4.継承される秘密
演劇部として参加する文化祭で上演予定の演目に図々しくも、多忙で素人の蒼くんへ出演依頼をした帰りは。
部室へ向かう足取りが、心なしか軽かった。
交渉役として派遣した私の帰還を首を長くして待っていた部員一同へ、彼の言葉を伝える。
「少し待って、って?如月くん、本当にそう言ったの!?それって、望みはまだあるってことだよね?」
小さく頷くと、わっと、部室の中に歓声が湧き上がった。
くれぐれも期待はしないように、としつこいくらいに念を押したのは、自分の高揚を抑える為でもあったんだと思う。
卒業前に二人で舞台に立てたら――。
実は一番舞い上がっているのは、私。
無理強いするつもりはないけど、実現したら何より嬉しい。
芝居の中だけでも、恋人でいられるなんて些細な幸せが、私にはお似合い。
練習に身が入っていたのも前半の内だけだった。
休憩のときに何気なく目を遣った、カバンから微かに覗いたプリント用紙に気付いてからは、気分が少しずつ滅入っていくのを感じている。
それは数学の答案用紙で。
右隅には、塗潰された赤い丸印がついていた。
【いつもの場所で待っている】
数学教師である彼からの、サイン。
身一つで向かえば彼が待ち受けるその場所へ行く時間が、刻々と近付く。
数時間前に時間が巻き戻せるならいいのに。
念じても逆に動くことはない、壁掛時計の針が恨めしかった。
◇
文化棟に誰一人いなくなった時間。
空は一面濃紺の幕が広がる。
月明かりの望めない今夜は、外界と遮断された室内が更に暗いのだろうと思う。
長い間使用されないその部屋は、窓を覆う布を取り払うことが許されない。
闇夜であっても、室内に煌々と明かりを灯すことを許されない。
制限だらけで陰湿な雰囲気で埃臭くて。
相変わらず私は好きになれなかった。
壁のあちこちに人の名前らしき文字が刻み込まれていることに気付いたのは、割と最近の事で。
同じように逢瀬を重ねた恋人たちが残していった足跡だった。
どんな思いでこの場で二人過ごしたのかなんて、部屋に向かうことが重荷でしかない私には考えも及ばない。
――ここの合鍵はずっと以前から、継承されていたらしいんだ。
本来の鍵が存在していた時から。
生徒たち――だけでなく、私たちのように教師と生徒の関係であった人たちの密会の場として利用する為に、水面下でひっそりと受け継がれてきた“開かずの間”の小さな合鍵。
現場を押さえた彼が取り上げて、そのまま利用しているなんて。
きっと、誰も思わない。
こうして逢瀬を重ねていることを蒼くんだって、きっと――知らない。
彼に惹かれる一方で裏切り行為を重ねてきた。
「――年内に式を挙げようと考えてる」
だからこれは、罰。
私の呼びかけに対して頑なに耳を貸さなかった相手からの、宣告。
零れ落ちたのは、悲痛な、涙、だった。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。