強敵! マリーとキャンディ
激戦を終えて退店する翔。
その足取りは軽く、とても敗者とは思えない。
そんな清々しい去り際。
晴れ晴れとした表情でドアを開け、振り向いて閉める際のこと……。
その目に優たちが映った。
出入り口からは距離があるため、話している内容は聞こえない。
だが、声など聞こえずとも、青春のなんと眩しきこと……。
翔は思わず笑みを零した。
そして、携帯を取り出すと……。
「……もしもし、社長。今、終わったところです。……いやあ、完敗でしたよ。……はい、僕も社長の仰る奇跡をようやく信じることができました。あの二人なら、きっと素晴らしい熱戦を繰り広げてくれるでしょう。過去を乗り越えて……」
そう言って空を仰いだ。
――数週間後。
大会二日目の今日、ベストエイト進出者が再び相見える。
熱気に包まれる会場。
観客席には敗退者の姿もあり、緊張感はより一層高まっている。
そこへアナウンスが鳴り響く。
「これより、第二回戦を開始します。ルールは一回戦目と同様。誰か一人を選びバトルしていただき、三敗した方から敗退となります。ただし、神選手と優選手は自分からバトルを申し込むことができません。なおかつ、両名は一度でも負けたら敗退となり、反対に勝者は無条件で次へと勝ち進みます。ルール説明は以上です。それでは、二回戦スタート!」
合図と同時にマリー、キャンディ、カメレオンパンダの三名が、それぞれの標的へとデッキを突きつけた。
各々のギラリと光る目は、獲物を見つけた獣のよう。
パンダに勝負を挑まれた翔は、棄権する予定が狂い困惑。
キャンディに挑まれた花織は怖じ気づいている。
そんな中、マリーに挑まれた轟だけは、ただ一人堂々と睨み返していた。
数秒の後、テーブルへ向かう両名。
お互いにデッキを取り出しシャッフルする。
……と、その時。
轟が先に口を開いた。
「何でこの轟様を選んだ?」
その問いに対し、表情一つ変えずにマリーも口を開く。
「あなたからは同じ匂いがしましたの。セレブ特有の匂いが。ですが、あなたは品性の欠片もありませんわ。私、それがどうしても許せませんの」
「戦場で寝ぼけたこと言ってると、命取りだぞ……?」
「まあ! なんて浅ましい。戦場でこそ、美しくあるべきですわ。私の美学、教えてさしあげましょう」
一触即発のスタートを切った二人。
まずは両者ともストックゾーンにアイテムカードを設置する。
アイテムカードは初期手札の代わりに置けるカード。
言い換えれば、その分だけ初期手札が減ってしまう。
しかし、そんなことはお構いなしとばかりに、両者ともストックゾーンにはカードが5枚。
当然ながら初期手札は0。
それは、予めゲームの流れを想定済みという意味であり、同時に自信の表れでもある。
お互いの描いたシナリオのぶつかり合いが、轟の先攻で開幕した。
「最初から飛ばして行くぜ! 忍耐の象徴ジェイドを使用。無属性の魔力をチャージ!」
忍耐の象徴ジェイドは、1ダメージと引き換えに魔力を1つチャージするアイテムカード。
これにより、轟はターン開始時のチャージと合わせ、早くも2魔力を獲得。
対し、マリーは優雅に山札へと手を伸ばす。
「ドロー致しますわ。水の魔力をチャージ」
そう言って魔力ゾーンに置かれたのは本物のサファイア。
魔力カウンターには原則として、見分けさえつけば何を使用してもよい。
しかし、だからと言って本物の宝石を使う者など他にいるはずもなく、これまでの試合でも悪目立ちが過ぎていた。
だが、本人にはやはり気にする素振りなどなく、淡々と進めてゆく。
「ソーダ味の魔法石を使用しますわ! 効果によりパワー1ライフ1の実験体を召喚。さらに山札からサーチ! 手札に加えるのは……パラダイムシフト、こちらに致しますわ」
「……」
そのカードを目にした轟は、優との初戦を思い起こし、数秒後……。
「……デッキも高レアリティしか入ってないかと思いきや、しっかりブロンズも入れてんだな、お前」
低い声で呟き、目の前の相手を強敵と再認識した。
対し、マリーは得意気に微笑む。
「当然ですわ。このカ-ドはレアリティこそブロンズですが、とても価値ある1枚ですことよ? 言わば燻し銀。一流のセレブたる者、審美眼があって然るべきですわ」
「……耳が痛いぜ。昔の誰かさんに聞かせてやりてえよ」
「あら、そうですの? 早くも格の違いを見せてしまいましたわね」
一頻り高笑いし、マリーはターン終了を宣言。
対し、轟の2ターン目。
「まずは2枚目のジェイドを使用し、さらに魔力をチャージ! そして……」
そう言いかけて、ストックゾーンにあるソーダ味の魔法石へと手が伸びた。
カードゲーマーとしての経験が、そうさせている。
