明かされた正体!
注:ここから先は推敲前です。明日、修正予定なので、しばらくお待ちください。
騒動からさらに約一か月が経ち、八月の半ば。
世間が夏休みで浮かれている中、大会出場者たちには緊張感が漂っていた。
何しろ今日は本戦一日目。
今まで費やしてきた努力が、一瞬で水泡に帰すかもしれない。
そんな不安を誰しもが抱え込んでいる。
故に、控え室での口数は少なく、視線は鋭く、空気は重たく……。
ぞろぞろと入場してゆく観客の賑わいと比べ、同じ会場内とは思えない程に殺伐としていた。
そんな彼らとは違い、シード枠の優はいつも通りクール。
彼はこの暑い中で汗を一滴も流さず、無表情で会場近くの自動販売機へと向かってゆく。
と、その姿を見つけた轟が「よう」と声をかけた。
優はゆっくりと振り向き……。
「……ああ」
と生返事をした後、自動販売機へと向き直る。
そして、ブラックコーヒーを選び、手にするなり平然と飲みだした。
それに気付いた轟が思わず「うげっ!」と声に出す。
だが、優は気にする素振りも見せず、飲み続ける。
当然、轟の驚きは治まらない。
「何飲んでんだよお前!? 間違って買ったのか? そうだよな!?」
「……? いや? 毎日飲んでるが?」
そう答えた優は真顔。
轟は呆れて溜息を吐く。
「マジで言ってんのかよ……。普段からストレートティー飲んでる辺りから、おかしいとは思ってたけど……」
「落ち着くのに丁度いいぞ。お前も飲んでみろ」
「お断りだな! 試合前に落ち着いていられるか! こういう時は炭酸飲料一択! 一番キツそうなのをな!」
そう言って轟は強炭酸と書かれている飲み物を購入し、一口飲むと目を強く瞑った。
「く~! 沁みるぜ! お前も試してみろよ、目が覚めるぜ?」
不敵な笑みを浮かべ、自動販売機を顔で指し示す轟。
対し、優は応える代わりに鼻で笑う。
当然、その態度は轟の癇に障り、表情が豹変する。
「お前! 炭酸バカにしてんのか!?」
「してない」
「じゃあ何だその態度は!?」
「別に?」
「ああん? お前……さては炭酸飲めねえな?」
「飲める」
「本当か? 怪しいな……」
「お前こそ、こんな下らないやり取りで緊張を誤魔化そうとしてるだけだろ?」
「なっ!? 違ぇよ!」
動揺し、声を大にして否定する轟。
対し、優は穏やかな視線を返す。
「心配するな。オレと神が出るのは次からだ。オレたちに匹敵する奴なんか、そうそう現れないだろ」
「だから、緊張してねえって!」
「じゃあ、その震えは何だ?」
「武者震いだ!」
「足で武者震いか。器用だな」
「貧乏揺すりだ!」
「両足で貧乏揺すりか。ますます器用だな。しかも立ったまま……」
「あー、もう! うるせえ! オレは先に会場行ってるから、お前はそこでのんびりしてろ!」
そう吠えて轟は走り去った。
その十分後……。
今度は花織がやって来た。
「おはようございます」
「……ああ」
「結局あれから優さんのご両親、来ませんでしたけど……。今日も大丈夫でしょうか?」
「来たら来たで、無視するだけだ。お前は自分の心配だけしていればいい」
「そうですね……。私、勝ち進める自信ないです」
俯く花織。
対し、優は頼もしく笑う。
「お前に教えたのはこのオレだ。今日までずっと特訓してきただろう? それでもまだ不安か?」
その言葉に、花織の表情へ俄かに光が射す。
「そうですよね。私はもう初心者じゃありません。優さんに教わった基本が、私のカードゲームの中にもありますから……!」
「ああ、楽しませてくれ。オレは客席で見てるから」
「はい! 行ってきます!」
元気よく返事し、花織も会場へと駆けていった。
――数十分後。
会場にスポットライトが当たり、開会のファンファーレが鳴り響いた。
直後、入場する出場者たち。
その中でも一際目立っている者……否、悪目立ちしている者が三人。
一人はコスチュームに身を包んだアイドル。
それと呼応するかの如く、客席にはファンの塊。
やたら色々な光り方をするペンライトと、キャンディちゃんラブと書かれたウチワを振っている。
残り二人は、カラフルなパンダの着ぐるみ男と、宝石を散りばめた青いドレスを着た金髪の女子。
他の出場者から痛々しい視線を向けられるが、本人たちは気にしていない。
それどころか、観客へと猛アピールをする始末。
良くも悪くも客席はざわつく。
こうした賑わいの中、いよいよ本戦が始まる。
開会の挨拶も早々に済み、ルール説明へと移行した。
「本日行う一回戦目では、参加者総勢五十人から六名の準々決勝への進出者を決定! 相手を選んでバトルしていただき、三敗した方から脱落となります。挑まれたバトルは受けなくてはなりません。残り六名となるまで、戦い続けてもらいます。それでは、本戦スタート!」
始まりを告げる合図。
それと同時に、皆が顔を見合わせる。
バトルに勝っても、準々決勝に進むためのアドバンテージになるわけではない。
つまり、周りの潰し合いを待つのが賢い判断。
