4.Hope to the future
懐かしかった波の音をどこか不気味に感じるほど、周りは暗くなっていた。
そんな中に浮かび上がる、二つの小さな影たち。
大海原に紛れて消えてしまいそうな蘭は、目を見開いた。
「どうして?」
そう消えゆくように呟くと、話しかけた相手はそれに答えることなく蘭に向かって歩いてきた。
真剣とも言えるが、良く良く見るとどこかぎこちなかった。
そんな彼は、蘭から数メートル離れたところで立ち止まった。
「工藤は、ここには来えへん」
彼は、かつて新一と東西の高校生探偵として有名だった服部平次。
最近連絡を取っていなかったので、少し身長が伸びて、大人っぽくなっていたように見えた。
何故、彼がこの場所に自分がいることを知っているのか。
蘭の頭の中には疑問しか浮かばなかった。それもたくさん。
新一のことを知っているのか。
それが一番、聞きたいことであった。
それをまずに聞こう。早く知りたい。
蘭が話し始めようとしたら、蘭の心を読んだかのように平次が先に言葉を発した。
「工藤から聞いたんや。昔姉ちゃんと約束を結んだ海があるから、そこに行けば姉ちゃんはいるだろうって言うてたんや」
「でも、どうしてそれを……いつ新一と話したの?」
「今日。今日、工藤から電話があったんや。それを姉ちゃんに伝えよ思て、オッサンに電話したんやけど、姉ちゃんはいない言うてなァ。でも工藤が、もし姉ちゃんが家にいなかったらここの海にいるだろうからと言ったんや。今日、ここで花火大会があるんやろ?」
「う、うん」
そう。新一と蘭がかつてここに来たときにやってきたときには、花火大会が行われていた。
だから蘭は、その花火大会が行われる日にここへやってきたのだ。
ちなみに今日は、あと一時間半で行われる予定。
平次の話に一旦は納得したが、すぐにはっとして平次に詰め寄った。
冷めてしまった気がしていた心は、すぐに熱くなった。
話がしたい。顔が見たい。存在を感じたい。やっぱり、会えるなら会いたい。
そう思う気持ちが、束になって心に押し寄せてきたのだ。
「服部君、新一は今どこで何してるの? どうして連絡も取ってくれないの」
今にも泣き出しそうな顔で詰め寄ってくる蘭に、平次は見ていられなくて思わず目を逸らした。
「ねぇ、答えてよ……服部君」
何も言わない平次に、蘭の声はだんだん小さくなっていった。
平次の様子に、嫌な予感がすしたのだ。
新一は何を服部君に伝えたかったの?
どうしてわたしに電話しなかったの?
もしかして新一、もう……。
体から力が抜けていく。まるでそれが、自分のものじゃないみたいに。
手を握り締めようとしても、動かない。
そんな蘭に、平次は表情を僅かに崩した。
「工藤は」
「え?」
そして、一息ついて、蘭の目を見据えて言った。
「事情があってもう電話は出来ないけど、元気だから、心配するなと言うてた」
蘭は、平次の言葉にひとまず安心した。
どこかで生きている、一番知りたかったことが分かって。
あまりにも連絡が来なかったから、最悪のシナリオが何度頭を過ったことか。
人間の形をした殻になる前に、自分の精神に体が貼りついてきた。
しかし、すぐにまた違う心配のまとわりついた疑問がどこからか湧いてくる。
どうして、もう電話が出来なくなっちゃうの?
「さぁ姉ちゃん、東京に帰るで」
平次の言葉が耳に届いたのになかなか気づかなくて、反応が幾らか遅れた。
目の前には自分の手を掴んだ、平次の姿。蘭は思わず腕時計に目をやった。
最初ここに来たとき、新一が来なくても大会の終わりが告げられるまで、
蘭はいるつもりであった。そして、今でも。気持ちはほとんど変わっていなかった。
「え、だってこれから」
花火大会が……
蘭がそう言いかけたところ。
いつの間にか黒に包まれていた空から、小さな水滴が幾つか落ちてきた。
それを合図に、平次は無理矢理に蘭の手を掴んで引っ張っていく。
「服部君?」
「雨、降ってきたやろ? 今日は天気予報で、六時頃から明日の明け方まで雨が降る言うてたんや。だから、花火大会は行われないやろ」
「でも、天気予報が外れることだってあるじゃない!」
直接言われたものの、蘭はまだ新一が来てくれるような気がしていた。
平次に言った言葉は、自分を驚かせるための嘘。そう思いたい蘭が蘭の中にいた。
意外に声を張り上げた蘭に、平次は目をぱちくりさせた。
しかし、すぐに表情を険しくして、
「アイツの声の様子で分かる。あの言葉は、嘘なんかやない」
「!」
はっとした蘭に、平次は一つ間を置いて言った。
「今日はここに来えへんけど、一生会えなくなった訳やないやろ」
そして、再度蘭の手を引いて歩き出す。
平次の言葉に、蘭は心を落ち着かせることが出来た。
そう。まだ、会えなくなった訳じゃない。
その日が来るまで。新一を信じ続けよう。
また、この海で花火を見れることを夢見て。
「ありがと、服部君」
蘭は、前を歩く背中に向けて言った。返答はない。
だけど、それは悪い意味でないことだけは分かった。
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