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『メモリー』
作:徳次郎



【第9話】宿るモノ


 それからしばらくの間、克の消息は判らないままだった。
 その後も何度か彼のアパートへ足を運んだが、戻って来た形跡はない。大家に話を聞いたところ、数か月分の家賃は支払い済みとの事だった。
 しかし、彼が東京に潜んでいるという事は、ニュースで知る事になる。
『今日昼ごろ、20歳の大学生平塚睦美さんが自宅アパートで殺されているのが発見されました。発見者は彼女を訪ねてきた大学の知人で、睦美さんは全裸の状態で手足を切断されており……』
 睦美が……斗馬はベッドに腰掛けていたが、思わず前のめりになって床に膝を着いた。
 その惨忍極まりない犯人が誰なのか、斗馬には直ぐに判った。
 ……克だ……やっぱり猫を切断したのもきっとアイツなのだ。アイツは何処にいる? 
 しかし、ニュースは続いていた。
『…………で、竹本さん一家が惨殺されているのが、近隣の住人によって発見されました。竹本さん宅では先週哲弥さんが事故で亡くなっており、家には奥さんの美津子さんと二人の子供、三人で住んでいました……』
 ニュースで読み上げた住所は、駅向こうの公園近くだった。
 家族の写真がテレビに映し出されて、斗馬は背筋が凍りついた。
 ついでに出された先週無くなった亭主と言うのは、斗馬のデジカメに出てきたあの中年の男だったからだ。
 ……やっぱりあの男は死んでいた。そして、戻って来たあの男は、自分の家族を殺したんだ。
 それは、克の行動に酷似していた。
 戻った人間は、潜在意識に強く残る人間を殺すのだろうか? しかし、何故?
 テレビ画面に食いついていた斗馬は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
 そこで彼はハッと気付いてデジカメを手に取り、電源を入れた。
 極僅かだが、液晶画面には確かにシミが出来始めていた。それが誰なのかは明らかだった。
 斗馬は慌ててメモリーの全てを消去した。
 身体が本人でも、いくら睦美の身体でも、わけの判らないモノが宿るのでは意味が無い。しかも、奴らは惨忍な『別なモノ』となって蘇えってくる。
 斗馬は裕美子に電話をした。彼女もニュースを見ていれば睦美の死を知っただろう。何より彼女の身が心配だった。
 克は生前、裕美子の事もひどく気に入っていた。そして、あの時言った彼の言葉。
「お前の女も楽しませてやる」というセリフが頭の隅にすっと引っ掛かっている。
 しかし、彼女の電話は繋がらない。
 くそ、どうなってる……
 斗馬は不安に後押しされて、アパートを飛び出した。




 裕美子のマンションは電車で行くと一度新宿へ出てから乗換えがあって意外と時間を喰うが、実際は自転車でも15分ほどの距離にあった。
 斗馬は普段めったに使わない自転車に乗ると、駅とは反対方向の大通りを抜けて、裕美子のマンションへ急いだ。
 嫌な胸騒ぎが身体の内側でザワザワと沸き起こっていた。
 押しつぶされそうなほどの湿気を含んだ、ジメジメとした夜風が身体を抜けていく。
 大通りの歩道は、連なる街路灯で思いの外明るい。追い越してゆくタクシーのテールランプを見て、タクシーの方が速かったかと今更ながら思ったが、それでもとにかく斗馬はペダルを踏むしかない。
 斗馬が裕美子のマンションに着いた時、彼女の部屋に明かりは無かった。彼は投げ出すように自転車から飛び降りると、足早にマンション入り口のガラス扉を抜けた。
 四階に上がって彼女の部屋のチャイムを鳴らしても、もちろん何の反応も無い。
 ……裕美子は何処に行ったんだ? まさか既に克が連れ去ったのか?
 立ち止まると、湿度に煽られて全身から汗が湧き出る。
 斗馬はエレベーターを降りて、マンションの入り口にあるエントランスに来ていた。もう一度携帯を手にして裕美子へ電話しようとしたその時だった
「斗馬くん」
 敷地の入り口に、裕美子が立っていた。
「びっくりしたあ、どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ。携帯の電源切ってたのか?」
「あっ、ごめん。さっき一つ手前の駅で人身事故があって、電車停まってたのよ。みんな携帯で何処かに連絡してたけど、あたしは別に連絡するところないし。だから、電源切ったままだったの」
「何処か行ってたのか?」
「友達と買い物よ。ユミとかアユとかと」
 裕美子はそう言って汗に濡れた斗馬のTシャツに気付くと、怪訝な顔を見せた。
「どうしたの? また何かあったの?」
「じゃあ、夜のニュースは見てないんだな」
「何かあったの?」
「……睦美が殺された」
 裕美子は両手を口に当てて「うそ……」
 斗馬は小さく首を振った。
 彼女の瞳はあっという間に涙で満たされて、ポロポロと雫が零れ落ちた。
「どうして? 誰に殺されたの?」
「犯人はまだ、いや、見つかるかどうか……」
「どういう事? まさか?」
 裕美子にも何となく犯人の察しがついたのだ。
「おそらく……克だ」
「どうして? どうして殺すの?」
「アイツはおかしいんだ。アイツの魂は、克じゃない」
 裕美子は困惑した瞳で、斗馬を見つめた。零れる雫は止まらなかった。


 斗馬は裕美子の部屋に上がっていた。今夜はここにいた方が自分も安心だし、裕美子も安心するだろうと思った。
「俺、あのデジカメを買った店の店主に聞いたんだ」
 斗馬は、あの白髭の初老が言った事を話して聞かせた。
「デジカメのメモリーが、死者を蘇えらせるって言うの?」
 裕美子は半信半疑だった。当然の事だろう。そんな非科学的な現象を直ぐに信じる方がどうかしている。
 しかし、死者が蘇えること自体既に、非科学的なのだ。そして、その証である克の姿を裕美子も見ている。
「何にしても、克の身体が再生されたのは事実だ。それは、裕美子も見たろ」
 裕美子は小さく頷きながら、冷蔵庫から取り出したウーロン茶を二つのグラスに注いだ。
「しかし、アイツを動かしているのは、克ではない別の何かだ」
「その、別の何かって何?」
 裕美子はウーロン茶の入ったグラスをひとつ、斗馬の前に差し出した。
 微かに手が震えている。
「それが判らない。あのオヤジもそこまでは判らないらしい」
「そのおじさんは?」
「逃げられた」
 斗馬はそう言って肩をすくめると、グラスのウーロン茶に口を着けた。
「俺が思ったのは、浮遊している霊とか死霊とか、そう言ったものが入り込んでるような気がするんだ」
「死霊?」
 裕美子は手に持っていた自分のグラスをテーブルに置いた。
「でも、草加くんも死んだわけだから、ある意味死霊になってるのよね」
「もしかしたら、一番近くにいる死霊が取り付くのかもしれない」
「じゃあ、いくら身体が蘇えっても意味がないじゃない」
「だいたい、何故あのカメラにそんな力があるのかだって判らないままだ……」
「草加くんはどうなるの? このまま生き続けるのかしら?」
 かなり落ち着きを取り戻した裕美子の顔に、再び不安と恐怖が滲み出る。
「身体は本物だって、あの爺さんが言ってたよ」
 斗馬は、呟くようにそう言って目の前のグラスを掴んだ。
 サラリーマンの男の事件についてはあえて口に出さなかった。あの殺人鬼達がこれから先も生き続けると思うとゾッとして、口に運ぶグラスが微かに震えた。








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