予選敗退の危機
無言で憤る轟。
視線の先には、たった今引いてきた1枚。
カード名は巨大果実ダンシングアップル。
パワー、ライフ共に1で、死亡時に無属性の魔力を得る効果を持つ。
言うまでもなく、貧弱。
この窮地において、あまりにも心許ない。
何しろ次のターンには、相手はジャイアントボアを召喚してくる。
場に出てすぐ行動できるアサルト能力により、このままでは6ダメージも受けてしまう。
だが、それを防ぐためのカードを轟は引けなかった。
残酷な運命へと怒りを向けるのも無理はない。
それでも、これがカードゲームの宿命。
毎ターン開始時に、シャッフル済みの山札からカードを1枚引く。
これは、多くのカードゲームに共通する基本ルール。
狙った1枚を何十枚の中から引き当てることなど、到底無理。
だからこそ、デッキを作る際には戦略の一貫性が重要となる。
引きたかったカードと違っても、軌道修正を容易にするためだ。
もちろん、轟も調整を怠っていたわけではない。
相手の猛攻を緩和できるカードは、山札残り53枚中26枚も存在していた。
確率は約二分の一。
引けていてもおかしくはなかった。
それを外した時、思いをどこへぶつけたら良いか。
その矛先は、大抵の場合カードに向く。
どうして期待に応えてくれなかったのか、と……。
しかし、轟はただ嘆くだけで終わる器ではない。
怒りを爆発させながらも、微塵も諦めてなどいない!
信じるのは己の勝利のみ。
その証拠に、彼はゆっくりと息を吸い……。
「ふざけやがって……」
そう呟くと、次の瞬間にはもう前を向いていた。
そして、あの獰猛な笑みを浮かべ……。
「王に反逆する手下は処刑しないとな……。呼んでもないのにしゃしゃり出てきた挙句、迷惑をかけたダンシングアップル! 貴様は命で償い、この轟様に魔力を捧げろ!」
声を張り上げ、ダンシングアップルを場に出した。
そして、ターン終了を宣言。
と同時に、相手の火竜祭の効果が発動し、ダンシングアップルは他のレプリカと共に捨て札へ送られた。
轟の場に残ったのは、瀕死の見習いシスター1体だけ。
まさに絶望的。
対し、フウマは活き活きとターンを開始!
彼はまず、彷徨う怨霊と見習いシスターを相打ちさせた。
そして、がら空きになった場を見て口角を上げる。
「死亡時の効果で3ダメージ! そして、ジャイアントボアを召喚して攻撃や!」
「んぐぅ!」
合計9ダメージを受け、轟のライフは13。
この圧倒的な火力を前に、見習いシスターの効果で増やした2ライフ分など露程でしかない。
大きな痛手を負い、迎えた轟のターン。
引いたカードを見て、再び彼は激怒した。
「遅ぇよ!」
目に映るそのカードは、白檀の療法士。
ターゲットのライフをプラス2する効果を持つカード。
前のターンに引いていれば、見習いシスターをもう1体生き残らせてジャイアントボアの直撃を免れた。
そう、前のターンに引けていたなら……。
だが、嘆いてばかりでは勝つことはできない。
仕方なく、轟は火の国の軍師と共にそれを場に出した。
それらの効果で、超魔術プラン・リライトを手札に加え、さらに自身のライフをプラス2。
ギリギリ耐えている。
冷や汗を滲ませる轟。
対し、フウマは流れに乗る!
「オレのターンやな。まずはジャイアントボアで攻撃するで」
「対象に火の国の軍師を選択!」
轟は何とか二度目の直撃を回避。
しかし、フウマの攻めはまだ終わらない……!
「続いてリッパーを召喚。そのまま攻撃や!」
「白檀の療法士でガード!」
「もろたで! ストーンペアーを召喚し、攻撃! 先に行動権を消費させたおかげで、返り討ちに遭わずに済んだわ!」
息もつかせぬ攻防と宣言。
その結果、先程増えた轟のライフは12まで減少。
しかも、相手の場には3体のレプリカが並び、パワーは合計12。
対する轟は、ライフ1で耐えた白檀の療法士が1体のみ。
ここまで防戦一方。
だが、そんな状況下……ターンを得た轟は不敵な笑みを浮かべた!
