着メロは攻撃魔法?
武器っちょ企画に参加したくて書いてしまいました(^^;)
長い歩道橋の上、スマホをいじりながら歩いていたのがよくなかった。
人にぶつからないようにだけ注意していたのがよくなかった。
――ふと気が付けば、足元にあるはずの地面がなかった。
「んぎゃ~~~~~?!」
おおよそおなごらしからぬ叫び声を上げながら、私は階段から落ちていた。正確に言うと地面がなくなったのではなく階段の一段目を踏み外しただけので、そのまま転げ落ちるのかと思いとっさに身を丸くし受け身の態勢を取る。少しでも打ち所は悪くありませんように! と必死に祈るのだけど一向に衝撃は訪れない。階段だから、ものの3秒もしないうちに打ち付けられるはずなのに。
おかしなことに落ちる感覚だけはある。あの世に行く間際に今生の思い出が走馬灯のように頭をよぎると聞いたことがあるが、その起動時間なのだろうか?
恐る恐る目を開けると、周りは青。ところどころに白。
……青と白?
浮いているようなので体を反転させれば、
「マジで?!」
私は地面に向かって一直線にフリーフォールしているところだった。そうか、青と白は空と雲だったんだー、なんだそーだったのかー、と妙に納得するも、ぐんぐん地面は近づいてくる。よし、現実逃避はそろそろやめよう。今度こそあの世に行く覚悟を決めなければ。でも確か階段から落ちたはずなんだが、私。それがどうして上空ん百mからの落下になってるのだろう? っと、また逃避してしまった。
もはやすっかり諦めモードで再び目をつぶり受け身をとる。とったところであの世行きは変わらないだろうけど。
そろそろ地面かなというタイミングで、大勢の声が騒いでいるのが聞こえた。
え? 人? うそ、ぶつかったら巻き添えにしちゃうかも!!
かわせるのかどうかわからなかったけど、一応態勢を変えようと体を動かした途端に衝撃が走った。しかし激突したというような衝撃ではなく、むしろ抱き留められたといった感じ。実際、背中とひざの裏にたくましい腕の存在を感じる。
またもや恐る恐る目を開けると、いきなり黒い瞳のどアップ。近すぎて輪郭がぼやける。
「う、うわっ!! ご、ご、ご、ご、ごめんなさい!! 大丈夫ですか? お怪我とかありません?」
あまりの近さに驚き仰け反れば、途端に輪郭をなす命の恩人の顔。
黒目黒髪だけど日本人離れした顔の配置のきりりとしたオトコマエ! 今度はあまりの美形っぷりに驚き仰け反り、その反動で彼の腕から落ちそうになる。どうやら私はコノヒトにお姫様抱っこの状態で助けられたようだ。私を取り落しそうになって、彼は慌ててもう一度しっかりと抱きなおしてから私の瞳を覗き込み、一言。
「大丈夫です。あなたこそご無事か?」
耳ざわりのいい美声で尋ね返された日にゃ、骨の一本二本、折れていても『大丈夫☆』って答えちゃうわよ。って、折れてもなさそうだけど。実際抱きとめてもらったからか本当にどこも痛くない。
「は、はい! ありがとうございます。あなたが抱きとめてくださったおかげで無事だったみたいです」
もはや夢見心地で答えた。
「それはよかった」
私の答えにほっとしたのか、彼は涼しげな眼元を緩めた。それまできりりと凛々しかった顔がふわりと柔らかくなる。何このギャップ! 鼻血が出そう。乙女の夢を詰め込んだような人ですね、アナタ。
そんな素敵な彼にぼけ~っと見惚れていたら、
~~~♪ ~~~♪
手に持ったままだったスマホから着メロが流れた。超有名ネズミの国のパレードの曲だ。エレクトリックな音だけど可愛くて気に入っている。表示を見れば友達の美春から。
「もしもし~?」
通話を選びタッチし電話を受けると、
『ちょっと杏?! 何やってんの、もうすぐ講義始まるよ! あんたこの単位ヤバかったんじゃないの?』
飛び出してきたのは美春の焦った声。あまりに大きくて思わずスマホを耳から遠ざけたけど美春の言っていることには正直青ざめる。
「うそ~! ヤバいじゃん、私!」
今日は出席重視の講義の日。試験がかなり難しいことで有名なので、ちまちまと出席点で稼いでいるのだ。きちんと出席が足りていれば『不可』はつかない。『可』でも単位取得は取得なんだから。しかしその出席も最近怪しいので、もう一日たりとも無駄にはできないというのに。
つか、大学の講義どころか、今現在私はどこにいるのかもわからないんですけど?
