偏見の報い
決勝の舞台は体育館。
ギャラリー席完備のここは、大一番に相応しい。
敗者たちが見守る中、選手入場のアナウンスが鳴り響く。
スタッフの案内に従い、準備室から入場する花織。
対面から同様に入場してくるのは、ガタイのいい男。
歓声と罵声が飛び交う中、花織は震えながらも中央へと進む。
向かう先にあるのは、この一戦のためだけに用意されたテーブル。
その特別感が緊張に拍車をかけ、足取りはさらに重くなる。
不安で心が埋め尽くされ、頭の中は真っ白。
それでも歩みは止めず、ゆっくりと進んでゆく。
逃げ出さずに、一歩ずつ……。
そうしてようやく辿り着くと、対戦相手の不敵な笑みが出迎えた。
「お前が全問正解したと噂の奴か。見るからに弱そうだな! オレはほとんど解けなかったが、見ての通り勝ち上がってきた。いくら問題が解けても、実戦じゃ何の意味もねえってことを教えてやる! そして、このチャンプ様がボクシングに次いでカードゲームも制覇だ!」
そう宣言し、雄叫びを上げるチャンプ。
それに呼応するかのように、ギャラリーから歓声が上がった。
敗者たちのほとんどが、全問正解者の花織を妬んでいる。
四面楚歌の花織は、怖気づき声も出せない。
そんな精神的劣勢の中、試合が始まった。
先攻はチャンプ。
1ターン目から天界の修道女を召喚し、罵声で花織の不安を煽る。
そこへ追い打ちをかけるギャラリーの歓声。
対し、花織は幼きエスパーを召喚。
しかし、ギャラリーから飛んでくるのはブーイングの嵐。
続く2ターン目。
チャンプは見習い天使と2体目の天界の修道女を召喚。
見習い天使は使用時にもう1体のトークンを召喚するため、チャンプの場に並んだレプリカは計4体。
畳み掛けるチャンプの速攻に会場が沸く。
だが……返しのターン、状況は一変する!
花織は1枚のカードを選び、場に出した!
「火の海を使用します」
「何ぃっ!? 小賢しいマネを……!」
チャンプのレプリカは全滅!
以降も花織のペースで試合は進み、4ターン目に火竜祭を使用。
これにより、チャンプは次のターン終了時に自軍へ全体ダメージを受ける。
結果、相手の攻めに緩みが生じ、花織は5ターン目も無事凌いだ。
そして、6ターン目。
火竜祭のもう一つの効果により、手札へ加えていた切り札。
それが今、場に降臨する!
「火吹きのヴォルケーノを召喚します!」
「ぐぬぅ! こんな……こんな姑息な戦い方に、負けるなど許されぬ!」
頭に血が上るチャンプ。
一方の花織は落ち着きを取り戻していた。
彼女を勇気づけるお守りのおかげで。
轟からもらった火吹きのヴォルケーノ。
参考にした優のデッキレシピ。
頼もしい仲間の存在が、心細さを打ち払う!
試合中は一人でも、花織は決して一人じゃない!
対し、追い詰められたチャンプ!
だが、彼もライトやファイアによるプレイヤーへの直接ダメージで粘る!
しかし、花織は抜かりなくヒール・リライトで回復したため、それも悪足掻きに終わった……。
程なくして決着。
負けたチャンプが地団太を踏む。
「そんなデッキ、断じて認めんぞ! 逃げ回ってばかりで恥ずかしくねえのか! こんな卑怯者が本戦進出など誰が認める!? なあ、そうだろお前ら!」
呼びかけに応じ、ギャラリーが沸く。
そのあまりの見苦しい光景に、あの人物が鎮めに入った。
会場が一瞬静まり返り、数秒後にざわめく。
彼らが目にしたのは、白い髪に青い目の男……。
そう、そこに現れたのは……神!
