16.Enter the place that is dangerous
「じゃあ行きましょうか?」
ラムのその一声で、新一は地に埋もれかけていた足を踏み出すことができた。その地の表面に自らの足が触れていることを確かめながら、一歩ずつ進んでいく。
そんな新一を見かねて、ラムが声をかけた。
「怖い?」
「んなワケねーだろ。で、その場所はどっちの方向なんだ?」
「……あっちよ」
ラムに小馬鹿にされたのだと勘違いした新一は、微かに怒りを絡めた言葉を返した。それから、脇目もふらずずんずんと歩き出した。
そんな新一のあとを、何を思ったのかラムは微笑を浮かべて付いていった。あからさまに冷静を失ったように見えた背中が、とても頼もしく思えた。
「ここよ」
ラムが指さした先には、一つの建物があった。外装からしてまぁまぁ新しそうで、たまにところどころ塗料が剥げている場所もあったが、そこはあまり気にならない程だ。新一には、見かけからして製薬会社か何かの地方工場に思えた。
「誰かいるのか?」
「ここからじゃ分からない。でも、彼があの駅にいたのはここと関連があるとしか思えないわ。この町には、ここ以外、組織に関係する物事は皆無なんだから」
建物の門周辺にある植え込みの影から様子を窺うラムが、隣の新一に小声で言った。いつ誰がここから出てくるのか全く分からないからだ。周りをまた見渡してから更に続けた。
「さっき駅にいたのは、本部でも権力が強かった『アニゼット』って言うコードネームを持った人物よ。さっきは何とか誤魔化せたから良かったけど、彼は自らの仲間さえも躊躇いなく殺害するわ。私もかつてその現場を見たことがあったもの」
(※アニゼット……リキュールの一種)
「アニゼット……か」
新一は、ラムの言葉の中にあった重要人物の名を、全身にしっかりと刻み込んだ。
そんな矢先、ラムが突然立ち上がり、門の近くまでかけていった。その様子は、音も立てず、新一の制止も始まらぬ前に動いたことから、まるで風のようだった。
「オメー、何を」
ラムは、やっと出た新一の弱々しい制止も全く聞くことなく、門の向こう側を見つめた。それから少ししてから振り返り、言葉を発した。
「門に鍵をかけたのは、多分アニゼットよ。だったら大丈夫。もう誰もいないはずだから、あなたも来て平気よ」
「……え?」
「言ったでしょう? アニゼットは強い権力を持ってるって。彼は本部の中でも稀な、ボスと繋がってる人物よ。ここをあえて灰にしないで鍵をかけたのも、ボスの直接命令かもしれないから」
アニゼットはボスと繋がる人物――その響きに新一は心が乱れたが、ラムの忠告を思い出し、すぐに自分を引き止めた。
「でも、何でそれだけで誰もいないって」
「本部の場所はよく変わったのよ。ボスがやたらと用心深いから。私がいた時だけでも二、三回は変わったわ。でも建物の中には膨大な資料があるから、それを移動させるのに時間がかかるの。その手配にもね」
「なるほど? 今のこの鍵がかかってるのは、その手配をするために一旦アニゼットがここから離れた空白の時間ってワケだな」
植え込みの後ろから、辺りを見渡しながら新一は出てきた。やっぱり誰もいないようだ。気配さえ皆無だった。
ラムはそんな新一を一瞥してからまた門の向こうに視線をやり、付け加えるように言った。
「簡単な手配さえ本人の口から聞かないと嫌な人らしいからね。それが裏目に出てるワケよ」
それからラムは自らがスカートをはいていることを全く気にしない姿で、それでも無駄な動き一つなく門をよじ登ると、向こう側に降り立った。
新一もその後に続いて門を飛び越えた。
「くどいようだけど、これで大丈夫なのか? もしかしたら見張りがいるかもしれねーじゃねーか」
本当に新一がくどいのかただ単に説明が面倒なのか、ラムはその言葉をさらりと受け流して、足音一つ立てずに建物の入り口へと向かっていった。
新一の瞳に映るラムの姿は、大胆でありながらも慎重な行動をしているのだと感じさせた。また、言葉はないものの、警戒を促していたようにも見えた。
(なるほど、物音一つ立てずにってことか)
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