4.運命に引き寄せられた二人
空港までの移動の間も、彼女が席を立つまでの間も、ずっと。
「あの……蒼くん、手」
七海の腕から自分の手が離せなかった。
また、失ってしまうんじゃないかと不安で。
これは、夢なんじゃないかと怖くて。
「――もう少しだけ」
懇願するように言えば、彼女もそれ以上は何も言わない。
「見たよ、あの部屋」
「え?」
唐突に切り出したのは、卒業式に目にした開かずの間の話。
「俺の名前彫ったの、七海だろう?」
「……あれ……見つけたの……?」
「文字を見てすぐに分かったよ。――ごめん。苦しんでたの気付いてあげられなくて。信じ切れなくて」
情けないけど。
あの時の自分はあれが精一杯だった。
「奪ってあげられなくて、ごめん」
ふるふると、七海が首を横に振る。
「私が自分で追い込んだから。もっと早く、もっとちゃんと、気持ちを陽ちゃんに伝えられてたら……あんな風に、蒼くんを傷つけることもなかったって、思ってる」
色づいた唇を軽く噛みしめた横顔が、焦燥感から大人びて見えて。
離れてからの時間を七海もまた、苦しんでいたんだろうかと案じた。
「二人でいられた時間が楽しすぎて、甘えてたのよね」
自嘲的な笑みを浮かべながら、膝に抱えたパスポートへと視線を落とす。
腕時計に目をやって、
「じゃあ私そろそろ行くわ」
と、小さな荷物を一つだけ持って立ち上がる。
ゲート近くまで見送りながら、俺の気持ちは決まっていた。
「……元気でね」
どこか切なげに眉を下げる七海の腕を、背後から引き寄せた。
「蒼くん――?」
押さえ込むように抱き締めた身体は、折れそうに細くて、愛おしい。
「俺は待たないよ」
「……え」
耳元で呟く背後の俺へと、彼女がゆっくりと顔を動かす。
“彼”のようにただ待つだけなんて、しない。
「後悔してると思いたくなくて、色んなことから顔を背けてきた。――でも、またこうして七海に逢えたことに、心が震えるくらい喜んでる。やっぱり欲しいと、思ってる」
「そんなこと……」
そのまま、塞いだ。
言葉より先に、彼女に触れた。
二年分の想いを込めて、柔らかな七海の唇へ。
腕の中の身体から力が抜けて行くのを感じて、締め付けを緩めた瞬間だった。
ありったけの力で腕の中から抜け出た七海が。
「ずるいわ」
そう、叫ぶ。
ぱしっと。
細い指先を頬に感じた。
軽い音を立てて落ちた眼鏡は、大学へ通うようになってから掛け始めた。
「こんな……ずるい……」
素の瞳で捉えた彼女が、涙ぐんでいる。
「冬休みに入ったら、逢いに行くから」
梅雨明けと共に俺の前へと突然現れてくれた君に。
今度は俺が、君の元へと逢いに行く。
大粒の雫を、ぽろぽろと落として。
俺の腕に額を預けた七海を、もう一度、包み込む。
「好きだよ、七海。ずっと、もうずっと好きだった。これからもずっと――想ってる」
絡め合った指が、離れることを名残り惜しむ。
だけど、今日彼女を送り出すのは、さよならの為じゃない。
“私も……蒼くんが、大好き……”
その想いを聞き届けたから。
空を渡って行った彼女にまた逢うための、しばしの別れ。
壊れた眼鏡を取り上げる腕に巻いた時計に視線を落とした。
日付を示す小さな縁の中。
銀色の針が差していたのは「17」の数字。
――ここから全てが、また始まるんだ。
一度は手放した彼女と再会を果たした「7」の奇跡に、俺はそう確信した。
**END**
以上で完結です。
お付き合いありがとうございました。
また、どこかで甘い二人に出会えますように。
瀬谷和泉
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