デッキ相性
自分を見つめ直すきっかけを得た轟。
優のヒントにより閃きを得た花織。
皆それぞれ、着実な一歩を踏み出した。
その夜。
明日に向けてデッキを作成する花織と轟。
違う空間にありながら、似通る二つのデッキ。
これは偶然ではなく必然。
なぜなら、元を辿れば一つだからだ。
優と隣町の男子が明日使ってくるデッキは、どちらも轟を倒すべく作られた専用構築。
そう、全ては轟のデッキを出発点として対策が回っている。
対策をさらに対策った行き着く先が、自ずと似るのは当然。
新たなデッキとは、こうして生まれる。
花織も轟も順調にカードを選び、どんどんデッキの完成へと近づいてゆく。
そして約十分後、両者はデッキを組み終えた。
ホッと一安心し、表情を緩める花織。
明日を楽しみに獰猛な笑みを浮かべる轟。
それぞれの思いを胸に、二人は眠りについた。
そして翌日。
轟は再び隣町のカードショップを訪れ、入口に立つと口角を釣り上げた。
すぐにはそのドアを開けず、勝利のイメージを噛みしめる。
高鳴る鼓動、湧き上がる闘志へ存分に浸った後、ようやくそのドアをゆっくりと開けた。
店内の視線が一斉に轟へと注がれる。
客は一か所に固まっており、その全員が昨日の問題児の信者。
異様な静寂の中、轟は不敵な笑みと共にゆっくりと標的に歩み寄る。
一歩ずつ這い寄るその姿は、まるで獲物を狙う獣のよう。
たった一人で物怖じせず向かってくる彼に、人数で勝る信者たちが怖気づき後退る。
そうしてまっすぐに標的の向かい側へと着いた轟は、この上なく嫌味たらしくニヤリと笑った。
「よぉ……。噂が入ってきたんで、わざわざ出向いてやったぜ? この轟様と戦いたいんだって?」
開口一番、挑発をかましてゆく。
対し、相手は苦笑を返した。
「白々しいことを……。昨日、来ていただろう? 逃げたのか?」
一見すると、ただの煽り。
だが、単なる前哨戦に見えて、実は既に始まっている水面下の駆け引き。
相手は探ろうとしている。
どこまで轟に悟られたのかを。
対策されていないか確認するための揺さぶり、つまりは鎌をかけている。
だが、轟が動じるはずもない。
煽り合いは彼の得意とする分野だ。
「あー、悪かったな。急に帰ってこいって言われてさ。そんなに待ち遠しかったのか。そりゃあ悪いことをしたな。その分たっぷり地獄を味わわせてやるよ」
高飛車な轟の態度に、相手は再び苦笑する。
「変だな。どこぞの誰かに負かされて落ち込んでると聞いたんだが……。行きつけのカードショップに顔を出さなくなるくらいに」
「ああん? 何だそのガセネタ。この轟様が負けた? 誰に? このデッキが負けたことは今まで一度もねえよ。お前にも今から骨の髄まで理解させてやる!」
「そうか。じゃあ早速バトルしようか」
「ああ、そうだな……」
堂々とした受け答えにより、信じ込ませることに成功した轟。
相手はそうとも知らず、デッキをシャッフルし山札の位置に置いた。
それを見届けた上で、轟がニタニタ笑い出す。
「傑作だよ、お前。記念に名前を教えてくれよ」
「神、とでも呼んでくれ。もうすぐオレの物になる名前だ。お前を倒したら、次はそいつを倒しに向かう。その時に名を奪うつもりだが、今の内から名乗ってもおかしくないだろう」
「お前が思ってる以上におかしいから安心しろ。最高に面白いジョークだと思うぜ? 偽神さんよぉ……!」
煽る轟。
未だ自らの危機に気付いていない相手。
そして先攻後攻が決まり、ゲームが始まった。
轟の1ターン目。
「さてと、それじゃあまずは天界の修道女を召喚するぜ」
「ッ!? 何だと!?」
最初に場へ出されたカードを目にし、相手の表情が激変した。
その向かい側には腹を抱えて笑う轟。
全てを悟った相手が顔を真っ赤にする。
「騙したな!? こんなの無効試合だ!」
「バカ言ってんじゃねえよ! 勝負はもう始まってんだ。それに、一体何がおかしいんだよ? バトルを始める前から相手のデッキがわかるわけねえだろ」
轟の反論にぐうの音も出ない相手。
そこへ轟はさらに追撃の嘲笑を加える。
