DNA捜査
「……この遺体からDNAを採取し検査した結果、行方不明として……。」
テレビ画面の向こうで、キャスターがDNAの一致によって身元不明の腐乱死体の出自が割れたと報じている。よくあるニュースだ。最新の科学の成果とは素晴らしい。実にそう思う。
しかし、大学で遺伝子操作を専攻している俺は、どうもこの手のニュースに懐疑的に思う所があり、その所為でうっかりと漏らしてしまった独り言を、外科医をしている父親に聞かれてしまった。
「何か、言ったか?」
テレビの画面から視線を外して此方に顔を向けた父親に、俺はもう一度、今度ははっきりとした口調で先程独り言ちた言葉を繰り返した。
「いやさあ。これって、どうやってその人の身元を照合したのかなあ?」
「どうやっても何も、DNAが一致したからに決まっているだろ。お前、大学でバイテクを習っている癖に……。大学まで行って何やっているんだ?」
親父は半ば小馬鹿にするように、半ば叱りつけるように言い放ったが、俺だってそこまで間抜けではない。
親父がまだ、俺が疑問に感じる所へ思い至っていない様子だったので、俺はそれを説明する事にした。
「そんな事解っているよ。父さん……。2つのDNAを比較したら一致した。これは当たり前でしょう。」
「じゃあ、何が不満なんだ?」
「まあまあ……。問題はさ、一方のDNAを身元不明の御遺体から採取したとして……だ。肝心の身元を照合するためのサンプルは何処から調達してくるのさ?」
「…………!」
「その人に犯罪歴があって、警察の犯罪者ファイルにDNAのサンプルが保存してあったのなら楽勝かもしれないけれどさ。普通に生きていてお国へ自分のDNAのサンプルを提出する機会なんて、まずありませんよ。」
「そりゃあ……、そうか……。」
親父も、俺の真意に気付いて納得したらしい。
「さて、そんな市井の人が何の手掛かりも残さずに死体で見つかって、いざDNA捜査をして身元を割り出そうとする時に、肝心の出自のはっきりしたその人のサンプルはどうやって確保するんだろう?僕はそう思う訳ですよ、父さん。」
「さあなあ……?」
父親も皆目見当がつかないのか、両腕を組んで空を仰いだ。
「お前は、どう思う?」
親父から振られたから、俺は自分なりの意見を彼に述べた。
「多分、身元を割り出す前に遺体の放射線炭素残量等から大体の死亡時期を割り出し。そこから遺体が発見された地帯でその時期に行方不明になっている人を捜索願の中から絞込み。更にその人の遺族というか、2親等以内の親族を探しだしてサンプルを提供して貰って、その近似値から大凡の出自を確定させている。……のではないかと……。」
「恐らく……。それで合っているんじゃないか?」
俺が一通り話し終わって沈黙した後、面倒臭そうに静かな口調でそう言った父親は、またテレビの方へ視線を向けた。
テレビでは、既にキャスターが喋るニュースの話題が、疾うの昔に別の物へと移っていた。
終