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収穫の季節

 秋。

 インターラーケンも紅葉の季節になった。

 山は赤や黄に染まり、草原は黄金色に染まって美しい。

 空気はすっかり涼しくなり、朝晩は冷え込む。


 畑も草木も実りの季節。

 主に農業をしているブタ頭のオーク達は収穫に忙しい。他の種族も協力しての大仕事だ。

 みんなで刃物片手に麦を刈り、脱穀機で脱穀し送風機でゴミを吹き飛ばし、水車小屋や石臼で製粉。

 魔法世界だけに全部魔法でやるのかと思ったら、ほとんどは普通に人力。


 確かに魔力は、この世界を満たしてる。

 でも、魔力を魔法へ変換して使用するとなると、誰も彼もが使えるわけではない。特殊な訓練が必要になる。

 それに、あらゆることを一々魔法でやるほど無限で便利な力でもないそうだ。

 科学が万能でないように、魔法も万能じゃない。


 まあそれはそれとして、僕らがこの地へ転移してきて、既に二ヶ月。

 暦は地球で使っている、いわゆるグレゴリオ暦じゃない。でも腕時計で調べると、一日の長さはほぼ同じだった。

 僕らの腕時計、正確さと携帯性においては庁舎の置き時計を遙かに上回ってる。なので、僕らに時間を聞きに来る人が多い。

 というわけで、地球で二ヶ月たったのと同じだけの月日が流れてる。

 おかげで、ここでの生活にはすっかり慣れた。

 どのくらい慣れたかというと、足踏式脱穀機で麦の脱穀をするくらい慣れた。


 秋の穏やかな日差しの下、上半身裸になって踏板を踏む。

 すると踏み板の上下運動が回転運動へと変換され、大量の針金が立つロールが回転する。

 そこへ収穫した麦の束をリィンさんが押し付けて、穂から実をこそぎ落とす。

 このままでも殻と実は結構分けられてるけど、まだ完全じゃない。

 なので、落とされた麦の山は、麦わら帽子をかぶった姉ちゃんが殻を剥くための道具へ運んでいく。

 それは二つの大きなロールを重ね合わせたもの。その間に落とされた麦はロールの間の僅かな隙間を通る時、殻を潰されて実と殻に分けられる。

 あとは大きな送風機みたいなのの上から、分けたモノを入れて、オークさんがハンドルを回す。

 ハンドルで回転したファンの起こした風で、殻・ゴミ・ワラを飛ばし、実だけ選別する。

 これら三つの工程を一気にひとまとめでやってしまう機械もあるそうだ。けど値段が高いし、まだ麦畑も広くないのでそこまで必要ないんだってさ。


「おらー! ちゃっちゃと気合い入れてこぎなさいよ!」


 麦の束をバシバシと脱穀機に叩きつけるリィンさんが声援を、じゃなくてお叱りの言葉を投げつけてくる。

 ついでに、叩きつけられた穂から麦やらワラやら、小さな虫やらが飛んできて痛いし鬱陶しい。


「ガンバってやってるよー。これケッコウ、タイヘンなんだから!」


 高地の秋とはいえ、昼の日差しは結構厳しい。

 周囲には収穫のおこぼれにあずかろうという鳥たちが集まっている。こっちは必死こいて働いてるってのに、まったく。

 裸の上半身には汗がにじみ、アゴから汗がしたたる。秋の日差しとはいえ肌は確実に日焼けする。

 でも僕の頑張りは、カゴ一杯の麦を運ぶ姉ちゃんには分かってもらえない。


「なーによ、そのテイドでネを上げるなんて、ナッサけないわねえ。

 他のレンチュウを見なさいよ」

「ほ、ホンショクのヒトとクラべないでくれ!」


 姉ちゃんが目を向ける先には、他にも脱穀やら農作業に勤しむ人達が居る。

 農作業をしているのはジュネヴラに移り住んできたオーク達が主なんだけど、収穫には多くの妖精達が協力してる。

 それだけじゃなく、ジュネヴラを警護していた兵士達も収穫を手伝っていた。


 ワーキャットとワードッグは、森に入って狩をしたり野草や果物を集めてくる。

 ドワーフ達は農機具や道路水路の拡張と修理をする。

 エルフ達は収穫量を計算し記録して、さらに効率的な農作業を考案する。

 ゴブリン達は相場を調べて収穫を買い取ったり、金銭を手形や口座として管理する……相変わらず妖精達は口座を作るのをためらう人が多いけど。

 リザードマン達は飛空挺やワイバーンを使って、ふもとの街へ収穫物を輸送する。

 巨人族は、動きは遅いけどパワーが凄い。なので土木作業に走り回ってる。

 鳥人達は郵便に飛び回ってる。

 その他の、人数の少ない種族の人だって頑張ってる。

 この時期、みんな大忙しだ。


 暇してるのは、大金をゲットして浮かれてた僕らくらい。

 みんなが忙しく働いてるのに、僕らだけダラダラしてるのもアレだなー、というわけで収穫を手伝ってるわけだ。

 まあ、足を引っ張ってるほどじゃないとは思うけど。


「なーなー、ユータにーちゃん」

「ん?」


 急に後ろから声をかけられた。

 クルリと振り向くと、白くて丸くて穴が幾つも空いた……?

