1.The promise that she wants to achieve
目に映る美しさとは裏腹に、どこか寂しく感じさせる波の音。
寄せては返し、砂をどこかへとさらってゆくその姿。
そして、その上に浮かんでいる真っ赤な太陽……
ここは、とある海である。
一人の少女にとっては、ただの”海”ではない海。
思い出がたくさん詰まった、大切な海。
その少女は、海風に揺られる髪をさりげなく直しながらその景色を見ていた。
少しばかり歩き出し、波に近づいていくと。
静かにその場にしゃがみこみ、片手を出し、乾いている砂をそっとすくった。
それは、すくい上げた瞬間、指の隙間からスルスルと地に還っていった。
恐る恐る少女が手を開いてみると、手の上にはほんの少ししか砂は残っていなかった。
そこから視線を移し、またあの青く無限な水たちを眺めた。
その瞬間、ここに来て今までで一番強い海風が吹いた。
あまりの強さに、少女はぎゅっと目を瞑った。
静かにまぶたを開いてみると、手の上にあったはずの砂は、全てどこかへ飛んでいってしまっていた。
「どうして」
ぽつり、と呟いた。
少女の周りには、何人かの観光客がいた。
カップルや家族連れ、友達同士など様々な組み合わせで。
しかし彼らには、少女の呟きは聞こえていなかった。
勿論、少女がどんな思いでこの場所に来たのかということも、一切知らない。
「やっぱり、あんな昔のこと……覚えてるわけ、ないか」
一つため息をついて、少女は立ち上がった。
ここは、数年前のある出来事の前までは、美しい思い出の残る場所であった。
少女にとって…いや、少女だけでなく、今の少女の心の中にいる人にとっても。
それがその人の記憶の中に残っていなくても、その思い出は存在していた。
もっとも、少女にとってその思い出は過去形などでは表せず、現在進行形だ。
波音が、少女の耳を通って全身に響いていく。段々、大きな音へと……
その思い出は、何年も前のある日、今の少女がいるのと同じ海でのことだった。
天気は、雲一つない快晴。真上でギラギラ輝く太陽。
その光をキラキラと反射する、海を構成する波の一つひとつ。
その海に向かって、当時の幼かった少女は思わず駆け出していた。
考えるよりも先に、まず近づいてみたくなった。
こんなに綺麗なものが、存在しているなんて、と。
初めて見るものに、心をときめかせていた。
日差しに焦がされた砂で、足の裏がとても熱かった。
サンダルから伝わる、砂の熱さ。
その上を、少女は時々止まりながら走っていった。
砂の中にわざと足を埋め、熱くてまたそこから抜け出す。
それを何度も繰り返しながら、砂漠の中に広がるオアシスへ到着。
少女は海水で濡れ、打ち水のごとく少し冷えた砂を踏みしめ、静かに近づいていく。
乾いたものとはまた違う感覚に、一旦立ち止まってしゃがんだ。
少女は手を伸ばして触れてみると、まるで泥んこみたいな触り心地と感じた。
「つめたい!」
そう呟いてから、少女は嬉しそうに両手を使って泥だんごを作り始めた。
しかし上手く形作れず、少女の指の間からは泥になりかけの砂がボロボロと崩れていった。
「ちからがはいりすぎだよ」
その声に少女は一瞬振り向いて、すぐ手元に目を戻した。
崩れ落ちたのをもう一度すくい上げて、今度は軽く形を整えた。
「そうそう、そんなかんじ」
さっき後ろから聞こえた声がいつのまにか、少女の右から聞こえた。
少女は声の主に向かってパアッと顔を輝かせて、すっと立ち上がった。
何かを言葉にする。しかしそれは、現実へと戻り行く意識に消され……。
波の音が、段々小さくなってゆく。少女は、はっと我に返った。
腕を後ろに回し、右手の指と左手の指を絡める。
海の上に浮かんでいた太陽は、姿を隠しつつあった。
あたりも、少しずつ、暗くなってきていた。
周りにいた観光客も、それぞれの片づけを始めている。
(そう言えば、あんなこともあったっけ)
あの日の夜。そこの海では、花火大会が行われていたのだ。
少女は砂浜に座り込み、それが始まるのを心待ちにしていた。
ウキウキと心を躍らせて、暗い海をじっと見つめていた。
少女のいる砂浜から少し離れたところが、打ち上げ場所であった。
そんな中。急に手を引かれた。
その方向に少女が目をやると、あの人とそのお父さん。
手を引いていたのは、あの人だった。
あの人は、少女に向かって遠くから呼ぶように叫んだ。
「オレたち、もっとはなびがきれいにみえるばしょ、しってるんだ!」
しばらくかけていくと、木の枝で隠された入り口のようなものが少女の目に映った。
一つの単語で表すならば、ジャングルみたいなもの。
手をぎゅっと握られつつ、そこを掻き分けて三人は入ってゆく。
そこを出てみると、海しか見えない、何もない高台のようなものがあった。
細長い蔓がところどころから出ていて、何の種かも知れない植物だらけの。
人工か自然か、誰かここに入ったことがあるのか全く無いのか。
よく分からなかったまま、少女は二人についていく。
それと同時に、花火が打ち上がり始めた。
「わぁ、きれーい」
「だろ? ここは、オレたちがいつもはなびをみているところなんだ」
自慢げにあの人は話す。花火と、少女を交互に見ながら。
真っ暗な海に反射する、綺麗なスターマイン。
ここからは少し遠い光。だけど、高台の上の三人の心を明るく照らす。
夜空に上がる七色を見ながら、少女は隣に座るあの人に言った。
「また、ここにきたいね。うみであそんだり、はなびをみたり」
少女には、言葉に表せないくらいに言いたいことがたくさんあり、その場は逆に静かになった。
特大の花火があがり、辺りに風物を感じさせる音が鳴り響いた。
それにびっくりしてから、あの人は、静かに頷き、言った。
「じゃあ、やくそくしよう。ぜったいに、またここにくるって」
少女はそう言われたことを、今でも覚えていた。
その少女の名前は、毛利蘭。
そして、その約束は、未だ果たされてはいなかった。
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