が見せの扉を開けると、中には店主と思われる男が1人だけ椅子に座って待っているだけで、閑散としていた。

こうした店を利用するのは大概貴族か、裕福な商人だけである。ちょうどこの頃になって平民層にも、高級な宝石を買えるようになった人間が出てきたばかりであるから、お客がいなくてもなんら不思議ではなかった。

一応平民の間にも指輪をつける習慣はなくはないが、こんな高そうな店には来ない。

「へい、いらっしゃい。おや?こりゃ驚きだ。『東方義勇軍』の軍人さんとはめずらしい。」

 店主が3人の制服を見ながら言った。

「指輪を作って欲しいんだが。」

 まず先に言ったのは菅野だった。

「はあ、指輪ですか?良いですけど、ちゃんと代金はありますか?うちはそんじょそこらの安物店じゃないものですから。」

 すると菅野は財布からエキュー金貨を50枚ほど出した。ちなみに彼の月当たりの基本給は現在30エキューである。これに飛行手当て等の各種手当てが出て40エキューほどになるが、それでもこの額はかなり奮発していると言ってよかった。

 ちなみにシュバリエの貴族年金が500エキューからすると、彼の給与レベルはかなり良い。

「これで大丈夫か?」

 菅野が尋ねると、店主はすぐに返事をした。

「はい、銀の指輪ならこれで十分ですね。けどお客さん運が良いですね、今月から銀の相場がいくらか下がりましたからね。」

 その言葉に、才人は苦笑した。銀の相場が下がったのは、十中八九外洋諸島の鉱山から掘り出された銀が市場に出回り始めたからだ。

 もっとも、まだこの時点では機密なので心の中に押しとどめておく。

「それじゃあそれで頼む。あと、指輪には片方に、ナオシよりシエスタ。もう片方に逆を彫っておいてくれ。」

「わかりました。」

 主人は菅野から言われたことを紙にメモした。

 その後、2人の指のサイズの確認やどのデザインにするかをシエスタが選ぶなどして、最終的にどの指輪にするかを決め、最後に菅野が契約書にサインをした。

「それじゃあ、2日後、取りに来てください。それじゃあ、次の方。」

 次は才人の番だ。
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