地獄通信レポート(5/16)PDFで表示縦書き表示RDF


地獄通信レポート
作:徳次郎



◆Vol・5◆


「彼は他にも執筆を?」
 裕はB社という出版社に来ていた。自費出版を請け負うことでそれなりに有名な会社でもある。
「いや、彼とは以前から付き合いはあったが、いきなり本を造ってくれと言って来たのはこれっきりさ」
 出版社社長の渡辺が言った。
 自費出版部署に問い合わせたところ、柴田は直接この渡辺社長を通して依頼して来たというのだ。
「彼はどうしてあの本を?」
「さあね、以前から何かを追っているのは知ってたけど、いきなり地獄通信とはね。自分がよく記事を提供している出版者では断られたらしいんだ」
「で、彼は今何処にいるかわかります?」
 渡辺は部下が置いていったお茶を静かに啜ると
「いや、まったく音沙汰無いんだ。今は何処にも書いてないようだね」
 そう言ってタバコを咥えると、応接テーブルに置いてあった自由の女神を模造したライターで火をつけた。
「ジャーナリストなんて、記事を書き続けなけりゃ埋もれるだけさ」
 裕はひと通りの質問を終わらせると、応接室の安いソファを立ち上がって
「柴田一がよく書いていた雑誌って、判ります?」
 それだけ訊いて、社を後にした。
 ……彼はどうしてあんな本を? そして今いったい何処に?
 裕は渡辺が教えてくれた出版社へ向ったが、現在の彼に関する情報は得られなかった。芸能ゴシップ誌を得意とするそこでも、地獄通信について追っていた柴田の詳細は解らない。
 フリージャーナリストは社に拘束されないのだから当たり前の事だが……
 一つ解った事は、彼には一人娘がいて何時も父親の柴田について歩いていたそうだ。母親はいないという。
「ああ、もう何処も行き詰まりだな……」
 裕は大通りの歩道に佇んで頭を掻き毟った。




 裕は会社へ一端戻って、美佳と落ち合った。
 美佳は彼女なりに柴田の事を調べたらしいが、現在の詳細はやはり掴めなかったという。
「子供はどうしたんだ?」
「その娘も判らないのよ。転校先が不明なの」
「不明?」
「東京から神奈川の学校に移って、そこまでは確認できたんだけど、それ以降が判らなくて」
 美佳はコーヒーをカップに注ぎながら言った。
 裕はタバコを咥えると、天井を見上げた。
「どっか、田舎にでも引っ込んじまったのかな」
「ところで、地獄通信の事、いよいよ信じる気になったの?」
 美佳はコーヒーを口に着けながら、楽しそうに笑った。
 裕はタバコの煙で輪を作りながら
「それを解明するんじゃないか」
 そう言って、彼もコーヒーに口を着けた。
「そう言えば、胸の痣の件はどうなった?」
「ダメだった」
 美佳は両手のひらを肩の高さに上げて言った。
「場所が場所なだけに、他人が確認するのは至難の技ね」
「そうかあ」
 裕は、安っぽい事務用の椅子にもたれて、両手を頭の後ろで組んだ。




 その夜、美佳は自宅の最寄の駅を降りると、コンビニで買い物をしてからアパートへ向っていた。
 彼女の住む住宅街近辺は、遅い時間にも関わらず人の歩く姿が見えるので何時も安心する。
 しかし、それでも駅から離れるにしたがいひと気は減って街灯の明かりだけが頼もしい風景へと変わってゆく。
 アパートの前まで来た時、前後には誰の影もなかった。
 しかし、フッと電柱の陰から誰かのシルエットが浮かび上がった。
 街路灯の光を浴びて、朧気にそれは浮き上がった。
 美佳は半ば条件反射で身構えると、それが相手に気取られぬように歩く歩合いを変えなかった。
 電柱の脇に立つ人影が女性である事が判る距離まで来ると、美佳はホッと心の中で息をついた。
「美佳さん……だよね」
 長い黒髪に切れ長の目、どこか現実離れした美形な顔立ちが水銀灯に青白く照らされていた。
 淡いピンクのタイトなスーツは、彼女の豊満な体型をより強調させている。
「そ、そうですけど」
 美佳は足を止めると、再び警戒心で身を包んだ。
「地獄通信を探るのは、止めた方がいいよ」
 目の前の女性は表情を変えずにそう言った。
「あなたは誰? 柴田一の知り合いですか?」
「柴田?」
 女は一瞬戸惑いの表情を浮かべたが、それを微かな笑みにかえて
「柴田って、柴田親子の事かい?」
「やっぱり、柴田さんを知ってるんですね?」
「知ってるって言うか、まあ、昔ね」
「昔?」
 美佳は自分より背の高いその女を見上げていた。
「そんな事より、地獄通信から手を引きな。ろくな事にならないよ」
「あなたは? あなたは誰なんですか?」
「あたしの事はどうでもいいのさ」
 女は切れ長の、しかし何処か優しさのある眼差しで美佳を見つめると
「とにかく、地獄通信にこれ以上首を突っ込むんじゃないよ」
 長身の女は、路地の暗がりに溶け込むように消えていった。
 美佳は、自分が何を見たのか判らずに、少しの間その場に佇んでいた。













ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう