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マルトー親父の衝撃
 トリステイン魔法学院で働くマルトー料理長は、かなりレベルの高い料理人である。日々メイジの子女たちが満足する料理を作り、教師のコルベールも彼に高い評価を与えていた。

 そんな彼はハルケギニア世界の料理のほとんどを知っていた。しかしながら、さらに外の世界、ましてや異世界の料理など知るはずが無かった。

 学院内で『ゼロ』と言われるルイズの使い魔である平賀才人。彼は平民の使用人たちからは一時期ギーシュとの決闘に勝利したことや、『土くれのフーケ』を捕まえた事から、『我らが剣』と呼ばれていた。ある日その彼の両親が突然魔法学院に現れた。まあ、そのこと自体は特にマルトーの知ったことではないし、その彼女の母親の瑞江が調理場で仕事を手伝うようになったことも、別段仕事をちゃんとしてもらえれば、気にすることではなかった。

 しかし、彼女が働き出して数日後、彼は生まれて初めてみる光景に大いに驚かされることとなった。

 その日、瑞江は厨房の一角で借りた道具を使って料理をしていた。既に彼女が異国の人間であることを知っていたマルトーらは、彼女が一体どんな料理を作るのか興味を持ち、遠巻きにその様子を見ていた。

 ところが、彼女はまず米を水でとぎ、さらにそれを鍋に水とともにいれて炊き出した。一応ハルケギニアにも米はあるにはある。しかし、それを主に使うのは炒め物などで、炊いて食べたりはしない。

 さらに、彼女がご飯を炊きながら横でスープのようなものを作り始めたが、それもまたマルトーらには理解が苦しむ料理だった。まずダシを取るのになにやら小魚のミイラのような物を入れ、さらにその後には茶色の塊を溶かして混ぜていた。またそのスープの具も肉はなく、ニンジンや大根と言った野菜ばかり入れていた。

 ここまで来ると、一体何を作っているのかさっぱり検討がつかない。

「ねえ料理長、あの人は一体何を作っているんでしょうね?」

 部下の1人が首をかしげながら聞いてきた。

「俺にもわからん。あんな料理、俺も初めて見る。」

 マルトーも首を傾げざるを得なかった。

 そしてしばらくして、彼女は炊けたご飯とスープを鍋に入れたまま持って、厨房から出よとした。ここでマルトーは、彼女に一体何を作ったのか聞いてみる事にした。

「おい、あんた?」

「はい?なんでしょうか?」

「あんたが作ったその料理、一体なんだい?」

 すると、瑞江は笑顔を浮かべて言った。

「ああ、そんなことですか。さっきから変な視線を感じると思ったら、皆さんそんなことを気にしていたのですね。これはご飯と味噌汁です。」

「ミソシル?」

 マルトーは怪訝な表情をした。そんな名前のスープは見たこともなければ聞いたこともない。

「そうです味噌汁です。あ!ヨーロッパに近いこの世界じゃ味噌がないって才人が言ってたわね・・・知らなくて当然か・・・飲みたいのならまた作って差し上げますので。今はこれを旦那と義祖父に持っていかなければいけませんから、失礼します。」

 結局この時は、マルトーらはミソシルなるスープがどんな物か確かめる事は出来なかった。しかし、数日後瑞江は約束どおり彼らに味噌汁を作り、彼らに振舞った。

 マルトーらハルケギニア出身の人間達は、渡された茶色の野菜ばかりが浮かぶ異様な外見のスープを最初は怖々と飲んでいたが、一口飲んで直ぐにその感情は払拭されて、夢中で飲み始めた。

「あ、おいしい!」

「変わった味だけど、これはこれでいけるかも・・・」

「うん、美味い!」

 口々にそんな感想を漏らし始めた。

 マルトーも少しばかり感心した表情で味噌汁を飲んだ。

「こいつは・・・初めて飲む味だな。だが美味い。結構濃い味がするのに、しつこさは全くない。それに野菜ともよく合っている。一体どんな材料で作っているんだ?」

 マルトーはこれまでの知識を総動員してこの料理の正体を考えてみるが、見つかるはずが無かった。

 あーだこーだと呟くマルトーに、瑞江が言った。

「お悩みのようですね。これは名前そのまま、味噌で作ったスープです。」

「ミソ?」

「味噌というのは、大豆を発行させて作った私たちの国の調味料です。」

 その説明に、マルトーは驚きを隠せなかった。

「なんと!それじゃあこのスープは全部野菜で出来ているのか?」

 マルトーは味噌汁の味が濃いので、肉をどこかで使っていると予想していた。その予想がものの見事に裏切られた形となった。

「まあ、最初はダシは煮干を使いましたから100%野菜で出来ている訳ではありませんが。」

「煮干?それはあの魚のミイラかな?」

 この魚のミイラという表現に、瑞江は少しばかり笑ってしまった。

「魚のミイラですか、そんな表現で言われるのは初めてですけど、確かに見た目も中身もそうですね。あれは小魚を干した物ですから。」

「なるほど・・・けど、こんな料理初めて見たぜ。ハルケギニア中探したってこんな料理はないはずだ。『我らが剣』といい、あんたら一体何者だい?」

 さほど気にしてはいなかったが、自分の専門分野と関係していると人間気になるものである。彼は料理と言う面から、瑞江達の正体が気になった。

 しかし、それに対して瑞江は笑いながら。

「うふふ、秘密です。」

 とだけ言った。またマルトーも、それ以上は詮索しなかった。

「そうかい。しかし、その味噌って言うのは一体どうやって作るんだい。俺はこいつの味が気に入った。是非とも自分で作ってみたいんだが。」

 すると、瑞江は今度は困った表情をした。

「さすがに、作り方までは・・・また調べておきます。」

 この時は結局それで2人の会話はお終いであったが、この後瑞江は魔法学院にいる間に多くの料理をマルトー親父に伝授していった。肉じゃがやロールキャベツ、カレーやハンバーグ、コロッケなど、それはもう多岐に渡った。最初の頃は、地球から持ち込んだ味噌に醤油、みりんと言った調味料を使っていたが、その後作り方がわかると、マルトーはそれを自分で作り始め、瑞江がトリスタニアで開いた店へ卸すまでとなり、一種の逆転現象が起きた。

 また、マルトーは瑞江から習った日本料理だけでなく、自分で独自にアレンジした料理などを魔法学院のメニューに加えるようになり、それによって貴族たちの間で一種の日本食ブームを巻き起こすことになり、ひいては味噌や醤油と言った日本産の調味料や、各種の日本料理がハルケギニアに広がる原因となるのだが、それはしばらく後に起きた別の物語である。

 さらに付け加えると、数年後のこととなるが、魔法学院を退職したマルトーは、トリスタニアにハルケギニア初めてとなる料理学校と食品生産会社を作り、それなりに成功したという。
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