彼はチャンプの前に立ち、厳しい視線を投げかけた。
「君の言い分は身勝手だよ」
「ああん!?」
今にも手が出そうなチャンプ。
だが、神は落ち着き払い、まっすぐに見つめたまま再び口を開く。
「君は不利な戦術だけ否定して、都合のいい戦術しか認めなかった。その虚を突かれたんだ」
みるみる顔を赤くするチャンプ。
しかし、神は微塵も臆せずに、凍り付くような声で窘め続ける。
「君がここまで勝ち進めたのは、強さのおかげじゃない。運がよかっただけだ。不利なデッキと当たらなかった。ただそれだけ。決勝で負けたのは、その不利なデッキと当たったから。つまり、君の弱さが原因。デッキの変更は許可されていたのだから、対策は練られたはず。けれど、君はそうしなかった。それを人のせいにして責めるなんて、デッキタイプへのハラスメントでしかない」
「じゃあ何だ? あんな卑怯な戦法があっていいとでも!?」
「それが君の身勝手な言い分だと言っているんだよ。君の速攻だって、誰かが卑怯だと思っているかもしれない。どんなデッキだって、皆が皆、快く思っているわけではないんだよ」
「うるせえ! そんなこと知るか! そんな陰湿なデッキ、オレは認めん!」
聞く耳を持たないチャンプ。
自分の声が届かないことを悟り、神は悲しげに視線を落とす。
そしてその数秒後、カードケースを取り出した。
「……なら、こうしよう。僕は本戦へのシード権を既に持っている。もしも僕に勝てたら、その出場権をあげよう。君の嫌う全体ダメージを入れずにデッキを組む。回復やガーディアンも数枚だけ。枚数調整のため、最低限にしておくよ。ヘイトは入れない……」
条件を告げながら瞬く間にデッキを組んでゆく神。
そして、僅か二十秒足らずで完成させ、チャンプへと手渡した。
「これでどう? 何も仕組んでないよ。中身を見て確認してくれて結構。それから、君の手でシャッフルし直してくれるかな? 好きなだけ、ね……。ああ、それと……君は初期手札5枚を予め選んでくれて構わない」
その挑発に、チャンプは鬼の形相と化す。
「舐めやがって! いくら何でも、こんな条件で負けるわけねえだろ! しかも、お前の作ったこのデッキ、オレと同じ速攻じゃねえか! 速攻でオレに勝てるとでも思ってるのか!」
「勝てるよ。君の速攻は甘い」
「何ぃ!?」
「速攻はもっと奥が深いんだ。君が速攻を語ると、あの人の名が廃ってしまう。その異名を名乗っていいのは、僕の知る限り……あの人だけだから」
「上等じゃねえか! やってやる!」
こうして試合が始まった。
1ターン目に、チャンプは天界の修道女を召喚。
対する神も、1ターン目からカードを場に出した。
「天使の弓兵を召喚。ターゲットに天界の修道女を選び、1ダメージを与える」
その宣言に目を見開くチャンプ。
そして直後、腹を抱えて笑い出した。
「偉そうなこと言っておいて、速攻をまるでわかってねえ! いいか? 速攻っていうのはな、全力で相手プレイヤーを攻撃するのが正解なんだ。怖気づいて保身に走るようじゃあ全然ダメ!」
「……思った通りだ」
「はあ?」
「気にしなくていいよ。さあ、君のターンだ」
神のターン終了宣言を聞き、不敵に笑うチャンプ。
2ターン目に召喚したのは、見習い天使と2体目の天界の修道女。
花織との試合と同じ動きにより、一気にチャンプの場には3体並んだ。
対し、神はまずラベンダーセラピストを召喚。
効果により、ターゲットのライフをプラス1できる。
その対象に選んだのは、前のターンに召喚した天使の弓兵。
自身のライフを増やさなかったことを、チャンプがまた笑う。
だが、神はもう気にも留めていなかった。
自分の戦術に信念を持ち、強化した天使の弓兵で見習い天使を攻撃。
さらに、神も余った魔力で見習い天使を召喚した。
その結果、チャンプの場に残ったレプリカは2体。
神の場には4体。
神優勢の中、迎えたチャンプの3ターン目。
召喚したのはサンセットの暴徒とレッサーイーグル。
前者は使用時に1ダメージを与える効果を持ち、なおかつパワーもライフも2。
後者は場に出したターンにすぐ攻撃できるアサルトという効果を持っている。
そして、前のターンに出した2体は行動可能。
それらのダメージ源が一斉に神を襲い、4ダメージを与えた。
チャンプは無傷のライフ20。
神は残り16。
戦力も追いつかれ、4対4。
しかも、チャンプはその内1体がパワーとライフ2。
ほら見たことか、とチャンプが笑う。
気にせず神はターンを迎える。
使用したのはレイジとラベンダーセラピスト。
前者の効果で1体のパワーとライフをプラス2し、後者で別な1体のライフをプラス1した。
そして、またしても相手のレプリカを倒すことに専念。
その結果、再びチャンプの場は0となった。
一方、神の場には4体残っており、内1体はレイジの効果でパワーが3に上昇しており、ライフも1で耐えている。
だが、チャンプはプレイヤーのライフ差から自分が優勢と信じ、焦っていない。
迎えた4ターン目に彼が使用したのは風乗り。
効果により、見習い天使、レッサーイーグル、天使の弓兵が場に出た。