「……かかったな!」
「なんやて!?」
「オレは敢えて、お前の策に乗ったんだ。全部読んだ上で……な! おかげでリッパーのライフを1に調整できた。そして、ストーンペアーは元々ライフ1。この意味がお前にはよくわかるだろ? 何しろ……さっき、お前が教えてくれたんだからなあ!」
嬉々としてカードを高々と掲げる轟。
そして、そのままテーブルへと叩きつけた!
「サラマンダーを召喚! これで、ジャイアントボア以外は捨て札行きだぜ!」
「くっ……! やってもうた!」
フウマが歯を食い縛る。
その視線の先には、今出されたカード。
サラマンダーは2プラス火1魔力と比較的扱いやすいコストでありながら、相手のレプリカ全てに1ダメージを与える効果を持つ。
結果、場のレプリカ数を2対1まで持ち込んだ轟。
さらに、もう1枚のカードを手に取り、場へ出した。
「ダンシングアップルを召喚して、ターン終了。形勢逆転だ!」
轟の大声が会場に響く。
対し、フウマは顔を右手で覆った。
その様子を見た轟は、落胆しているのだろうと推測する。
だが、その直後……不気味な笑い声が漏れ出した。
声は徐々に大きくなり、周囲に充満してゆく。
そして次の瞬間、フウマは覆っていた手を勢いよく振り払い、勝ち誇ったように大声で笑い出した!
「何や、その程度かいな! 心配して損したわ。オレの手札が枯れるまで耐えれば勝てると、そう思うたんやろなあ……。残念やけど、それは誤算や」
そう告げた後、まずはターン開始時のドロー。
そして、フウマは1枚のカードを場に出した。
「ターゲットをプレイヤーに指定し、リビングデッドを召喚や」
出されたカードを目にし、轟は目を見開き手を震わせる。
ポカンと口を開けたまま絶句する彼を見て、フウマは勝利を確信しニヤリと笑った。
「まずはプレイヤーへ2ダメージ。そして、リビングデッドをサクリファイスの生贄にして、さらに8ダメージ追加や!」
「……く!」
リビングデッドの使用時の2ダメージと、死亡時の4ダメージ。
そこへサクリファイスの4ダメージが加わり、合計10ダメージのコンボ。
これにより、轟の残りライフは2!
歓声が沸く中、フウマは拳を空へと突き上げた!
「よっしゃ! オレの勝ちや! リビングデッドは自身の効果で手札へ戻る。せやからオレの手札が枯れることもない。そして、場にはジャイアントボアが残っとる。さあ、決めるで!」
フウマはジャイアントボアで攻撃宣言し、轟は対象にダンシングアップルを選択。
そのバトルの後、ターンが轟へと回ってきた。
だが、彼は俯いたまま動かない。
その暗い表情を見て、フウマが笑う。
「どないしたんや? 終わりかいな。口だけやったな……。黙っとらんと、何か言うてみい」
「……」
フウマは轟の口から言葉が返ってくる気配を感じず、もう終わりだと確信した。
思わず緩む表情。
と、その時……。
「……なあ? どうだった?」
沈黙を破り、轟が問いかけた。
そして、怪訝な表情を浮かべるフウマへとさらに続ける。
「どうだった? そう聞いてんだよ……。この轟様の演技は、そんなに上手かったかよ!?」
「ああっ?」
「確かに、この勝負オレはずっと焦りっぱなしだった。それは事実。だが、直前のターンに動揺して見せたのは演技だ!」
そう宣言し、轟は手札の超魔術ネゲイション・リライトを、デッキ外の超魔術カウンタースペル・リライトと交換。
それを見たフウマは胸を撫で下ろした。
「何や。それだけかいな。サポートが封じられても、リビングデッドを召喚して勝ちや」
「これはただの備えだ。この轟様の切り札は別にある。今、紹介してやるぜ……。超魔術プラン・リライトを使用! 山札から加えるのは……」
1枚1枚噛みしめながら、目的のカードを探す轟。
その悍ましさに呑まれ、段々と不安に駆り立てられるフウマ。
数秒後……。
「見つけたぜ……。守り神! このカードを手札に加え、召喚!」
「なっ……!?」
急に焦りだすフウマ。
無理もない。
守り神は、その名に相応しく防御に特化したプラチナカード。
ダメージを軽減するアーマーという効果を持っている。
しかも、その値は3。
つまり、受けるダメージを3減らす。
そして何より強力なのは、使用者へのダメージを身代わりに受ける効果。
一気に安全圏へと逃げ切った轟は、反撃に転じる!
