ハルケギニア海軍興亡史
ハルケギニア世界において、海軍が独立して存在しているという国は稀であった。なぜなら風石を利用して空中を航行する船が、そのまま着水して水上を動くことも出来たからである。そのため多くの国では空中と水上両方での戦闘を想定した両用艦隊として艦隊を運用し、その所管は主に空軍であった。海軍が存在する国でもその規模は小さく、後の世で言う海上警察程度の実力しか有していなかった。
そうした状況が実に6千年近くも続いたのである。
しかし、その状況に大きな変動が起きた。折しもそれはアルビオン内戦(又はアルビオン解放戦争)が終わった直後のことであった。
この時期はハルケギニアという世界自体が大きな変革を迎えていく時代であった。そしてこれもその内の1つと言えるだろう。
この時期、それまでの飛行船では風石の搭載量の限界から行なわれることのなかった遠洋航海が試みられるようになった。折しも異世界地球から流れ着いていた船が、燃料である重油や軽油の精製成功で動くようになったことがそれに拍車を掛けた。
この地球製の船、「にぎつ丸」は後の世で言う航空母艦で、アルビオン解放戦争のさいにはその艦載機が神出鬼没にアルビオン各地に現れ、『レコン・キスタ』軍を翻弄させた。
同船は航空母艦としての任務が戦争の終結とともに終わると、これまでまったく調査がなされなかった海上の調査に入った。同船は燃料さえ満載すれば、風石搭載の飛行船の数倍の航続距離を発揮出来た。
同船による調査航海は短期間の間で数十回にも及び、実に80近い大小の島々が発見され、その内の3分の2近くが金、石油、石炭などの天然資源を豊富に埋蔵していた。また最大の島でアイスランドと名付けられた島は、資源こそ少なかったものの土地が豊穣で平坦、しかも高緯度でありながら暖流のおかげで温暖な気候であり、農地、そして漁業の地として最適の土地であった。そのため後にトリステインやアルビオンから万単位で人々が移住した。
ちなみにこれら島々の3分の2はトリステイン領、残る3分の1はアルビオン領とされ、アルビオンにとってはじめての地上の領土となった。またアイスランドは共同管理地となった。
アイスランドを含む各島は便宜的に外洋諸島群と呼ばれることとなったが、これら島々は小国であり無資源国であったトリステイン王国とアルビオン王国の立場を大きく変えることになったのは言うまでもない。
そしてこれら島々からの輸送にはそれまでの風石使用の飛行船が使われることとなったのであるが、ここである問題が発生した。それは飛行船では遠距離にあるこれら島々までは風石を満載して飛んでいくのが精一杯で、とても採掘した資源を運べないということであった。
そこで、仕方がなく普通に海上を走る大型船の建造が行なわれた。もちろん、飛行船を海上に走らせるという方法も採られたが、旧式であるこれらの船はいずれも大量の鉱物を運ぶのに適していなかったために、初期の数ヶ月を除いてほとんど使われなかった。
その後、新規に投入された輸送船はいずれも開発されたばかりの蒸気機関が搭載され、飛行船と対等まではいかないまでも、それまでの帆船よりも遥かに速いスピードで走れた。
こうした船の初期の型はいずれも異世界地球から持ち込まれた設計図を元に開発された模倣船であったか、ロマノフ公国からの売却船であった。ハルケギニア戦役も終わり世の中が落ち着くとハルケギニア独自の船も開発されていった。また船員を養成する商船学校、設計技師を養成する技術学校も併せて創設されている。
話を元に戻す。これら外洋諸島群とトリステイン本国を繋ぐ航路はわずか数ヶ月でトリステインとアルビオンにとってなくてはならない物となった。それとともに、この航路の防衛が必要となってきた。石油や石炭はよかったが、金や硫黄を運ぶ船は頻繁に狙われた。しかも当初は沿岸部のみの海賊を警戒していれば良かったが、ガリアとトリステイン、アルビオン両国の関係が悪化するとかなり外洋を航行する船舶も、襲撃に対する警戒が必要となった。
こうした問題が本格的にクローズアップされたのは、ガリアがトリステインとアルビオンに対する挑発を繰り返すようになってから、厳密にはハルケギニア戦役が始まる3ヶ月前のことであった。
その時点におけるトリステインとアルビオンが持つ海軍力は、ハルケギニア初めての近代型軍艦「ビフレスト」級の「ビフレスト」、「ヨツンハイム」、「イラストリアス」、「ヴィクトリアス」の4隻のみという状況だった。3番艦の「オストラント」は武装が半減された探検船であったために数の内には入れられなかった。
ちなみにこれら「ビフレスト」級は異世界日本の防護巡洋艦「吉野」級を参考に建造されている。
またこの少し前に現れた地球の巡洋艦「オオヨド」、駆逐艦「ユキカゼ」、「サカキ」、「カエデ」を含めても8隻だけだった。
対するガリアとゲルマニアは両用艦隊として併せて150隻あまりの艦艇を保有しており、ほとんどが旧式の飛行船であったが、近海海域での襲撃に使うだけなら充分だった。また蒸気機関こそ搭載していなかったが、外洋まで走らせることも出来る艦艇も少数ながら存在した。さらにたった1隻だけだったがガリア軍が自軍に編入した地球の潜水艦「シェルクーフ」に、弾薬が限られていたがやはり地球製の100機余りの伊仏空軍機による攻撃も脅威であった。
この状況に、トリステインとアルビオン各政府は泥縄式であったが、さっそく対策を立て始めた。そして『東方義勇軍』からの提案に従って、試験船「スピカ」号を一回り大きくした駆逐艦の生産に入った。それまでの艦艇はゲルマニアのツェルプストー領に発注されていたが、この時点では新たに国交が樹立されたロマノフ公国にも発注され、さらにラ・ロシェールに新設された海軍工廠でも建造が行なわれた。
さらに乗員の養成も全力で行なわれた。海軍士官学校が新設され、あらたに4つの術科学校(航海術、砲術、機関、その他)も新設された。
こうして突貫で建造された艦艇、ならびに養成された乗員たちは開戦数ヶ月前にようやく戦場に登場した。その頃は開戦直後ガリア国境沿いの各領地の諸侯軍、さらに功を得ようと焦って戦闘に突入した各所領軍がガリアの物量と、ガリアについた伊仏軍の前に大敗北を決して、その後義勇軍他の残存戦力によってなんとか戦線が立て直された時期であった。
前線に出た各海軍部隊は、外洋諸島群とロマノフ公国との通商路の防衛のみならず、『東方義勇軍』によるガリア逆上陸作戦の支援、ゲルマニアにおけるクーデター支援作戦など重要な作戦をいくつもこなした。また、計画で終わったがガリアとエルフ諸国との交易ルート破壊作戦への投入もあった。
ハルケギニア戦役後、重油燃焼ボイラーの発達により艦船のスピードが上がると、浮遊大陸であるアルビオンへの航路を除く各航路のシェアは、誰でも動かせる通常船に移行していく。それと共に海軍の役割も大きくなり、後にハルケギニア各国が連合制に移行すると、トリステインとアルビオンの海軍はその中核となっていくこととなる。
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