誰もがそう考え、停滞するかと思えたその時。
「おい、あいつになら勝てるんじゃないか?」
誰かがそう声に出した。
その指さす方向にいたのは花織。
周囲の視線が一斉に彼女へと向く。
次の瞬間、出場者の一人が花織へとバトルを挑んだ。
簡単な話だ。
じっとしていれば、誰かにバトルを挑まれるかもしれない。
それなら、確実に勝てそうな相手と戦っていた方がいい。
その考えに逸早く至ったずる賢い者が、そいつだ。
直後、花織へバトルを挑もうと長蛇の列が形成されるも、この理屈をわかっているものは果たして何人いることか。
多くの人は、ただ弱者を狩るためだけに並んでいる。
集団で一人を相手取る構図は、さながらイジメのよう。
その卑怯さを目にし、轟は一瞬の迷いもなくデッキを手に取り立ち向かった。
「かっこ悪いな、お前ら。たった一人に対して寄ってたかって」
「ああ?」
「ダサくて見てられねえっつってんだ。お前らさ、優勝しに来たんじゃねえのかよ? 他の奴と戦うのがそんなに怖いか? 勝つ気がねえならさっさと帰れ! この轟様が黒星をくれてやらぁ!」
怒鳴り声と共に、最前列の男へとデッキを突き付ける轟。
これで花織の負担も半減した。
だが、たった二人で四十人以上相手にするのは大変。
客席で見ている優も険しい表情を浮かべる。
と、その背後から……。
「やあ、優君」
凍り付くような静かな声が、優の耳へと届いた。
ギョッとして振り向いた先にいたのは神。
彼は、あろうことか優の隣へと座った。
当然、優は席を変えるべく立ち上がろうとするも、神はそれを制止する。
「待ってって。話をしに来ただけだよ。ほら見て。心配しなくても、頼もしい味方がいるよ」
会場を指さす神。
促されるまま視線を向けると、優の目には翔の姿が映った。
だが、その光景の意味はわからず……。
「あいつ、何やってんだ……?」
そう呟いた。
「参加者に混じって、過度な集中砲火やバトル回避を取り締まってるんだよ。もちろん、ルールに則ったバトルによって、ね。それに、ほら」
今度は違う場所を指さす神。
そこにいたのは先程の悪目立ち三人だった。
彼女らは「弱い者イジメは許さない!」など、並ぶ参加者を口々に批難しバトルを挑んでいる。
そして、バトルが始まると……魔力を数えるカウンターとして、それぞれに不可思議な物を取り出した。
アイドルのキャンディは飴玉、着ぐるみ男は自分を模した超小型の人形、ドレスの女子は本物の宝石。
そのあまりの異常さに対戦者たちは非常識だと罵るも、三人は平然としている。
それどころか……。
「あら? ご存知なくて? 魔力カウンターは、バトルに支障なければ何を使用してもよろしくてよ?」
「そうよそうよ! 知らないの?」
などと煽り返す始末。
その声は観客席までは届かないが、優は大体の内容を察する。
そして、呆れるあまり……。
「何だあいつら? ふざけてるのか?」
と、呟いた。
対し、神は真顔で答える。
「いや、あの三人は真剣だよ。どっちかと言うと……ふざけてるのは翔さんかな」
そう言って見つめる先……早くも一試合が決着した。
あまりの早さに出場者たちはざわつく。
その内の一人……四十代の男が翔の笑顔を見るなりハッと目を見開いた。
「あ、あいつは……!」
思わず漏れる声。
前に並ぶ少年がそれに気付き、振り返った。
「どうかしたのかよ? おっさん」
「……今の試合、最初から最後まで見ていた。あの鮮やかな速攻、勝った時の爽やかな笑顔……。間違いない……あいつは速攻の翔だ!」
「は? 誰だよそれ?」
「……二十年近く前の話だ。当時はまだカードゲーム黎明期で、速攻という概念自体も定着しだした頃だった。そんな時代に、あいつは周りの意見に流されず、自分の道を切り開いたんだ。速攻デッキに攻撃用のカード以外を入れるなんて邪道だと、周りがどれだけ笑おうとも、それを無視して……。結果、あいつが正しかったと証明された。大の大人たちが……当時小学校低学年だったあいつに、完膚なきまでに叩きのめされたんだ! 一人残らず!!」
話を聞いた少年は、驚いて翔へと視線を向ける。
目に映るのは生き生きと戦う姿。
眺めている間にも、戦局はどんどん動く。
盤面を彩るのは、有無を言わさぬ苛烈な攻め。
数分後……。
またしても瞬足の勝利をもぎ取った翔は、爽やかな笑みを浮かべていた……。
【デッキ紹介】
デッキ名:アレグロ
タイプ:速攻
使用者:翔
【デッキ内容】
ゲイルスパロー:4枚
宣教師:4枚
畏怖の信仰者:4枚
ワイズパロット:4枚
幼きエスパー:4枚
転移のエスパー:4枚
ソーダ味の魔法石:4枚
コンフュージョン:4枚
サボタージュ:4枚
パラダイムシフト:4枚
サイレンス:4枚
杞憂:4枚
ディレイ:4枚
時空の歪み:4枚
超魔術コンフュージョン・リライト:2枚
超魔術サボタージュ・リライト:1枚
神風:1枚
【解説】
速攻を得意とする翔が組んだデッキ。
ただ単調に攻めるだけじゃなく、相手の抵抗を打ち破るためにカウンターが多数採用されている。