 が、骸骨!?


「うわあっ!?」


 驚いて脱穀機から転げ落ちそうになった。必死にすがりついて、地面にこけるのを防ぐ。

 それは人間のシャレコウベを手にした、妖精の子供達。慌てふためく僕の姿を見て、ケタケタ笑ってた。


「へへーん! なっさけねーんでやんのー!」

「こ、こらー! アソんでないでテツダえー!」

「僕らの今日の仕事は、とっくに終わったんだもんねー」


 妖精の子供達は、持っていたシャレコウベを投げ捨てて飛び去っていった。

 リィンさんが「暇なら他の人を手伝いなさーい!」なんて叱るけど、全然言うことを聞かない。

 どこにでも悪ガキはいるんだな。

 姉ちゃんはというと、地面に落ちた人間の頭蓋骨を気味悪そうに見つめてる。


「やだ、気持ちワルい。

 どっからこんなのモって来るのよ?」

「ん? そういうのなら、街の東にたくさん落ちてるわよ」


 事も無げに言うリィンさん。

 でも僕らはギョッとしてしまう。

 頭蓋骨がたくさん落ちてるって、街の東には墓場でもあったのか?


「あなた達も、噂くらいは聞いてるでしょ?

 人間の国、神聖フォルノーヴォ皇国のこと」

「あー、マカイとセンソウしてるっていうクニ?

 タシか、パオラさんのコキョウがあるとか」

「そうそう、それ。

 その皇国と去年、ジュネヴラの東で戦ったのよ」

「へえ、そうだったんだあ」


 感心したように相づちを打つ姉ちゃん。

 僕も話には聞いたことがある。神聖フォルノーヴォ皇国と魔界との、長きにわたる戦争のこと。

 そしてジュネヴラでの激しい戦いも。


「キョーコは知らないの? ジュネヴラでの戦争のこと」

「うーん、コミミにハサんだくらいはあるけど。クワしくは知らないわ」

「んじゃ、教えてあげるわ」


 というわけで、足踏みペダルを踏みながら、昨年のジュネヴラ戦役について話を聞いた。


 魔王が支配する魔界と、人間族が支配する皇国は、激しい戦いを続けている。

 以前はインターラーケン山脈の東西で山を挟んで行われていた。

 だが去年、皇国がインターラーケン山脈をぶち抜くトンネルを完成させ、ジュネヴラの東に突然大軍が現れるという大規模な奇襲を受けた。

 その時、たまたまトゥーン領主は皇国へ潜入作戦を行っていて、奇襲の情報を掴んで魔界へ帰還。

 なんと単独で皇国軍に突撃し、小さな体で獅子奮迅の活躍をして、父たる魔王と共に最後まで戦い抜き、見事に撃退したんだそうだ……あの小柄な体からは想像がつかないけど。

 で、その時にたくさんの人間達が投降したり亡命したりした。その一人がパオラさんなんだって。

 その戦いの名残で、ジュネブラの東には人間と魔族の骸がゴロゴロと転がっている。


 僕は興味津々、思わず足踏みを忘れそうになるほどだ。


「へえ~、すっごいなあ。

 さすがマオウ、ニンゲンのマエにタちフサがるんだね」

「ふぅ~ん、そんなことがあったんだ。

 ねえ、ところでコウコクの人間族って、あたしタチと同じ人間なの?」

「ええ、外見は全く同じよ。

 ただ、向こうの連中は魔法が通じるから、やっぱりあなた達とはどこか違うんだと思うけどね」


 神聖フォルノーヴォ皇国か。

 魔界にはほとんどいない人間によって作られた国。

 もし地球へ帰る手段が見つからなかったら、人間の国へ移り住むというのもアリなんだろうか。

 だって、魔界じゃ人間の僕らは圧倒的少数派。やっぱり同じ人間がたくさんいる国の方が住みやすいかも知れない。

 でもそれは魔界を裏切るような話だから、ややこしくなるだろう。

 それにしても、地球へ帰る手段、かあ……。


「というか、さあ……オモうんだけど」

「ナニよ」

「ボクら、こんなこと、してるバアイじゃないとオモうんだけど」

「と言うと、ナニをしている場合だと思うの?」

「チキュウへカエるドリョクをするべき、とオモうんだ。

 でもイマ、ボクらがしてるのは、ここでクらすタメのドリョク……」

「……しょうがないでしょ!

