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実現不能

「ええ、帰りますわよ」


 庁舎の横に立つ迎賓館。

 大慌てで風呂屋を飛び出した僕と姉は、フェティダ姫との面会を求めた。

 例の酒場の件以来、どうにも気まずい空気が漂ってしまうため、あんまり会ってなかった王女様だけど、すぐに会ってくれた。

 通された王女様の私室で王族の人達が帰るのは本当か尋ねる。

 すると、あっさり肯定された。

 薄いピンク色のワンピースを着てソファーに腰掛ける王女は、話を続ける。


「ここには、ルヴァン兄さんに実験への協力を理由として誘われたのですけどね。

 一番の理由は、ヴァカンスなのです。

 ジュネヴラは山の上で涼しいし、静かで空気も水も綺麗ですから。

 統治の方は『無限の窓』を使えば問題なく出来ますわ。書類へのサインも、郵便で十分ですのよ」


 王女様の前にはテーブル、お茶とスコーンが乗ってる。

 カチャリとカップを持ち上げて、優雅に茶を口にした。


「でも、いい加減にしませんと、ね。

 これ以上は遊んでいられないですわ。残念ですけど、あたしもオグルも、休暇は終わりです。

 アンクで失った魔力も回復しましたので、もうすぐ帰りますわ」


 魔力が回復した、という言葉通り、王女の首から胸元にかけて、青く輝く魔力の模様が覆ってる。

 すっと手を差し出し、テーブル横で立ってる僕と姉ちゃんに座るよう促す。

 テーブルを挟んでソファー正面に置かれた椅子二つに、僕らも着席。

 王女様はカップを置いて、僕らを見据える。


「それで、あなた達のことなのですが」

「は、ハイ!」

「フェティダ王女、私タチは、地球へカエれるんでしょうか?」


 姉の質問に、赤い瞳は遠い目をする。


「それは、ルヴァン兄さんにしか分からないですわ」


 いつも通りの返答に、本気で落胆した。

 もしルヴァン様まで帰ってしまったら、僕らのことなんか忘れてしまうんじゃないだろうか。

 そうなったら、僕らもここで人生を終わることになりかねない。

 人間の国である神聖フォルノーヴォ皇国へ移り住もうにも、向こうでは何の身寄りも頼りもない。

 人生、お先真っ暗かも……そんな悲観で僕らの心は塗りつぶされそうだ。

 僕らは余程の顔をしていたんだろう、王女様は心配げにのぞきこんでる。


「そんな顔をしなくても大丈夫ですよ。

 兄さんは、あなた達を帰すことを忘れたりしません。

 私達にとっても、チキュウというのは興味深い世界ですから」

「でも、私たちを地球へカエすのは、王子サマでもムズカしいですし……」


 姉が呻くように呟く。

 僕も、半ば諦めが入ってる。

 次元の壁を破る、異世界への扉を開ける……いわゆる召喚魔法とか送還魔法。

 これがマンガやアニメだったら、何だか分からないけどすっごい術者がご大層な呪文を唱えて、悪魔やメカをどっか次元の彼方から簡単に出し入れするんだろう。

 美少女がウィンクしながらステッキ一振りで何でも出来ちゃうんだろう。


 が、この世界は絵本の中でもゲームの中でもない。

 ここは、現実。

 恐らくは無限に広がるだろうパラレルワールド世界の一つ。


 魔法は使ってるけど、それはファンタジーだからじゃない。

 宇宙が違うから物理法則が違う、それだけのこと。

 この世界の物理法則に反することは出来ない。魔法すら、その物理法則に従った現象に過ぎない。


 そして、ごく基本的な法則に変わりはない。

 魔法であっても科学であっても、次元の壁を破るには巨大なエネルギーが必要、ということ。

 まず魔法の場合。次元の壁を破る重力の魔法、これを生み出す魔力は膨大なものなんだ。王族を何人も集め、アンクをフル稼働させて、ようやく次元の壁を破れる。

 地球側の科学なら、最新型巨大加速器LHCがブラックホールを生み出すため、陽子をほぼ光速まで加速しないといけない。そのエネルギーは、七兆電子ボルト。

 しかも、この二つが同時に存在しないと、二つの世界はつながらない。


 はっきりいって、難しすぎる。

 そして目の前の王女様は、難しすぎて理解出来ないらしい。不思議そうに考え込んでる。


「でも、変ですねえ。

 夏にやっていた実験を、もう一度同じようにやれば、また同じ事が起きるのではないのかしら?」

「そ、そう思いますよね? 王女サマも思いますわよね!?

