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『メモリー』
作:徳次郎



【第8話】謎


「あの犬はやっぱり違う犬なのかしら」
「さあな。6日間も行方をくらましていたなら、何処かで車にでも轢かれた可能性はあるな」
 結局あの犬は飼い主自身が確かに自分の犬だというので、それ以上の追求はできなかった。
 身体のどこかに違いがあるわけではないのだろう。
 斗馬と裕美子は久しぶりに新宿まで出ると、ブラブラと時間を潰して夕飯を一緒に済ましてから別れた。
 斗馬はアパートへ帰ると、直ぐにデジカメを取り出して電源を入れる。
 彼女の手前、必要以上に不可思議なデジカメの事は話さないが、次はどんな奴が浮かび上がるのか、正直気になって仕方がなかった。
 しかし、液晶画面には何も変化は無い。ファインダー内はクリヤーだし、操作モードにも異常は無かった。


 梅雨半ばの空は重く低い雲で覆われ、路地裏は夕暮れのように暗く荒涼な風景だった。
 翌日大学へ行く為に家を出た斗馬だったが、ふと思い立って商店街の途中から裏路地へ入る。
 どうして今まで思いつかなかったのか? 
 斗馬はあの店に行ってみようと思ったのだ。
 このデジカメを売った、あの店主なら何か知っているかもしれない。そう思ったからだ。
 しかし、足早に裏路地を入って鉄風堂の前まで来た斗馬は、息を弾ませながら絶句した。
「そんな……」
 彼は思わず途方に暮れて佇む。
 店はシャッターが閉じられて、小さく張られたボロボロの紙切れには
『閉店いたしました』と書かれていた。
 斗馬は諦めきれずにその裏の民家を覗いた。店舗の後ろ側の建物が自宅になっているようなのだ。
 ちょうどその時、あのヒゲ面の初老が家の玄関から姿を見せる。両手には重そうに鞄を持っていた。
「あの……」
「おお、この間のアンちゃんか」
「店閉めちゃったんですか?」
「ああ、ここいらが潮時だからね」
「あの、相談があるんですけど……」
元店主は、斗馬の手にしたデジカメに視線を降ろすと
「何かあったのか?」
「このカメラはどんな経路で入荷したんですか?」




 路地を抜けて小さな児童公園のベンチに二人は腰掛けていた。
 斗馬はこのカメラに起きた事、そして死んだ友人が蘇えり、しかも様子がおかしい事を告げた。もちろん、その他の思い当たる事例も含めて。
「うむ……」
 話し終えた斗馬に向って、元店主は小さく唸った。
「それは、災難じゃったのう」
「災難?」
「そのカメラで撮った人間が死んでしまうとは……」
「どういう事ですか?」
「そのカメラのメモリーに入った人間の像は、死後に焼き起こされる」
「焼き起こされる?」
「まあ、プリントアウトのようなもんか」
「何でそんな事?」
「そこまでは、わしも知らん」
「そんな……じゃあ、やっぱりここに現れた人間や犬は一度死んで、そして蘇えったと?」
「まあ、そういう事になるだろうな」
 初老の元店主は、斗馬を見上げて話を続けた。
「ただ、魂は戻ってはこん」
「どういう事ですか?」
「焼き起こされた身体は、何か別のものが宿るらしい」
「別のもの? 何ですかそれは」
「それもわしには判らん。あのカメラは、メモリーに残っている人間で死んだ者の身体を焼き起こす力がある。しかしそれは何か他のものが宿る為に行われると言う事だ」
「あんた、知っててこれを俺に売ったな」
「そんなに怒るな。誰も死ななければタダの高級デジカメじゃ。そのカメラで撮った人物が死んだのが災難のもとじゃ」
「どうすれば消えるんですか?」
「消す事などできん。そのデジカメで焼き起こされた人間の身体は本物だ」
「じゃあ、どうすれば?」
 斗馬は初老の元店主に詰め寄った。
「おお、もうこんな時間じゃ。わしゃ行かんとな。じゃあな」
 そう言って初老はそそくさと立ち上がった。
「いいか、焼き起こされた人間には関わるな。そして、そのカメラのメモリーカードは何時も空にしておくことじゃ」
 そう言って、元店主は足早に路地を歩き去った。
 斗馬は思わず呆然と立ち尽くしていたが、ハッと気付いて彼を追いかける。
 しかし、先の住宅街の曲がり角を過ぎると、もう初老の姿は何処にも無かった。
 沈んだ空から、小さな雫が零れ始めていた。


 ……何だ。何が宿るというんだ。斗馬は大学へ向う電車の中で半ば途方にくれていた。
 金を借りる為に漂々として自分の部屋へ来た克が、再び訪ねて来ないという保障はない。
 いくら関わるなと言っても、いくら別の何かが獲り付いているといっても、彼の潜在意識の記憶は明らかに残っているのだ。









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