◆Vol・6◆
裕はコンビニでビールを買って帰宅した。もう12時を回っているが、最近では早く帰宅できた方かもしれない。
アパートの敷地に入ると、二階に上がる階段の前に男が一人立っていた。
「聖裕さん?」
その男は尖った顎に涼しげな眼差し。世間で言うイケメン顔と言うのだろうか……黒く長い前髪が左の目と頬を隠していた。
「キミは?」
「俺の名はレン。あんたに忠告をしに来た」
「忠告?」
「地獄通信について調べているようだけど、ほら、他の連中みたいに適当に面白おかしく書いときなよ。真実を追究するのは、あんたの為にも好くないぜ」
「お前、柴田の仲間か?」
「はあ? 柴田?」
レンと名乗った男は視線を少し上に向けるとハッとした表情を見せて
「そういや、そんな奴いたな」
「柴田親子は今何処にいるんだ?」
「そんなの俺が知るわけないだろ」
「仲間じゃないのか」
レンは涼しげな笑みを浮かべて
「ぜんぜん」と首を振る。
「じゃあ、どうして地獄通信を調べるなと?」
「無意味だからさ」
「何が無意味なんだ?」
「調べたって意味ないだろ。今も確実に誰かがアクセスして、誰かが地獄に流されてるんだ。それを雑誌に掲載したところで、何の意味がある。地獄通信のアクセスが増えることはあっても、地獄流しを防ぐ事は出来ないんだぜ」
「真実なら、なおさら報道する義務がある」
「あんなゴシップ雑誌、本当の事を書いたって嘘を書いたってたいした変わりゃあしないだろ」
月明かりの微かな光は、レンの瞳に吸い込まれるように映り込んでいた。
「お前……何者だ?」
裕はカンの鋭さで、レンが只者ではない事を感じ取った。
「じゃあ特別に、これだけは教えてやるよ……俺は以前地獄少女に仕えていた者さ」
レンは肩をすくめるようにして再び笑みを浮かべ
「もっとも、今は仕事も干されて暇な毎日を送ってるがな」
レンはそれだけ言うと、アパートの階段を勢いよく駆け上がった。
「おい、待て」
裕も慌てて彼を追いかける。
しかし、彼が階段を上りきった時、既に男の姿は無かった。
裕は二階の部屋のチャイムを次々に鳴らしてみたが、レンと名乗った男の姿は何処にも見当たらなかった。
そして、一番奥の自分の部屋。その一つ手前のドアの前に立った。
「ここは確か爺さんの一人暮らしだったよな」
裕はそう呟いて、自分の部屋へ行こうとした。
「どなたかな?」
その時ドアが静かに開いた。
色黒で丸禿げのお爺さんは、もう直ぐ夏だと言うのに首には紅いマフラーを掛けていた。
「あ、いや」
裕は一瞬言いよどんだが、顔を合わせたついでだと思い
「長い前髪で顔を半分隠した若い男を見ませんでしたか?」
「さあ、わしはこの通りジジイの一人暮らしなもんでな」
温かみのある笑顔でその男は言った。
「そうですよね。すいません、こんな夜遅くに」
「いや、いいって事さ」
裕はそう言われて、いそいそと自分の部屋へ戻った。
……おかしい……あの男は何処に消えた。それともあれは人間じゃなかったのか? 裕は一瞬でもそんな事を考える事に思わず自嘲した。
点けっ放しのテレビは深夜の通販番組が流れていた。裕はそれを見るでもなく、何となく視界に捉えるだけだった。
二本目のビールを半分以上飲んだ時、キッチンの暗がりにふと人影が浮かんだような気がした。
「誰だ、誰かいるのか?」
そんなはずはない……彼はそう思いながらも、さっきの事があった為思わずさけんだ。
しかし、それは気のせいではなかった。錯覚でも幻覚でもない。
闇の粒子がザワザワと集まり黒い影を造り出していた。
それはあっという間に立体的に浮き上がり、完全な人の姿を現した。
栗色の長い髪が肩に掛かって背中に柔らかく流れていた。真っ白な顔に浮かんだ二つの瞳は燃えるように紅い。
何故か懐かしいデザインのセーラー服を着ていた。
歳は……12、3歳にも見えるし、15、6歳にも見える。
「じ……地獄少女か?」
直感でそう思った彼は、それを訪ねる事が怖かったが言葉を発せずにはいられなかった。思わず声が震えた。
裕を見つめる真っ赤な瞳は、全てを呑みこんでしまいそうなほど澄み切っていた。
「し、しかし、柴田の本では地獄少女の髪は真っ黒だと書いてあったが……」
裕は一人ごとのように呟いた。
「それは前任者よ」
少女が小さく口を開いた。
無表情な装いは、人間味は無くまるで人形のようだ。ただ燃える瞳だけが煌々と輝いて裕の全てを見据えていた。
「前任者? どういうことだ」
「わたしは後継者」
「地獄少女は何人もいるのか?」
「彼女は400年以上に渡って役目を果たし、わたしに受け継がれた」
「前の地獄少女はどうした?」
少女は小さく首を横に振ると
「わたしは知らない」
「キミは、何者なんだ?」
「わたしは閻魔あい。地獄少女」
少女は望遠レンズを引きにしたように後へ遠のくと、台所の闇に溶け込んで消えてしまった。
裕は自分の目が信じられず、思わず両目を何度も擦り上げた。
「俺……もう酔っちまったのか?」
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