 私もそう思うんです。イッタイ、どうしてダメなんでしょうか!?」

「ダメだよ」


 すがるような姉ちゃんの言葉。

 だけど、僕は断言する。ダメだ、と。

 姉にキッと睨み付けられても、この結論は変わらない。


「何よそれ、どうしてダメなのよ!?

 やってみなくちゃ分からないでしょうが!」

「……やってみて、どうなるとオモう?」


 真顔で姉を見返す。

 真っ赤になってる姉だけど、キバをむき出して噛みついてきそうな雰囲気だけど、言い返してはこない。

 どうなるか、分かってないらしい。

 グルル……なんて狼みたいなうなり声が聞こえてきそうだ。


「ど、どうなるかなんて、あんただって分かんないでしょうが!

 あんたが、あんたに、どれだけのコトが分かってるってのよ!?

 しょせん父さんのデータをちょっと読んだだけの、ドシロウトのクセに!」


 ふぅ……と、ため息をつく。

 確かに僕はSFやファンタジーが好きなだけの、ただの高校生に過ぎない。

 宇宙だの量子論だのなんて、分かったフリをしているだけだ。ほとんど分かってないと自信を持って言える。

 でも、僕程度の知識でも、これだけは言える。


「オナじジッケンをしたとしても、よしんばワームホールがツクれたとしても、どこにつながるかなんてワからないよ」

「ど、どういう事よっ!?

 ブラックホールをツクるジッケンなんて、そうそうやってるもんじゃないでしょ?

 だったら、あのスイスのジュネーブに、私タチが歩いていたバショ以外に、どこにつながるってのよ!」

「……ホカのブラックホールさ。

 ジッケンでウまれたチイさなモノじゃない、ホンモノのブラックホール。

 どこかのジゲン、どこかのウチュウにある、チキュウとはベツのジカンとバショにつながる、かもしれない」

「ど、どういうことよ!?」

「はあ、ミトめたくないのはワかるけど、ハナシはちゃんとキきなよ。

 だからね……」


 事実を認めたくない姉と、全然分からない王女に分かるよう、可能な限り簡単で分かりやすい説明をした。



 僕ら姉弟の転移は、偶然パラレルワールドの二点がつながったせいで発生した。

 異なる次元に存在する二つの地球、しかも重なり合うんじゃないかというくらい近い二点で、巨大な重力を発生させる実験をしていたせい。

 地球のスイス、ジュネーブでは大型加速器……LHC。

 魔界のインターラーケン、ジュネヴラでは魔法の水晶玉……アンク。

 これら二つが生み出した高重力の穴、ブラックホールがつながったことが転移の理由と考えられる。

 だから、アンクを同じように動かせば、またスイスのジュネーブにあるLHC近くにつながるんじゃないか、とも思える。


 現実は甘くない。


 そんな単純なことじゃない。

 なぜなら、LHCが起こす現象は、実は自然界では珍しくもなんともないからだ。


 LHCは「地球が高エネルギーの宇宙線とぶつかった状態」を再現するもの。

 だが、そんな衝突は、これまでに地球上で何十万回と発生してきた。高エネルギーの宇宙線なんて、しょっちゅう地球に降り注いでいるのだから。

 そのたびにブラックホールが発生し成長してたら、地球が飲み込まれてしまうはず。

 それでも地球が無事なのは、実は産まれた瞬間に蒸発して消えるから。


「……何で、ジョウハツして消えるのよ」

「それは、リユウは……ムとかシンクウは、ジツはカンゼンなムじゃなくて、ツネにエネルギーがハッセイとショウメツをクりカエしてて……。

 あーもー! セツメイがムズしすぎる!」

「あんたが逆ギレしてどーすんの!

 ちゃんと説明しなさいよ!」

「えーい、とにかく!

