心からの寄り添い
突然の申し出に困惑する翔。
どう答えるべきか悩み、数秒後……。
「……そこまでする必要はないよ」
優しい微笑みと共に、そう告げた。
しかし、花織は表情を曇らせる。
「でも……」
「わかった。今から優君を連れてくるから。花織ちゃんはここで待ってて」
そう言うや否や、入り口の方へと身を翻す翔。
だが、その瞬間!
「違うんです!」
花織の叫びが響いた。
驚きのあまり翔は足を止める。
「花織ちゃん……?」
「……無理やり連れてくるなんてダメです! そんなことしたら、優さんをもっと追い詰めてしまいます。私は優さんの支えになりたいんです。そのためには、まず優さんの気持ちを知る必要があると思いました。ですから、私も神さんと戦わないと! お願いします!」
必死に懇願する花織を前にし、唖然とする翔。
だが、その表情は徐々に柔らかくなってゆく……。
やがて、いつもの穏やかな微笑みに戻ると、花織の目線に合わせ屈み込んだ。
「神君はとても強いよ?」
「はい。わかってます」
「それだけじゃない。彼と戦ってゲームが嫌いになった人もいる。優君だけじゃなく、何人も……。それでも戦いたい?」
「はい……。覚悟はできています。負けてでも、傷ついてでも、こうしなければ私は一歩も前に進めないんです。他に方法はありません! お願いします、翔さん!」
「……わかった。神君をここに呼べばいいんだね?」
「はい! ありがとうございます!」
「じゃあ、ちょっと待っててね」
翔は携帯を手に取り、ショップの外へ向かう。
そして、約束通り神へと電話をかけた。
「……もしもし?」
「やあ、神君。ちょっと、この間のカードショップに来てもらえるかな?」
「ええと、今?」
「うん」
「……どうして?」
「このまま優君がゲームを止めたら後味悪いでしょ? そうしないための、とっておきの作戦があるんだ。そのためには君の協力が不可欠でね。是非頼みたいんだ。お願いだから、来てよ」
「……まあ、翔さんにはいつもお世話になってるし、仕方ないか。わかったよ」
「それじゃ、待ってるからね」
そう言って通話を切り、今度は優へと電話をかける。
「……もしもし?」
「やあ、優君。ちょっといいかな?」
「……切る」
「ちょ、ちょっと待って!」
さすがの翔も慌てだす。
「ちょっとだけ時間ちょうだい! ね?」
「どうせまた、さっきと同じ話だろ? 迷惑だから着信拒否入れるぞ?」
「待って! 単刀直入に言うから! 花織ちゃんが、神君と戦うことになった」
「ッ!?」
電話越しに息を呑む音が伝わる。
そして、次の瞬間。
「お前! 何考えてんだ!」
怒鳴り声が携帯から響いた。
いつになく感情的な優。
彼にとって、自分以外のことで熱くなるのは初めてだ。
本気の怒りをぶつける優。
しかし、翔とて花織や優を翻弄するのが目的ではない。
内心、彼女らのことは気に病んでおり、抑えていた感情が爆発する。
「僕じゃない! 花織ちゃんが自分から申し出たんだ。神君を呼んでって」
「だからって呼ぶ奴がどこにいる!」
「僕が呼ばなきゃ自分で探す勢いだったからだよ! だったらせめて、僕がいつでもフォローに入れる時がいい。違う?」
「調子のいいこと言って、お前は一体何が目的だ!? これも全部、オレをゲームの世界に戻すためじゃねえのか!?」
「確かにゲームには戻ってきてほしい。けど、僕だって心苦しいんだよ! 本当なら、優君たちが傷つくところなんて見たくない! でも、社長が言ったんだ。信じろ、と。優君たちには才能がある。ここで終わるような人材じゃない! 終わらせてはいけない! 必ず最後に、奇跡が起こり全員が報われる、と!」
「だったら! そのためなら、何やってもいいとでも言うのか!」
「僕だってそう反論したさ! でも、それも全部、最後には全員の笑顔に変わるから、と。そう言われたんだ! ……頼むよ、優君。いつものカードショップに来て。花織ちゃんたちも待ってるから」
「……」
必死に説得するも、返事はなく、数秒後に通話は切られた。
暗い面持ちで店内へと戻る翔。
しかし、遠目に花織たちの姿が映り、不安にさせまいと無理に作り笑いをした。
優が来るように、祈りながら……。
――その一方。
優は一人、葛藤していた。
向かうべきか、否か。
刻一刻と過ぎてゆく中、悩み続けるも答えは出ない。
言うまでもなく、行きたくない気持ちは強い。
まだ心は癒えておらず、合わせる顔もないからだ。
負の感情は、言い訳を生む。
自分が行って果たして何になるのか。
そもそも、なぜ自分がそこまでしなければならないのか。
赤の他人のために……。
そう思う一方で、花織のあの泣き顔が脳裏を過る。
優の過去を、まるで自分のことのように悲しんでくれた者。
初めて味方してくれた存在。
そんな人が今、待ってくれている……。
それどころか、無謀にも神へと挑むつもりだ。
その懸命な姿を思い浮かべた時、心に声が響いた。
あんなに純粋な子を見捨てるのか!? と。
これまで一人で生きてきた優は、らしくもなく良心の呵責に悩む。
それだけではない。
このまま会えなくなれば、優はまた孤独へと逆戻りだ。
誰からも認められず、必要とされず……そして、誰一人として擁護してくれなくなる……。
悪いのは自分だと宣う、世間という名の四面楚歌で生きてゆくことになる。
そうしたら、きっと……もう二度と、笑うこともないのだろう、と……。
不意に優は叫び、無我夢中で飛び出した!
