明日へ……
土砂降りのもとへ飛び出した優。
それを全力で追う花織と轟。
しかし、その差は縮まらない。
それでも二人は必死に追い続ける。
花織は届きもしない手を無我夢中で伸ばし……。
「待ってください! 優さん! 待って……ください!」
息を切らしながらも、そう呼びかけた。
何度も何度も……。
全力疾走と大声のせいで喉が張り裂けそうになる彼女。
それでもなお、痛みなど気にせず叫び続ける。
咳き込もうとも、噎せ返ろうとも……。
声は枯れ、涙は溢れ、それでも必死に追い続ける。
……と、その時。
不意に優が転んだ。
花織は思わず息を呑み……。
「優さん!!」
と、悲鳴を上げ、急いで駆け寄る。
数十メートル先で倒れたまま動かない優。
そのそばへ着くや否や、花織はへたり込んで手を取った。
「優さん! 大丈夫ですか!?」
心配する彼女。
しかし……。
「……くれ」
「え?」
「もう放っといてくれ!!」
優は手を振り払い、そう叫んだ。
そして、顔を地面に向けたまま……。
「賞金なら神に頼めよ! あいつなら優勝間違いなしだ。オレなんかに頼むよりずっといい! だから、もうオレなんかに!」
悲痛な声で捲し立てる。
だが、それを遮り……!
「嫌ですっ!!」
花織が優の言葉を断ち切った。
そして、肩を震わせながら……。
「……どうしてそんな悲しいこと言うんですか?」
ゆっくりと、そう問いかけた。
その頬を涙が伝う……。
数秒後、優は重たい口をゆっくりと開いた。
「……だってそうだろ? オレよりあいつの方が強い。なら、あいつに頼むべきだ。賞金が必要なんだろ?」
「そういう話じゃないです! 賞金とか優勝とか、今はそんな話をしてるんじゃないです! ……私、賞金が手に入れば、他はどうでもいいだなんて思ってません! 放っといてだなんて、どうしてそんな悲しいこと言うんですか!?」
「……オレのことなんてどうでもいいだろ」
「よくありませんっ!! ……私は優さんを仲間だと思っています。仲間が傷ついて泣いていたら、私だって悲しいです。それっておかしいことですか!?」
「仲間……」
「優さんはそう思ってないかもしれません。私なんて、ただ一方的に頼み込んでいるだけの迷惑な他人だと。でも、優さん言ったじゃないですか! 優さんの興味を惹き続けろって。それってこういう意味じゃなかったんですか!?」
必死に問いかける花織。
しかし、優は応えない……。
数秒の間の後、再び花織が口を開く。
「私はゲーム初心者です。飲み込みも早くありません。それはきっと、優さんだって最初からわかっていたはずです。なのに、興味を惹けと、優さんは言いました。それって、こういう時に支えになることじゃないんですか!?」
懸命に訴えかけるも、優は俯いたまま。
再び数秒待った後、花織が続ける。
「私にできることは、きっとこれくらいです。それでも、優さんは私に興味を持ったんですよね? それって、優さんがずっと一人で抱え込んできたからだと思うんです。悩んでいるなら打ち明けてください。苦しい時は言ってください。私は絶対に笑いませんから。だから……。だから……! もっと弱みを見せてください! 何でそんなに閉じこもるんですか!?」
「……何で、だと? 弱みなんて……そんなかっこ悪い姿、誰が望む!?」
「望まれなくてもいいじゃないですか! かっこ悪くなんてないですよ! それでも、どうしても涙を見せたくないなら……私の前でだけ、泣いたらいいです。誰にも言いませんから……」
傷ついた心へと必死に寄り添う花織。
だが、優は一言も返さない。
しばらくして、彼はふらふらと立ち上がり、ついに顔も合わさぬまま歩み出す。
去り行く背に向かい、花織は「待ってますからね!」と、思いを込めて叫んだ。
その声に優が立ち止まる。
直後、背を向けたまま……。
「……一人にさせてくれ」
そう一言だけ返し、再び歩き出した。
遠退く背中。
じっと見つめる花織。
その隣で轟は拳を握りしめ……。
「何でだよぉぉお!!」
悲痛な声で、そう叫んだ。
しかし、雨の中ただ虚しく響くだけ……。
しばらくして、二人は浮かない顔でカードショップへと戻った。
そして、置き去りにされた優のカードを預かり、着替えるためにこの日は帰宅。
――二時間後。
花織はすっかり前向きな思考へと復活していた。
そして、轟に電話をかけ、明日からの作戦を提案。
話しながら、ふと窓の外を見る彼女。
すると、その目には虹が映った。
決して雲一つないわけではないが、見事な程の鮮やかな夕虹。
その先は、明日へと繋がっている……。
一方、神は翔に会うため、ウィザーズウォーゲーム本社を訪れていた。
約束の時間より少し早く来た神は、屋上で黄昏を眺めながら待つ。
数分後、後方にある出入り口が開いた。
それに合わせ、神が振り向く。
「……来たね、翔さん」
「やあ、神君。お疲れ。話したいことって何だい?」
「単刀直入に聞くよ。何で僕をこの大会に招待したの?」
まっすぐな視線を投げかける神。
対し、翔は視線を落とす。
「すまないね。社長が是非にと言うから、それに従うしかなかったんだ」
「……僕はこんな自分に嫌気が差しているんだよ。対戦者を呑み込み、絶望へと突き落とすことしかできない。……まるで底なし沼だ。暗く深い、どこまでも救いのない奈落……。だから、このデッキだって、自嘲の意味を込めてこう名付けたんだ。黒い沼、とね」
デッキを手に取り、哀れむように見つめる神。
そして、首を左右に振った後、翔へと視線を戻す。
「この黒い沼は僕自身も呑み込むんだ……。ねえ、こんな僕にゲームをする資格があると思う? もう一度聞くよ、何で僕をこのゲームに招待したの?」
「……その問いに対する僕自身の答えがあるとしたら、神君と優君にこのまま終わってほしくないから、かな。君たちは可能性に満ち溢れている。だから、それを無駄にせず走り続けてほしいんだ、明日へ……」
風がそよぐ中、翔は遠くを見つめながら、そう答えた……。