 ブラックホールだっていつかはキえちゃう、それだけオボえててよ。

 チイさなブラックホールほど、ハヤくキえちゃうって」


 まだ納得出来ない姉ちゃんが唸ってる。

 だけど、とにかく「小さなブラックホールは瞬時に蒸発して消えてしまう」とだけ覚えててくれればいい。

 で、話を戻す。


 LHCは、その自然界では珍しくないけど観測が難しい現象を、自由自在に起こすためのアイテムといったところ。

 自然界では珍しくない現象、ということは、21世紀初頭のスイス以外でも発生しているということ。

 紀元前のスイスでも、一億年後の南極でも、月面でも。

 魔界や地球とは全く別のパラレルワールド世界でも、真空の宇宙空間でも、恒星の中心でも。

 というか、ブラックホールがあればいいだけなら、この宇宙には最初から無数に存在してる。


 さて問題。

 次にアンクで作ったワームホール、どこにつながるでしょうか?

 この問題に、王女はアゴに手を当てる。


「その、良くわからないですが……世界は、天国や地獄や地上、そしてチキュウという遙か彼方の地というふうに、たくさん存在している……ということかしら?」

「そうです」


 王女の答えに頷く。

 そしてフェティダさんの回答は、まだ続く。


「ということは、もしルヴァン兄さんのように、他の場所でも同じ実験をしていたら、そちらに道がつながってしまうかもしれない、のですね?」

「そう、そのトオりなんです」


 この王女の答えに、姉ちゃんも「あ……」と声をもらした。

 どうやら姉にも理解出来たらしい。


 次元の穴、その出口がどこになるか、という問題。

 答えは、「21世紀地球のジュネーブである可能性は極めて低い」だ。


 無限に広がっているはずのパラレルワールド。

 前回は地球のジュネーブと魔界のジュネヴラがつながった。

 でも魔界のジュネヴラと重なるほど近いのは、この二点だけなのか?

 パラレルワールドが似たような世界の重なりだというなら、他の世界でも似たような実験を同じ場所でしている可能性がある。

 つまり、出来上がったワームホールに飛び込んでも、さらに別のパラレルワールドへ迷い込むだけ、かもしれない。

 そうなったら、無意味だ。


 さらに言うなら、単に極小でもブラックホールが出来ればいいのなら、別に人工的に作られたものでなくてもいい。

 高エネルギーを持つ宇宙線は、人類とか文明とか無関係に降り注ぐ。そのたびに極小ブラックホールが発生消滅してる。

 なので、一億年前のスイスに穴がつながるかも知れない。

 恐竜に食われて死ぬ。


 というか、地球上につながるだけましかもしれない。

 もし、時間も場所も全く異なる場所につながったら?

 これを聞く姉の顔は、どんどん血の気を失い絶望的表情へと変わっていく。


「じ……時間も、バショも、全くコトなるバショって……どこよ?」

「ウチュウのどこか、だよ」

「だから、それはどこよ!?」

「どこって、タトえば、そうだなあ……」


 宇宙とか次元とかいう大きな視点からみると、地球という小さな星に縛られる必要があるのか、とも考えられる。

 だとしたら、宇宙のどこにつながるか分からない。


 ワームホールは「非常に小さいし、一瞬で消えるため光の速さをもってしても通過出来ない」と言われてる。

 でも僕らは通った。

 なら、人間が通れるくらいのワームホールは作れると言うこと。

 人間が通れるなら重力も、空気も、熱も通れる。


 うっかり銀河中心の巨大ブラックホールにつながったら、ジュネヴラがごっそり真空の宇宙空間へ吸い出されて消える、かもしれない。

 太陽の表面なら、インターラーケンが瞬時に焼かれてしまうかも。


「そ、そんなこと……そんなこと、あるワケないでしょ!

 そんなバカなことが起きるはず、ないじゃない!

 何を、何をテキトウにカッテなコトを並べたててんの!?」

「ネエちゃん、ワスれたの?」

「何をよ!?」

「ボクらは、そのバカなことによって、ここにトばされたんだよ」

「なっ……ッ?」


 言葉を失う姉に、さらに絶望的予想をぶつける。

 もしブラックホールをつくったとして、それが他のブラックホールとつながらなかったら?