前のターンに召喚したサラマンダーで攻撃!
これにより、フウマのライフは19から16へ。
勢いづく轟。
対し、ターンを迎えたフウマ。
彼は焦りながらもカードを場に出した。
「超魔術デス・リライトを使用!」
「おいおい、見てなかったのか? さっき加えたカウンタースペル・リライトで対抗するぜ!」
そんなわけがないことくらい、轟とて百も承知。
予選とは言え決勝の相手だ。
自分を追い詰める程の力量の敵が、そんな凡ミスするわけがない。
そうとわかった上での煽り。
それにより、フウマはさらに冷静さを失う。
「うっさいわ! わかっとる! 少しでも、守りを手薄にしたまでや! サポートがダメなら、レプリカで突破すればええ! エリミネイターを2体召喚! ジャイアントボアで攻撃!」
「対象に白檀の療法士を選択!」
「くっ……! ターン終了や。まさか、まだ試合が続くやなんて……」
嘆くフウマ。
対し、轟は鼻で笑う。
「まだわからねえのか? 試合が続く、だと? 違ぇよ、終わるんだ。このカードでなあ!」
「っ!」
叩きつけられた轟のカードを見て、フウマは言葉を失った。
その目に映ったのは、火吹きのヴォルケーノ。
その光沢を、轟は自慢し見せびらかす。
「どうだ? プレミアム仕様の火吹きのヴォルケーノは? 初めて見たか? この轟様はなあ、プレミアム仕様のプラチナカードをたくさん持ってんだ。もちろん、通常版のプラチナなんて腐る程ある。仲間にあげるくらいに、な!」
「……」
「何も言えなくなったか。なら、とっとと終わらせるぜ! サラマンダーで攻撃! そして、ターン終了。焼き尽くせ、オレの相棒!」
全てのレプリカは3ダメージを受けた。
その結果、ヴォルケーノと守り神以外は全て捨て札へ。
フウマは場の戦力を失い、ターンを迎えた。
「こうなったら……インフェルノブリンガーを召喚! こいつなら、ヴォルケーノを倒すことが可能や!」
「悪いな。高コストの殴り合いでは、この轟様に勝てねえよ。それに、そいつらの最大の弱点を知ってるしな」
「何やて!?」
「カウンター発動! 超魔術ネゲイション・リライト!」
「……」
ついにフウマは放心。
以降、一方的に轟が攻め切り、決着した。
歓喜する轟。
こうして、予選を無事に突破した。
――その帰り。
会場を後にする轟を、フウマが呼び止めた。
「ちょい待ちぃや! 連れてきたい場所があるから、来いや」
「ああん?」
「ええから、はよ!」
そう言って細い道へと入ってゆくフウマ。
轟は怪しみながらも、喧嘩っ早い性格上、無視できずについていく。
しばらくして、フウマが立ち止まった。
「ここや」
「何だ? こんな人気のない場所へ呼び出して……。喧嘩なら買うぞ!?」
「ちゃうわアホ! さっきのはオレの完敗や。いい勝負の礼に奢ったる」
「……はあ?」
戸惑う轟。
それを気に留めず古びた建物へと入ってゆくフウマ。
轟も意を決して中に入ると、そこはたこ焼き屋だった。
唖然とする轟。
しばらくして、フウマが一パック手渡し、笑った。
「知る人ぞ知る、旨い店や。食うてみ」
促されるまま頬張る轟。
そのおいしさのあまり、彼は目を見開いた。
それを見てフウマは声を上げて笑う。
