盗賊の転職 上
トリステインの貴族たちを震撼させた盗賊『土くれのフーケ』、本名マチルダ・オブ・サウスゴータは魔法学院内にあるという『破壊の杖』を盗むために、オスマン校長の秘書としてロングビルを名乗り魔法学院に潜入した。そしてついに『破壊の杖』を盗み出した。
ところが、その『破壊の杖』の正体は異世界の兵器であるロケットランチャーで、ハルケギニアの人間が使い方を知るはずが無かった。彼女はその使い方を知るために罠を強いたのであるが、逆に自分が捕まるという犯罪者としては最悪の失態を犯したのだ。
そして結局彼女は今学院内の一室に軟禁され、首都トリスタニアからやってくる衛士に身柄を引き渡される事となっていた。しかし、捕まってから2週間しても衛士はやってこなかった。その代わりに現れたのは一人の老人だった。
その日も、マチルダは軟禁されている部屋で暇な時間を送っていた。杖を取り上げられているために逃げ出す事も出来ず、もちろん魔法も使えない。そして捕まっているから仕事などという物もない。彼女に出来るのはただベッドに腰掛けて、頭の中で様々なことを考えるだけだった。
そんな中、食事の時間でもないのに扉が開いた。
いよいよ衛士が連行しに来たのかと思い、彼女は身構えた。しかし、警備の人間に挟まれて入ってきたのは1人の老人だった。しかも、平民である。
「あなたが『土くれのフーケ』ですな?お初にお目にかかります。私は平賀才吉と申します。」
その名前に、マチルダは大いに聞き覚えがあった。
「平賀?もしかしてあの使い魔君の?」
「その通りです。私はあなたを捕まえた平賀才人の曽祖父です。」
マチルダは思ったことをそのまま口にする。
「その使い魔君の曾お爺さんが一体私に何のようかしら?」
「実はあなたにお願いがあってきました。聞く所に寄れば、あなたは高度な土魔法を操るそうですな。実は今私、いや我々は錬金が出来る優秀な土系統のメイジを探しているのです。そこであなたをスカウトに来たのです。我々の仕事に是非協力して欲しい。」
最初マチルダは、目の前の男の頭がイカレテイルのではと思った。自分は犯罪者で、首都への護送を待つ身なのだ。そんな人間をスカウトするなど正気の沙汰ではない。
それを察知したのか、才吉は続けて言った。
「ちなみに、この仕事を手伝ってもらうのなら、あなたの犯罪の一切をうやむやにしても良い事になっています。」
「え!?」
さすがにその言葉にマチルダも驚きを隠せなかった。
「そんな、一体どうやって・・・」
「簡単なことです。実は・・・」
才吉はマチルダに最近のトリステイン周辺の状況を話した。それを捕まってから3週間、外界との繋がりが途絶したマチルダにとって、久々に聞いた外の情報だった。
才吉の話すところでは、2週間ほど前にアルビオンでついに王室政府が倒され、革命政府のレコン・キスタが国内を掌握したという。その結果ウェールズ皇太子はトリステインに亡命したが、レコン・キスタは勢いに乗ってトリステインに侵攻する兆しがある。
「そこで我々が持ち込んだ飛行機という武器でレコン・キスタ軍と戦う事になりました。しかし、この飛行機という機会はガソリンという液体を使用しなければ動けないのです。ガソリンは地中深くから掘り出すか、錬金で作るしかありません。だからあなたに声をかけたのです。」
話を聞いて、マチルダはどうしようかと思った。ここから出られてしかも過去の罪を問わないというのは大いにメリットがある。しかし、彼女はかつてアルビオン王室によって辛酸を舐めさせられた人間である。その王室に協力するというのも気が引ける。おまけに今の彼女にはアルビオンのウエスト・ウッドに残した義妹たちを養うだけのお金を稼ぐ必要があった。
そこで彼女が考えたのは、ここは一端引き受けて、杖を返された所で隙を見て脱出するという方法だ。もちろんそれは才吉への裏切りとなるが、そんなこと知ったことではない。
しかし、そんなことを考えていた彼女は、才吉が次に言った言葉によって再び驚愕することになる。
「ちなみに給料ですか・・・・です。」
「はい!?」
マチルダは耳を疑った。才吉の言った額は彼女が今望んでいるに等しい額だったからだ。
「本当にそんなにもらえるの?」
「もちろん。これはアルビオン王室が保証する形でトリステイン王室から出してもらえる事となっています。ただし、ちゃんと働いてもらえればの話ですが。」
マチルダに再び迷いが生まれた。才吉の言った通りの話ならもう裏の仕事などする必要がないということだ。罪もちゃらで、充分なお金をもらえるというのは、願ったりかなったりの話だ。しかし、やはりアルビオン王室のために働くというのは少しばかり気が引ける。
彼女の頭の中に天秤があらわれ、過去の確執か、それとも目の前の現金と自由を取るかで揺れる。
数分ほど悩んだが、彼女は決断した。
「わかったわ。お手伝いさせてもらうわ。」
目の前の現金と自由を選んだ。
「おお!そうですか、感謝しますぞ!!」
「けど、本当にそんな高額な給料が出るの?出なかったら本当に逃げるけど。」
まだどこか信じきれないという表情をするマチルダ。
「もちろんですとも。ちゃんと証拠の書類もあります。」
才吉は持ってきた鞄を開けて、中から数枚の書類を出した。
マチルダはその書類に目を通す。確かに才吉が言ったとおりの内容が書かれていた。しかも、それら書類にはちゃんとトリステインとアルビオン王室の押印がされていた。つまり、本当ということだ。
「信じていただけましたか?」
「ええ。」
「それでは、2,3日してから来てもらいます。ちなみに仕事をしてもらうのはトリスタニア近郊に造った工場です。順調に行けば明日か明後日にはあなたは釈放されます。そしてそのまま馬車が指し回されますのでそれにお乗りください。」
「わかったわ。」
マチルダが頷いた。
「では、私はこれで。」
そう言うと、才吉は書類を閉まって部屋から出て行こうとした。しかし、最後に何かを思い出したように振り返った。
「ところで、あなたを何と呼べば良いでしょうかな?まさかフーケさんと言うわけにもいきませんし。」
すると、マチルダは素直に名を名乗った。
「マチルダ・オブ・サウスゴータ。それが私の本当の名前よ。」
マチルダが名乗ると、才吉が笑みを浮かべて言う。
「マチルダさんですね。良い名前だ。わかりました。それではお待ちしています。」
そう言って軽く会釈すると、才吉は部屋から出て行った。
この翌日、才吉の言っていた通り、マチルダは釈放された。ただし、人目につかぬように、それは早朝に行なわれた。彼女はまだ夜も開け切らぬ早朝、部屋から出され、学院の正門前に停車していた馬車に乗り込んだ。
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