全速力でショップへ向かう!
悩み始めてから長時間が経過していたこともあり、今から行っても間に合わないのではないか? という不安が優の焦りに拍車をかける!
転げるように前へと進む!
息を切らし、涙を流し、死に物狂いで……!!
――そうとも知らず、ショップ内では轟と花織が神へと挑んでいた。
負ける度にデッキを組み替え、もう七戦目に突入している。
神は呆れるあまり、溜息を吐く。
「心が折れないのは素晴らしいと思うよ。でもね、いい加減わかってくれないかな? 思考を読むまでもない。僕への恐怖心と緊張感からミスの連発。君たちでは僕に絶対勝てないよ」
「わかってます! でも、優さんに戻ってきてもらうには、きっとこの方法しかないんです! そのためなら、何度負けたって構いません!」
「そう言われても、僕だってこんなことしたくない。相手の心を折り続けるなんて、僕も苦しいんだよ?」
その言い種にカチンときた轟が睨み返す。
「言ってくれるじゃねえか、テメェ……! もう勝った気でいるのかよ? お前なんて、この轟様がコテンパンにしてやるぜ!」
「強がりは止めたらどうだい? 心拍数が乱れている。本当は恐怖でいっぱいなことは、僕には伝わっているよ」
「へっ! バカじゃねえのか? 読み違えだ! お前を狩れるとワクワクしてんだよ!」
「違うね。冷や汗、体温、呼吸……。明らかに動揺している」
「だー! うっせえ! いいから勝負に集中しやがれ!」
「……はいはい。でも、この一戦で最後にしてもらうよ」
ご覧の通り、二人は翻弄されっぱなし。
勝機などない。
それでも戦い続けている。
と、その時。
「やめろ!」
勢いよくドアが開け放たれ、同時に怒鳴り声が響き渡った。
花織と轟が思わずそちらへ視線を向ける。
その目に映るのは、ぼろぼろになった優の姿。
駆け寄る二人。
数秒後、ようやく優の息が整った。
「あんな奴と戦う必要はない。オレならここだ」
静かに、しかし力強く告げる。
その言葉を聞いた瞬間、花織は泣き出した。
神は溜息を吐き、その横を通って出てゆく。
翔は慌ててその後を追う。
店内に残された三人。
しばらくして、花織が涙を拭い、笑顔を見せる。
「よかったです、本当に……!」
拭ったばかりの目から再び零れる涙。
それを見ながら、優は頭を抱えた。
「あのなあ、強引にも程がある。オレに戻ってきてほしいからって、こんな無茶を……」
「だって……! 考えてみたら、私、優さんの気持ちを本当の意味で理解できてないと思ったんです。神さんと戦ってみてからじゃないと、わからないこともあるんじゃないかって……」
「……で? どうだった?」
「とても悲しかったです。自分の全てを否定されてるようで……。全部読まれるって、こんなに苦しいんですね。一緒にゲームをしているはずなのに、神さんはずっとつまらなそうでした。私、今本当にこの人の対戦相手として目の前にいるのかなって、不安になりました……」
思い出しながら蒼褪める花織。
だが、すぐさま首を振り、優へと労りの眼差しを向けた。
「でも、きっと優さんは、その何倍も苦しんだんですよね? 私にその全てはわかりません。ですが……いえ、だからこそ、一人で抱え込まないでほしいんです。弱みを見せてはいけないなんて、おかしいですよ。泣きたい時は、泣きましょう? 私も一緒に泣きますから……」
約束を迫る花織。
しかし、すぐさま素直になれる程、優の抱えている闇は浅くない。
それでも今は、その思いを受け入れようと、彼なりに精一杯努力し……。
「ああ……」
と、一言だけ応えた。
たったの一言。
しかし、本来であれば、なかったはずの返答……。
そして何より、優が立ち直り目の前にいる。
花織はようやく安心し、満面の笑みを浮かべた。
それに釣られ、優も安堵の表情を浮かべる。
そして、すぐ側で外方を向き、照れ隠しする轟。
こうして、この一件にも終止符が打たれた。
三人は気持ちを新たに、また一歩前へと進んでゆく……。
――そして数日後。
大会の日程が明らかとなり、優がネットで確認中。
すると、そこに載っていた予選内容に、こう書かれていた。
パズル問題による試験を含む、と……。