「戦いの嗅覚が麻痺してんじゃねえの? 相手の言動から察知できなかったお前が悪い。この轟様が一枚上手で、獲物を確実に仕留めた。それだけだ。真剣勝負で甘えたこと言ってんじゃねえよ!」
罵声もどこか正論の匂いを醸し出す。
論破された相手は小さく呻くことしかできない。
当然、バトルも轟のペースで進んでゆく。
「悪戯なエルフを召喚!」
「させるか! カウンター発動、ネゲイション!」
必死に抵抗する相手。
だが、速度で完全に負けている。
しかも、事あるごとに飛んでくる轟の煽り。
「残念だったなあ? 本当だったらそのカウンターで、この轟様の切り札を対処したかっただろうに。そうすればお前はたった2コストで6コスト以上のカードを封殺できたはずだったのになあ? なのにこっちのカードの方がコストが軽いなんて、皮肉なもんだぜ!」
響く高笑い。
終始、この調子。
言うまでもなく、轟の勝利で幕を閉じた。
同じ頃に花織も無事に課題をクリアしたが、それは轟が知る由もない。
彼はただ、今この瞬間の勝利に酔いしれている。
と、その対面で相手が突然笑い出した。
「……いや、これでいい。オレの言った通りだ! これではっきりした。やっぱりカードゲームなんてただのじゃんけん。下らない。相性のいいデッキが勝つ、それだけだ!」
負け惜しみを連ねる相手。
轟はその様子に呆れ、さっさとデッキを片付けると踵を返した。
そして、振り向きざまに哀れみの視線を送り……。
「いつか本物の化け物が目の前に現れるぜ。気をつけな?」
と、別れの挨拶代わりに苦笑を添えた。
もちろん、その化け物とは優を指す。
が、ここにいる人には伝わるはずもない。
去り行く轟を信者が追おうとするも、敗北した対戦相手が制止する。
「放っておけ。むしろ、オレの考えに間違いがなかったと証明してくれたようなものだ。感謝したいくらいだね」
そう吐き捨て、無理やり自分を納得させた。
――と、ここまでがこの日の出来事。
そして、ここからは少し先の日の話。
何の廻り合わせなのか、本物の神がそのカードショップへと来店した。
そして、神を騙ったあの男子に向かい、声をかける。
「ちょっといい? 優君っていう人、知らない? その人に伝えてほしいことがあるんだけど……」
「何だいきなり? オレを誰だと思って……。 ん? お前は……」
男子はその容姿を見てすぐに気付いた。
肩までの白い髪、悲しげな青い目。
この特徴からピンと来ないゲーマーはいない。
神へと向けた視線が自ずとキツくなる。
「誰かと思えば、お前あの天才と名高い神だろ? オレを差し置いてその優って奴に用とはな……」
機嫌を損ねる男子。
しかしその直後、不意にその口元が歪んだ。
「丁度いい。オレに勝てたら優とやらに伝言してやるよ。お前が負けたら、オレは神の名をいただく」
横暴な提案をされ、神は困った表情を浮かべる。
「悪いんだけど、これ本名なんだよね……」
「そんなことはどうでもいい。最早お前の名は称号と同じなんだよ。それとも何だ? 負けるのが怖いか?」
その挑発に、神は溜息を吐く。
「怖いのは勝つ方なんだけどな……」
「はあ? 何を言ってるんだか……。勝つのが怖い奴なんているかよ。しかもお前、相手のデッキを盗み見て勝ってるくせに……」
「何か勘違いしているようだね。いいよ、僕が使うデッキは先に中身を見せてあげる。それなら文句ない?」
神の申し出にその場にいる全員が笑い出した。
「何を言い出すかと思ったら。その条件でいいんだな? よし、乗った」
こうして神が手の内を明かした上で始まった二人のバトル。
加えて、相手には信者がいる。
手札を盗み見ることなど造作もない。
誰もが自分たちの勝利を信じて疑わなかった。
だが、試合は不可思議な進行を辿りだす。
普通なら妥協するやり取りで、カウンターを警戒もせずに踏み込んでゆく神。
しかも、その全てが罷り通る。
明らかに何かがおかしい。
それに気付いた相手の表情が曇る。
