速攻の異名
トラブルに巻き込まれつつも、花織は無事に本戦へと進出。
その一方で、轟もまた予選を終えていた。
そして、帰りの新幹線内。
珍しく悲しげな表情を浮かべ、車窓の外を眺める彼。
今日あった出来事が、景色と共に遠退いてゆく……。
――時は、本日の昼まで遡る。
こちらは関西。
天候は晴れ。
現在、休憩時間。
予選を順調に勝ち進んだ轟は、昼食を摂りに外へ向かった。
大会の賑わいに合わせ、周囲には屋台が出ている。
長蛇の列に負けない程の出店数で、種類も豊富。
その中から、彼は名物のお好み焼きとたこ焼きを購入。
すると……。
「ありがとう。おおきに」
お礼の言葉と共に手渡された。
おおきに。
言わずと知れた、ありがとうを意味する関西弁。
であれば、その前にありがとうと付け足すのは重複ではないのか。
轟は、そうした僅かな違和感を覚える。
だが、再び予選が始まれば、些細なことは忘れ全力で戦えるのが彼の強み。
参加者たちを圧倒し、次々と勝ち進んでゆく。
と同時に、決勝で当たるであろう相手を見定める。
目を付けたのは、二十代の青年。
鮮やかな速攻で周囲を沸かせており、表情からは余裕も窺える。
そのスピーディーな攻めに対抗すべく、轟は余った時間に決戦用のデッキを組んだ。
そして、いよいよ最終戦。
予想通り、その青年が勝ち上がってきた。
テーブルを挟み、睨み合う両者。
と、青年が不敵に笑った。
「お前、関西のモンとちゃうやろ?」
「……だったら何だ?」
「何でわざわざこっちに来たんや? 向こうでは勝たれへんのかいな」
「ああん?」
即座に食ってかかる轟。
その眉間に皺が寄る。
「んなわけねえだろ? 仲間との潰し合いを避けただけだ。ついでに武者修行も兼ねて遥々やって来たんだが……」
そこまで言いかけた轟は、対戦相手を一瞥すると侮蔑の笑みを浮かべた。
「どうやら、期待外れみたいだな……」
「おおん? 言ってくれるやないか! オレのことも知らんと、よう言うたな」
「知らねえな。お前、強いのかよ?」
「当たり前や。『速攻のフウマ』っちゅう通り名で呼ばれとる。知らんかったことを、たっぷり後悔するとええ」
「そうか……。楽しみだぜ!」
獰猛な笑みを向ける轟。
喧嘩を買う気満々のフウマ。
険悪な空気の中、轟の先攻でバトル開始。
1ターン目。
轟は1枚のカードを場に出した。
「シールドマンボウを召喚。どうだ? 速攻対策はバッチリだぜ? お前のことはよく知らないが、何戦か見たからな」
得意気に笑う轟。
場に出たそのカードは、ガーディアンという効果を持つ。
それにより、相手の攻撃を防ぐことが可能。
なおかつ、シールドマンボウの消費魔力は無属性1。
先攻は1ターン目の魔力チャージで無属性しか選べないが、このカードなら召喚できる。
初手から相手の出鼻を挫くことに成功したと、優越感に浸る轟。
しかし、フウマは顔を顰めるどころか、ニヤリと笑った。
「そう来ると思っとったで。何や、これまでの対戦中、随分とオレのことをチラチラ見とったもんなあ? それに気付いたオレの勝ちや」
「何だと? だったら見せてみろよ。さあ、お前の番だ」
ターンを得たフウマは、木の魔力をチャージ。
そして、1枚のカードを場に出した。
「超魔術ファーミング・リライトを使用」
「っ!?」
息を呑み、目を見開く轟。
それもそのはず。
予想していた動きと違ったのだから。
超魔術ファーミング・リライトは、自分のライフ1を犠牲に魔力を増やすカード。
それ自体が場の戦力になるわけではなく、凡そ速攻に入れるカードには値しない。
にも拘らず使ってきたのは、そのデッキが速攻でないから。