 ワームホールという次元の道にならなかったら、それはただの極小ブラックホール。

 一瞬で消える。


 つまり、魔力を消費し尽くすだけの無駄な行為、とルヴァン様は考えているかもしれない。

 協力を得られるかどうかも分からない。


「……あの、つまり、どういうことですか?

 あなたの話はエルフのように長く難しいので、理解出来ません」


 さすがにここまで来ると、フェティダ王女には理解出来ない。

 なので、簡潔な結論を示す。


「……つまり、ケツロンとして、たとえワームホールをつくりダせても、そのサキがトウさんカアさんのいるジカンとバショ、というホショウがないのです。

 それどころか、マカイをすらキケンにサラすことになります。

 ルヴァンサマがキョウリョクしてくれないかも、しれません」

「そんな……ルヴァン兄さんは……冷徹ではありますが、冷酷な方ではありません、けど……」

「でも、イチバンのモンダイは」


 一番の問題、その点が本当に問題なんだ。これを口にはしたくない。

 でも、言わざるをえない。

 姉も王女も僕の次の言葉を待ってる。あまりにも洒落にならない、根本的問題を。

 真っ直ぐに王女の目を見て、問いかける。


「そんなテマをかけてまでボクらをチキュウにカエすヒツヨウが、あるんですか?」


 王女は視線を逸らした。

 姉は絶句する。見る見るうちに顔色が青から赤へと変わっていく。

 まあ、姉ちゃんもうすうすは分かってたことだろう。僕らのために頑張らなきゃならない必要なんて、魔界の人達にはないことを。

 王女様も基本的に人が良いので、僕らが可哀想だから分かってても口にしなかったんだ。

 ルヴァン王子は、魔界の人達は、地球の知識と技術が欲しいだけ。それは携帯やPCだけあれば十分だ。それらを僕らから奪い取らないのは、僕らにしか使い方が分からないという以上に、そんなに急ぐ必要がないからだ。

 だって、僕らは逃げることも帰ることもできないんだから。


 椅子から立ち上がり、僕を睨み付ける。まるで僕が悪の権化かのように。

 何故かは、分かる。

 いつものことだ。

 ぶつけどころのない不満や不安を僕にぶつけてくるのは、いつものこと。


「な、何よ何よ、何をエラそうに言ってんのよ!

 ジブンの言ってることが分かってンの!?

 カエれないって、カエしてもらえないだなんて、よくもそんなこと、楽しそうに並べたてれるわね!

 あんた、何をカンガえてるのよお!」


 僕は、何も答えない。黙って座り続ける。

 姉の八つ当たりになんか付き合っていられない。

 無視する僕に、ますます激しく怒鳴りつけてくる。


「何とかコタえなさいよ! このヤク立たず!

 ヘリクツこねてないで、カエれるホウホウをカンガえろっての!」

「ボクにはムリ」

「アキラメんな!

 アキラめたら、そこでシアイシュリョウだって言葉、知らないの!?」

「じゃ、まずネエちゃんがアキラめずにガンバってくれ」

「なっ!? な、何を言ってんのよ!?

 あたしデキるわけ、ないじゃない!」

「だろうね」


 淡々と、素っ気なく頷く。

 言葉を失う姉ちゃんは、どんどん怒気が抜けていく。

 全身の力も抜けて、肩が落ちる。

 フェティダ王女も、かける言葉が見つからないらしい。


  コンコン


 重苦しい空気の中、ノックの音が響いた。

 続いて聞こえてきたのは、僕らが話していた当の本人の声。


「夜分、失礼します。

 話があるのです」


 入ってきたのは、夜なので黒メガネを外したルヴァン王子。

 けどクセは外れないらしく、眼鏡もないのに眼鏡を直すかのような仕草をしてしまってる。

 普通の白いシャツと薄茶色のズボン、それに皮のブーツを身につけた王子は、珍しく結論から口にした。

 僕らが待ち望んだ結論を。


「あなた達を、チキュウへ戻そうと思います」

次回、第九章第四話


『地球へ……?』


2011年6月16日00:00投稿予定

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