 ルヴァン様からのヘンジが無いんだから」


 姉ちゃんの肩が落ち、傾いたカゴから麦がこぼれる。

 僕のペダルを踏む力も抜けていく。

 回転数が落ちていく脱穀機のドラムに、リィンさんの手も止まる。


「そうは言ってもねえ。

 ルヴァン様の研究は、なかなか進まないようだし。

 ぶっちゃけ、あんた達の言うことが難しすぎるのよ。

 なにあれ、幾ら聞いてもぜーんぜん分かんないじゃないの。エルフより小難しいコト言う人なんて、初めて見たわ」

「そんなコト、イわれてもなあ」


 二ヶ月経ち、僕と姉の魔界語の勉強は進み、普通に会話出来るほどになった。

 もう普段から魔界語で話をしている。ふと気がついたら、頭の中ですら日本語ではなく魔界語で考えてるくらいだ。

 でもルヴァン様の地球に関する研究は、何の音沙汰もない。

 もう長いこと姿もろくにみていない。いつも自分の部屋にこもりっきりだ。

 他の研究員エルフや技術者ドワーフも部屋を出入りしてるけど、研究の進み具合については教えてくれない。


 ただ、その表情はいつも厳しい。


 当然だ。全くの異文明、その中でも最先端の研究。簡単に理解出来るはずがない。

 おまけに「どうしてその研究結果が出たか」という途中の過程がほとんどすっ飛ばされた、結論だけの報道や記事が多い。

 なので、どうやったらそのデータが正しいと確かめられるのかが分からない……とはデンホルム先生の言葉。

 先は長そうだ。


 そんなわけでジュネヴラに腰を落ち着けてしまった僕ら姉弟。

 すっかり魔界に慣れ、言葉も上手くなり、こうして街の仕事を手伝ってる。

 もうすぐ冬が来る。ここは雪深い土地だから、布団や絨毯や薪も集めておかないと。毛皮の服も必要だ。

 それとそろそろ、仕事を探すことも考えようかな。

 地球のアイテムを売るだけでも生活は出来る。けど、毎日をダラダラ過ごすのも退屈だし、これでいいのかって気にもなる。金を使い切った後の心配だってある。


 でもそれって、ほとんど魔界の住人になるってことだ。

 地球への帰還、日本へ帰るのを諦めるような話。その可能性を考えると、ほとんど見込みは無いと覚悟してる。

 はあ……溜め息が出る。


「はァ~……」

「ウットウしいタめイキ、ついてんじゃないわよ。

 こっちまで気がメイるじゃないの」

「つってもさあ、ボクらってもしかして、もうここでクらすとカンガえたホウが、いいかな?」

「知らないわよ!

 ハァ……こっちが聞きたいわ」


 二人で溜め息。

 それを見ているリィンさんも溜め息。


「ハア~、て溜め息ばっかりねえ。

 故郷が懐かしいのは分かったけど、今は仕事に集中しましょ。

 でないと、懐かしいとか想う前に、あそこのオークさんとエルフさんにどやされちゃうわよ」


 リィンさんの小さくて細い指が指したのは、送風機みたいなヤツのハンドルを回してたオークさんと、麦の殻を剥くロールを動かしてたエルフさん。

 僕らが脱穀の手を止めてるので、オークさんが手持ち無沙汰でイライラしてる。

 エルフさんは、別に怒ってない。のんびりと雲を眺めてる。

 このエルフさんは、エルフにしては珍しく、ジュネヴラに自分から移り住んでオーク達に混じって畑仕事をしてる。話が長いエルフとは思えないほど言葉少なで自分のことは話したがらないけど、とっても穏やかで静かな人。

 とはいえ、忙しいのに待たせるのは悪い。

 慌てて僕は脱穀機のペダルを踏み、姉ちゃんは脱穀した麦を運びだす。





 夕暮れ前、ようやく本日の仕事は終わり。

 僕も姉ちゃんもシャツとジーンズは汗だくだ。リィンさんの服だって汗で濡れて体に張り付いてる。

 他の人達も、それぞれ家路につく。


 街への帰り道、飛空挺の発着場の脇を通る。

 ズラリと並んだ掘っ立て小屋の中や、飛空挺の影で、竜騎兵達のワイバーンが昼寝したりあくびしたり。

 リザードマン達も皮鎧を外してリラックスしてる……らしい。ウロコに覆われた彼らの顔には表情がないため、顔からでは何を考えてるのか分からないけど。

 とにかく、ワイバーンもリザードマンも、今日の仕事を終えて一休み中らしい。


「ふぅあ~、ツカれたぞ~」

「もう汗だくだわ」

「お疲れ様ね、早く風呂に入りましょ」

「おー!」


 というわけで、僕らは街に戻って風呂に入ることにした。

 大きな公衆浴場でひと風呂浴びるのは、日本人の贅沢です。

 そして、このジュネヴラの風呂屋は、僕にとってパラダイスなんです!


 いや~、何回入っても最高なんだ、あのお風呂。

 いえいえ他意はございません。僕は単にきれい好きだから、お風呂が好きなんです。

 ただそれだけです。

 別に、あの風呂は男女が一緒に入る混浴だから、なんてことはないんですよ

 しかも白くて薄い湯浴み衣が、濡れると透けて見えるのが楽しみとか、なんて有り得ないんです。

 しかもこの忙しい時期、風呂に入る人がとっても多いから、ちょっと嬉し恥ずかしいことが起きてしまうなんて、ぜーんぜん無いんですよ。


 いやー楽しみだな純粋に風呂が楽しみだなー。


次回、第九章第二話


『秘境!温泉!混浴!』


2011年6月12日00:00投稿予定

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