「……おかしい、さっきから全部。まるで手札を見透かされてるかのような……。おいお前、一体何をした? やっぱり、不正か何かをしているな?」
「人聞きが悪い。僕は不正が大嫌いなんだ。だから本当は、こうやって君たちが盗み見てくるのも気分悪いんだけど、今回は仕方ないと割り切っているところだよ」
「オレが盗み見てるだと? 証拠はあるのか?」
「証拠として出せないけど、見えるんだよ。後ろで合図を送っている動作が、音として聞こえることで……映像になるんだ」
「……は?」
言ってる意味がわからず、相手は思わず聞き返した。
対し、神は溜息を吐くと、合図の詳細を順番に言い当ててゆく。
手で送るサインは、指の本数、動作、速度などを正確に真似て見せ、ウィンクなどの表情によるものは口で説明した。
その合図の意味も添えて。
さらには、対戦開始時から今に至るまでの、相手の手札と思考内容まで披露。
これにより、信者の半数程が驚愕した。
それでもなお、鏡など何かしらの種があると疑う者も数名。
挙句、不正をしているのは神の方だと言い出す始末。
そんな輩に対しては、彼らの持っているデッキのタイプを言い連ね、その全てを的中させてゆく。
凍り付く信者たち。
疑う者など、もう一人もいない。
なぜなら、それらのデッキは誰にも明かしていなかったから。
信者が一人一人個別に指示を受け、秘密裏に作られたものだから……。
今だって当然、それらはケースの中。
それをさらに見えないように隠し持っている。
デッキを持っていることすら、信者たちを見ただけではわかるはずがない。
それを、背中を向けたまま見てすらいない神が言い当てた……。
その場にいる全員がみるみる蒼褪めてゆく。
「化け物だ……!」
誰かが呟いた。
途端に全員が我先にと出口に向かって駆け出す。
神は慌てて置き忘れたままの相手のデッキを手に取る。
「待って、忘れ物!」
呼びかける神。
しかし、その行動はさらなるパニックを生む。
「来るなあああ! いらない! そんなものいらない! くれてやる、だから寄るなあああ!」
叫びながら逃げ去る相手。
他の人も同様。
ただ一人、神だけが取り残された。
仕方なく神はそのデッキを手に外へと出ると、携帯を取り出し……。
「あ、翔さん。質問なんだけど、落とし主がわかってる場合の落とし物も交番に届けるので合ってるかな? それか、翔さんにお願いできると助かるんだけど……。あ、うん。場所は大丈夫。ちゃんと音で追えてるから……。ごめんね、ありがとう」
そう言って通話を切ると、溜息を一つ。
「勝ったら伝言してくれる約束だったのに……。あの様子だと、あの子もゲームやめちゃうのかな……。やめないでほしいな……」
そう呟く神の表情は、深い悲しみに満ちていた。
【デッキ紹介】
デッキ名:ドミネイター
タイプ:長期戦
使用者:神を騙る男子
【デッキ内容】
幼きエスパー:4枚
エリミネイター:4枚
ナイトスニーカー:4枚
災害の予知:4枚
サボタージュ:4枚
ネゲイション:4枚
エラー:4枚
ジャミング:4枚
バブル:2枚
ウェーブ;4枚
マインドハック:4枚
デス:4枚
アルファ博士:4枚
カースドウィスパーズ:4枚
黄泉の門:4枚
絶望:1枚
メディテーション:1枚
【解説】
轟を倒すことだけを目的として作られたデッキ。
大型レプリカを封殺することに特化している。
【デッキ紹介】
デッキ名:サウザンドジャブ
タイプ:速攻
使用者:轟
【デッキ内容】
見習い天使:4枚
天界の修道女:4枚
レッサーイーグル:4枚
天使の弓兵:4枚
ヒメカゼスズメ:4枚
カゼスズメ:4枚
サンセットの暴徒:4枚
幼きエスパー:4枚
悪戯なエルフ:4枚
菌輪の呪術師:4枚
ラベンダーセラピスト:4枚
巨大果実ダンシングアップル:4枚
コンフュージョン:4枚
カウンタースペル:4枚
風乗り:4枚
【解説】
高コストデッキが対策されることを読み、裏をかいて対策し返した速攻デッキ。
1枚1枚が超低コストなため、カウンターによって使用を中断されても被害が少なく、むしろ差し引きでこちらが優位となる。