「な? 旨いやろ? ……ほんで、食いながらでええから聞いてや。オレがまだ小学校低学年だった頃。当時、速攻の異名で呼ばれたゲーマーがおってな。オレはそいつに憧れて、カードゲームを始めたんや。……今日の勝負は、その時と同じくらい胸が高鳴った。ありがとな! おおきに!」
その言葉に轟はハッとした。
「……なあ? おおきにって、ありがとうって意味だろ? なら何でその前にありがとうって付けるんだ?」
昼休みの時、気になっていたこと。
どんな理由があるのか、想像を膨らませながら返答を待つ轟。
だが、予想に反し、フウマは腕組みして低く唸っている。
「何でやろなあ……? わからんけど、この辺りの人は皆そう言うで?」
その返答に、轟は思わず笑いだした。
「何だよそれ! 自分でもわからないのに使ってるのかよ!」
「あかんか?」
「いや、最高だぜ! そっか、そういうもんか……」
轟は不思議と納得して、穏やかな笑みを浮かべる。
そして……。
「たこ焼き、ありがとな。おおきに」
そう言った後、少し気恥しそうに顔を背けた。
それを聞いたフウマは満面の笑みを浮かべ……。
「おう! 本戦、見に行くで。がっかりするような試合、見せんといてやー」
冗談交じりに軽口を叩いた。
対し、轟は頼もしく笑い……。
「言ってくれるぜ! 度肝を抜いてやるから、楽しみにしとけ!」
そう言い返した。
試合の時の煽り合いとは違い、とても楽しそうに……。
こうして……いい思い出と共に、轟は帰りの新幹線へと乗った。
珍しく寂しげな表情を浮かべ、車窓の外を眺める彼。
名残惜しさの中、非情にも景色はどんどんと遠ざかってゆく……。
【デッキ紹介】
デッキ名:異名の再来
タイプ:魔力ブースト&猛攻
使用者:フウマ
【デッキ内容】
エリミネイター:4枚
彷徨う怨霊:4枚
リッパー:4枚
火の国の軍師:4枚
巨大果実ダンシングアップル:4枚
魔界チューリップ:4枚
落下のストーンペアー:4枚
ダークネス:4枚
サクリファイス:4枚
ファイア:4枚
火竜祭:4枚
耕作:4枚
超魔術プラン・リライト:4枚
超魔術ファーミング・リライト:4枚
リビングデッド:1枚
インフェルノブリンガー:1枚
ジャイアントボア:1枚
超魔術ボア・リバース:1枚
【解説】
二十年前の異名を再現すべく、フウマが作ったデッキ。
相手が対策してくることを読み、押し負けないよう一撃の火力を高めてある。
相手プレイヤーへの直接ダメージで勝ち切ろう。
【デッキ紹介】
デッキ名:メガブロッカー
タイプ:長期戦
使用者:轟
【デッキ内容】
天使の弓兵:4枚
見習いシスター:4枚
シールドマンボウ:4枚
火の国の軍師:4枚
火の国の二等兵:4枚
サラマンダー:4枚
溶岩の精:4枚
巨大果実ダンシングアップル:4枚
ラベンダーセラピスト:4枚
白檀の療法士:4枚
火竜祭:4枚
超魔術サボタージュ・リライト:4枚
超魔術ネゲイション・リライト:4枚
超魔術プラン・リライト:4枚
守り神:1枚
火吹きのヴォルケーノ:1枚
ノエシスの覚醒:1枚
万物創生:1枚
【解説】
フウマ用に作ったデッキ。
小型レプリカ対策はバッチリだが、読みが外れ予想外の苦戦を強いられた。