マリーのストックゾーンにはソーダ味の魔法石がまだ3枚。
速攻に対応するために、こちらも召喚し応戦すべきだと。
しかし、その手は寸前で止まった。
彼の本能が叫んでいる。
その一手は間違いだと。
だが、脳は正しいと言っている。
相反する二つの声。
経験に裏打ちされた理論と、彼自身を構成している直感。
その境目に立たされた轟。
しかし、こういう場面での彼は強い。
瞬時にその手を隣のカードへ伸ばし直した。
「聡明の象徴アクアマリンを使用! 手札に加えるのは……これだ!」
轟が選んだ2枚は、カームとパラダイムシフト。
その堂々とした態度に、マリーが拍手を送った。
当然、轟は怪訝な表情を浮かべる。
「……テメェ、何のつもりだ?」
「感心しましたわ。良くも悪くも、自信を持って戦うのは立派なことですもの。その点、あちらのお仲間さんはどうかしら?」
マリーが視線を向けた先では、花織が精神的に追い込まれていた。
焦る花織へと、キャンディが指をさす。
「あなたが構えているカウンターカードを、キャンディちゃんが当ててみせる! この状況なら、グレネードベビーでしょお?」
「っ!」
「だから、キャンディちゃんは召喚する前にローリングメロンで攻撃! さあ、どうする?」
「……攻撃を通します」
「それなら、メロン味の魔法石を使用! ローリングメロンをさらに召喚。これで、もしグレネードベビーで吹き飛ばしたら、一気に2魔力も増えちゃうよぉ?」
「そんな……」
苦しみ悩む花織。
マリーはその表情を眺め、溜息を吐いた。
「あの様子では、勝ち残るのは無理そうですわね。まあ、私はどちらが勝っても構いませんけども……」
そう言って轟へと向き直るマリー。
しかし、彼女が目にしたのは、予想していた焦燥の表情とは違い……不敵な笑みだった。
その理由を問われるより前に、轟が口を開く。
「あいつなら大丈夫だ。少しも心配してねえよ。勝つのはオレたちだからなあ!」
その宣言が癪に障り、マリーの心にも火がついた。
「上等ですわ! こちらも容赦は致しません! ソーダ味の魔法石を使用! 実験体を召喚し、山札からサーチ! 加えるのは……超魔術ファルコン・リバース、このカードに致しましてよ。そして、加えたファルコンリバースを使用! コストとして山札から捨て札に置く3枚は……こちらにしますわ!」
マリーが公開したのは、2枚のインフェルノブリンガーと超魔術インサニティー・リバース。
前者は捨て札にあるだけで、いずれ各プレイヤーへダメージを与え始めるカード。
後者は捨て札から使用可能なリバース効果を持つ、対サポート用カウンターカード。
轟の退路を断った上で、マリーは早くも攻撃を開始。
ファルコン・リバースの効果によって出たアサルトを持つトークンと、前のターンに召喚した実験体により合計2ダメージ。
轟はジェイドにより自らライフを消費してるため、現在ライフ16。
鳴り始める敗北へのカウントダウン。
しかし、彼は返しのターン、落ち着いてカームと超魔術プラン・リライトにより手札を増やすのみ。
加えたのは、パラダイムシフト2枚とレッドドラゴン。
いずれも今は役に立たない。
当然、マリーの3ターン目にさらなる攻撃が加わり、轟のライフは12まで減少。
さらに、マリーの場には6体のレプリカが並び、手札にはサボタージュと杞憂が1枚ずつ追加。
その状況下、迎えた轟の4ターン目。
彼はノータイムでカ-ドを選び取った。
「反撃開始だ! レッドドラゴンを召喚!」
カ-ドを場に叩きつける轟。
その瞬間、マリーの高笑いが響いた。
「あなたの作戦はお見通しですわ。前のターンにサーチしたレッドドラゴンを囮に、隠し持ってるであろう火吹きのヴォルケーノを召喚するおつもりですわね? その手には乗りませんわ! カウンターの使用はパス。私の勝ちですわ!」
勝利宣言するマリー。
その声は花織にも届き、彼女を不安へと駆り立てる。
しかし、花織も人の心配などしている場合ではない。
ずっと相手にペースを握られ、自分のことだけで手いっぱい。
そこへキャンディが拍車をかける。
「魔力は足りてるけど、ボア・リバースはまだ使わなーい。今使うと簡単に返されちゃうもんね! 今は魔力をたくさん溜めて、一気に攻めればキャンディちゃんの勝ち! そっちからは攻めてこないんだから、焦る必要ないもんね」
戦略を立て、着実に攻めるキャンディ。
対し、追い詰められてゆく花織。
一方、マリーはアサルトをさらに2体召喚し、全軍で攻撃。
これにより轟のライフは残り4。
歓声を浴び、マリーは自らへの恍惚を表情に出す。
そして……。
「さあ、あなたの最後のターンですわ!」
高らかに、そう宣言した。