つまり、轟の予想が大きく外れたことを意味する。
不穏なスタートを切ったこの試合。
続く2ターン目に、轟は見習いシスターを召喚し、自身のライフをプラス1。
対し、フウマが場に出したのは、彷徨う怨霊と巨大果実ダンシングアップル。
3ターン目も、轟は同様に見習いシスターを召喚。
そして、迎えたフウマの3ターン目。
彼は自身のレプリカへと手を伸ばした。
「ダンシングアップルでシールドマンボウを攻撃や!」
「させねえよ。見習いシスターでガード!」
「よっしゃ! かかったで!」
「な!?」
思わず声を上げる轟。
目の前にはガッツポーズをするフウマ。
その理由もわからないまま、戦闘処理が行われる。
ダンシングアップルのパワーとライフは1。
対し、見習いシスターはパワー1ライフ3。
その結果、ダンシングアップルは倒され、見習いシスターはライフ2で生き残った。
本来ならば、このバトルは轟の得。
ガードしなければ、シールドマンボウと相打ちになっていた。
それを阻止し、1体でも多く味方を生存させるのはカードゲームの基本。
多くの場合、このプレイングは正解になる。
しかし、今回は例外。
先程の攻撃は罠。
直後、フウマはそれを思い知らせるカードを場に出した。
「火竜祭を使用!」
「うっ! そのために、ライフを2に調整したのかよ……!」
「せやで。そして、火竜祭の効果で手札に加えるのは……このカードや!」
フウマが山札から選んだのは、ジャイアントボア。
パワー、ライフ共に6と強力。
さらに、召喚したターンに攻撃できるアサルトという効果を持つ。
その代わり、サベージという効果により攻撃対象を自由に選択できない。
だが、デメリットさえカバーできれば脅威の破壊力!
その暴走が今、轟へと宣告された。
何とか直撃を防ごうにも、彼の場のレプリカは風前の灯火。
火竜祭の効果により、ターン終了時に2ダメージを受けてしまうため、生き残るのは無傷の見習いシスター1体のみ。
もう1体いる見習いシスターは、先程のバトルで負傷している。
しかも、フウマの場には彷徨う怨霊が1体。
その死亡時効果により、対象1体に3ダメージを与えられる。
即ち、最大2体のガードが突破されてしまう!
このターンに敢えて彷徨う怨霊で攻撃しなかったのは、この狙いを残すためだ。
早くも轟のピンチ!
この状況を打開したくとも、現状の手札ではどうにもならない。
頼みの綱は、ターン開始時のドロー。
その結果次第で、ジャイアントボアの直撃を避けられる。
轟は祈りを込めて山札に手を置く。
望みのカードたちが頭に浮かぶ。
ベストなのは白檀の療法士。
ターゲットのライフをプラス2する効果を持つカード。
それにより、ダメージを受けた見習いシスターのライフを4に引き上げれば、火竜祭を耐えられる。
それだけでない。ライフ2と余裕を持って生き残るため、彷徨う怨霊の戦闘ダメージでは倒されない。
しかも、白檀の療法士自体がライフ4のレプリカ。
よって、1体は突破されても、残り2体で向かい打てる!
もしくは3枚目の見習いシスターでも可。
最善のケースとは違い3体ともライフ1で並ぶため、彷徨う怨霊により2体突破されてしまうが、それでも1体は残る。
最悪、ラベンダーセラピストでもいい。
その場合、見習いシスター2体しか残せないため突破は許すが、死亡時効果がレプリカではなく自身に向かうことだけは避けられる。
それら、どのカードでもいい!
引けば轟は立て直せる!
早鐘を打つ心臓!
荒くなる息!
その緊張に打ち勝ち、轟はカードを引いた!!
……乾いた笑いが虚しく漏れる。
願いは届かなかった。