俺は誰だ。
この広い世界で俺を知っている人間は何人いる?。
俺が……俺である為に必要なものはなんだ。
暗い場所だが、ここはどこだ? ここには何もない。
俺は何故、こんな場所にいるんだ……。
「君は、自分を知っているか?」
男はそう言い、俺を見つめる。その瞳は深い漆黒のような黒。
吸い込まれてしまいそうな、その瞳から目を逸らし答える。
「知っている」
「それは誰が決めたのかね?」
また、男は聞いてくる。その顔は笑っていた。
俺を嘲笑っている。
「それは、俺だ」
「では……君が君である証明はなんだね?」
男は聞く。
その瞳は俺を離さない。この男は誰だ。そもそも、ここはどこなんだよ。
俺は普通に生活してたはずだ。
「俺が俺である……証明?」
「……そうだ。君が君がある為には、他者が必要だ」
意味が分からなかった。
――俺は俺だ。
俺が俺である為に何故、他人が関係してくるんだ。
「何故、他人が必要なんだ?」
「それは、君の記憶……」
俺の記憶ってなんだ?
どういう意味だ。だが、男は笑うだけ。俺を見て、蔑むように笑うだけ。
「俺の記憶がなんなんだよっ!」
俺は声を荒げ、男を問い詰めた。だが、男は冷静に、
「君が自分だと思う人間は、本当に君なんでしょうか?」
と、だけ答え、また笑う。その笑みに、言いようもない不安を覚えてしまう。
……こいつは何者なんだ?
俺をどうしたいんだよ。
「人間の”自身の証明”には他者の認識が必要です。他者が君を”君”だと認識して、初めて君は自分の存在を理解します」
「それが記憶……だとでも、言うのか?」
「そうです……。記憶を失えば、例え他者が覚えていても、自分は自身の存在を認識出来ませんよね?」
男は俺の頭に、そっと手を置いていく。その手は異様に冷たく、まるで死んでいるように感じた。
「君が君である為の記憶――それは、他者から刷り込まれた記憶」
男の口元が怪しく歪む。
その口から放たれる言葉は、感情の篭っていない無機質な声。
「だから……君の記憶と君を知る全ての人間の記憶を、消してみましょう」
「っ! な……何をする!」
男は静かに俺の頭から手を退けていく。そして笑う。
卑しく口元を歪めて笑う。
「そして……代わりに、私の記憶を埋め込んでみましょう」
突如、頭の中が割れるような痛みが襲ってくる。
頭の中を得体の知れない何かが這い回っているような感覚がして、次いで何かが流れ出していく感覚。
思い出が、家族の顔が、大好きな人が、俺の中から次々と抜けて――。
「君の記憶を消しました……。これからは君が”ここの番人”です」
静かに話す男。誰だ……? この男は、誰なんだ?
そして、俺は――誰だ?
「これからは――私が君です」
静かに踵を返し去っていく名も知らない男の背中を見送り、俺は意識を手放していた……。
―─君は”君”である証明を出来ますか? |