22.I make a head wind a fair wind
視界と聴覚を遮るものは一切なし。数時間ぶりに見たダイニングテーブルとにらめっこしながら、新一は何もせずにいた。そんな彼に構わず、外では太陽が堂々と輝いていた。
「あの人はわざわざ自分から出てきてくれた。さ、探す手間が相当省けて、ラッキー、だったよなぁ」
彼は、底知れぬ負の感情に支配されていた。『あの人』の自分は全てを知り尽くしているのだと告白した言葉が、幾度もリピートされることによって。
こっちの生活には慣れたかい
「あの人――全部知ってるなら、どうして今日まで何もなかったんだ?」
老人の目的は宣戦布告か最終予告か、それとも――。この時点での新一が数分悩んだところで、答への道標は見つかる気配さえ皆無だった。
「一杯飲むか」
考えが上手くまとまらなかった彼の視界に入ってきたのは、コーヒーメーカーだったのだ。透明なプラスチックの本体に、黒い蓋がついている。日本でもよく見かけるようなデザインだ。
何気なく浮かんできた
「日本」が、新一にある一人の顔を思い出させた。
「蘭のやつ、元気かな」
思い出させたと言っても、忘れていた訳ではない。心の奥に無理やりに押し込んできたのだ。
彼女を身勝手で置いてきたのは、新一自身十分承知である。勿論それは、彼女を巻き込みたくない気持ちに基づいた行動である。けれども、彼の心の真ん中には常に彼女の姿が浮かび続けていた。
この気持ちを愛しさと名づけたら、自分は愚か者と貶されるのだろうか。
「バカね」
余りにもタイムリーに聞こえたラムの声に、新一は目を見開いた。
「日本に恋人でも残してきたのかしら?」
反論しようとしたのも束の間、新一は、タイミングをラムにあっさりと奪われた。
悔しく思う彼を全く気にせず、彼女は彼と向かい合うように椅子に腰かけた。
憐れみとも怒りとも取れない中性的な表情を崩さぬままで。
自分はそんなに分かりやすいのだろうか。そんな風に悩みながら、新一は静かに答えた。
「恋人って呼んでいいかどうかはまだ分からねぇけどな」
「あなたは彼女に何を求めたの?」
「いつか絶対に戻ってくるから、待ってて欲しいって言った」
コーヒーの薫りが漂う室内に、新一の渇いた声が響いた。
そんな新一を見て、ラムは思わずため息を漏らした。
「そう軽々しく言ったのね。生きて帰れる確証もないのに」
「軽々しくなんかねぇよ」
自分でも気づかないうちに、新一は反論していた。しかしそこから繋げる言葉が見つからなくて、コーヒーの湯気を見つめるだけだった。
二度も待たせておいて、調子のいいことをと言われたらそれまでだ。それでも、彼女を再度独りにしたことに軽々しい決意はなかった。
新一の沈黙を理解したのか、ラムは表情を緩めて静かに話し出した。
「ごめんなさい、言い過ぎたわ。あなたの決意が堅いものって分かった。だからもう追求しないわ。誰でも知られたくない過去を持っているものね」
「知られたくない訳じゃねぇけど……話す時が来たら話す」
早く日本に帰る為に、まずは、DFCCの会長について調べることだ。新一はコーヒーを一口だけ飲んだあと、ラムをまっすぐ見て言った。
「この辺りに、インターネットが使える図書館ってあるか?」
「あるけど、今日まで休館日よ。明日からは開いてるらしいわ」
「おぅ、分かった」
新一はそう言うと、残っていたコーヒーを飲み干して、カップを流し台へ持っていった。蛇口を捻って出した水の冷たさが、彼の両手とカップを包み込んだ。
「明日から、だな」
さりげない彼の呟きは、ラムの耳には届かなかった。
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