さらに、見習い天使の効果でトークンを1体召喚し、天使の弓兵の効果とレッサーイーグルの攻撃により神へ2ダメージ。
残りライフ14の神が迎えた4ターン目。
まず最初に出したのは救済の手の教祖。
その効果により、自分がレプリカを召喚する度、1ダメージを与えることができる。
続けて使用したのは見習い天使と宣教師の2枚。
トークンも合わせて合計3体。
それにより、救済の手の教祖の効果が発動し、3ダメージがチャンプ軍へと割り振られる。
結果、残ったのはレッサーイーグルだけ。
加えて宣教師は光のサポートを手札に加える効果を持つ。
選んだのは神風。
1ターンだけ自軍のパワーを底上げできる強力なカードだ。
ここまでの効果処理を終えた後、神はしっかりとレッサーイーグルも倒してから、残りのレプリカでプレイヤーを攻撃した。
結果、神の場には7体のレプリカが残り、チャンプの場は0。
ライフも15対14と迫ってきた。
この状況下においても、チャンプは自身の劣勢に未だ気付いていない。
最後までプレイヤーへの直接攻撃が正しいと信じ込み、ついに理解することはなかった。
訪れた5ターン目。
神は呆れ果てながらカードを場に出した。
「神風を使用し、全軍でプレイヤーを攻撃」
「んなっ! 何ぃ!?」
「前のターンにサーチした時、見せたはずだよ? その効果により、僕のレプリカは全員パワーがプラス2される。1体につき3ダメージ。それが7体。レイジでパワーが上がったレプリカの分も合わせて、合計23ダメージ。簡単な計算なのに、どうして怠ったのかな」
「……」
ぐうの音も出なくなったチャンプへとトドメを刺し、決着。
それでも腑に落ちず地団太しているチャンプへと、神が歩み寄る。
「これでわかったでしょ? 速攻は、プレイヤーへの直接攻撃だけで済むような単純な戦略じゃない。君は間違っていたんだ」
「何だとぉ! 勝ったからって偉そうにっ……!」
言い切るより前に、チャンプの腕が伸びた。
神の胸倉を掴もうとしての行動。
だが、その手は虚しく空を切った。
そして、その瞬間を見てしまったチャンプが目を見開いている。
ボクシングで鍛えた動体視力によって、彼には神の初動が見えていた。
自分が腕を伸ばすより前に、もう動き始めていたのが……。
それを偶然と考え、今度はタイミングをずらしつつ両腕を伸ばすチャンプ。
左腕は胸倉へ、右腕は髪へ……。
だが、その右腕が伸びるより前に神は頭だけを避けた。
これ以上ない的確な動作で……。
さすがのチャンプも異様さに気付き、みるみる蒼褪める。
ガタガタと震えだし、そして……。
「ば……化け物ぉぉお!」
そう叫ぶなり、走り去ってしまった。
その光景にギャラリーも騒然。
皆、気味悪がり退散してゆく。
残ったのは花織だけ。
そんな中、神は深く溜息を吐き、自分のデッキを手に取り見つめた。
「化け物、だってさ……。僕は怖がらせることしかできないみたいだ。それなら、生み出してしまった君には、こう名付けよう。君はレインモンスターだ」
そう呟いて、自嘲する神。
外ではザァザァと雨が降っていた。
【デッキ紹介】
デッキ名:予選用デッキ
タイプ:長期戦(速攻対策型)
使用者:花織
【デッキ内容】
幼きエスパー:4枚
泡沫の人魚:4枚
違法存在グレネードベビー:4枚
サラマンダー:3枚
溶岩の精:4枚
ラベンダーセラピスト:4枚
白檀の療法士:4枚
水神の怒り:4枚
超魔術コンフュージョン・リライト:4枚
超魔術サボタージュ・リライト:4枚
超魔術カウンタースペル・リライト:4枚
超魔術ネゲイション・リライト:4枚
火の海:4枚
灼熱:4枚
火竜祭:4枚
火吹きのヴォルケーノ:1枚
【解説】
花織が対戦相手に合わせて作ったデッキ。
相手がデッキを変えることも想定し、リライトや切り札で対応できるよう組んである。
【デッキ紹介】
デッキ名:フェザークラス
タイプ:速攻
使用者:チャンプ
【デッキ内容】
天界の修道女:4枚
見習い天使:4枚
レッサーイーグル:4枚
天使の弓兵:4枚
ヒメカゼスズメ:4枚
宣教師:4枚
サンセットの暴徒:4枚
教祖サンセット:4枚
救済の手の補佐官:4枚
救済の手の教祖:4枚
インフェルノブリンガー:4枚
ライト:4枚
ファイア:4枚
風乗り:4枚
神風:4枚
【解説】
1ターンでも早く勝つことを目標としたデッキ。
ただし、全体ダメージへの対策がなく、息切れを起こすと一気に崩れる。
【デッキ紹介】
デッキ名:レインモンスター
タイプ:速攻
使用者:神
【デッキ内容】
天界の修道女:4枚
見習い天使:4枚
レッサーイーグル:4枚
天使の弓兵:4枚
宣教師:4枚
サンセットの暴徒:4枚
教祖サンセット:2枚
救済の手の教祖:4枚
シールドマンボウ:4枚
火の国の二等兵:4枚
巨大果実ダンシングアップル:4枚
伝承の語り部:4枚
ラベンダーセラピスト:4枚
ライト:4枚
レイジ:4枚
ディバインバリア:1枚
神風:1枚
【解説】
速攻を狩るために生まれた速攻デッキ。
焦らず場の有利を確保し、勝機を待とう。