……ん? おかしくね?
「ケータイ、繋がってるよ……?」
私は通話中にもかかわらずスマホを耳から離して画面を見る。電波はばっちり3本?!
『何言ってんの杏。繋がってるからしゃべってんじゃないの』
私の言葉がとんちんかんに聞こえたのか、電話の向こうで美春が呆れた声を上げている。いや、だって繋がっている方がおかしい。私はさっき階段踏み外したかと思った次の瞬間には上空ンmのところから落下してきたんだよ? そして目の前には明らかに日本人じゃなさそうなオトコマエ……あれ?
『どうしたの~? おーい、杏~?』
私が黙り込んだものだから美春が向こうで呼んでいる。
「あ、うん、ちょっと取り込み中。また後でかけるわ」
『わかったよ。じゃあね』
「ありがとね!」
ぷちっと電話を切って辺りを見渡すと、死屍累々……ではなく、中世の騎士のような恰好をしたたくさんの屈強な男の人たちが耳を押さえてのたうちまわっているのが目に入った。私が電話している間に鎌鼬にでも襲われたのだろうか。
しかし何このシュラバ?! 地獄絵図?!
ハッと我に返り、いまだ抱っこされたままのイケメンさんを見上げれば驚愕の色を浮かべた瞳とかち合った。
「何があったんですか?!」
この状況が飲み込めずイケメンさんに問いかければ、
「あなたが手にしている箱から怪しげな音が流れてきたと思ったら耳がおかしくなったんです。私はすぐさま結界を張ったから無事でしたけど、周りの者は間に合わなかったようで、もがいているのです。……あなた、一体何者ですか?」
私を抱く手に力を込めるイケメンさん。スッと目が冷たくなったということは敵認定でしょうか。『救助』から『捕獲』に変わった気がする。ヤバいかも、と思いその腕から逃れようともがくもイケメンさんごと動くだけで私は一向に解放されない。
「私は山科杏という名前の日本国民で~、若干落ちこぼれ気味のタダの女子大生です~!!」
あたふたしながら自己紹介するも、
「アズ? ニホンコク? そんな国はこの大陸には存在しませんよ」
さらに鋭くなる視線。ヤバい。パスポートなんて今持ってないし、免許もまだとってないから持っていないし、どうやって証明すればいいのかわからない。
「あ!」
「なんですか?」
もはやイケメンさんは胡乱げな表情を隠そうともしないが、そんなことどうでもいい。もう一度美春に電話しよう。そして証人になってもらえば。
そう思いもう一度スマホを操作しようとすれば。
「うっそ、圏外……?」
さっき美春と話してた時はアンテナ3本立ってたのに? 食い入るように画面上のアンテナ表示を見つめるもいつまでたっても『圏外』表示は変わらず。そういえば私がもがいたからイケメンさんが少し動いたんだった。だから?
「あの~、ちょっとさっきの場所まで戻ってもらえます?」
「は?」
何を言い出すんだと言いたげな目だったが、ここは素直に動いてくれた。
さっきの場所に立ってもらったものの、しかしアンテナは3本どころか圏外のままで。
明らかにがっくりうなだれる私に、
「言うようにしたが何か事態は変わったんですか」
冷やかに問いかけるイケメンさん。
その間にも周りの男の人たちはのたうちまわっている。しかし私にはどうしたらいいのかわからない。
とりあえずエレクトリックなあの曲がこの人たちに何か悪影響を及ぼしたということなのだろう。
「何も変わらないどころかむしろ悪化しているのではないかと思われます」
万事休す、とさらにうなだれる私。うなだれる時に手の力も抜けた。そして抜けた拍子にスマホの画面に触れたようで、
~~~♪ ~~~♪
今度はクラッシックの曲が流れてきた。癒されたい時に聞く超有名ピアノ前奏曲『雨だれ』。こんな時でも癒されるわ~と現実逃避しそうになったその時。
「おい、……治ったぞ」
「嘘のように耳鳴りがなくなったぞ」
あたりの阿鼻叫喚がピタリとおさまり、それまでのたうちまわっていた人たちが次々回復していくのが目に入った。
……何が起こったの?
瞬きすれどもよくわからず。
まさかクラッシックに癒された?! 恐るべし、『雨だれ』!!
恐る恐るイケメンさんを見上げれば、またもや驚愕の表情で。かくいう私も負けず劣らず驚愕していますが。
「広範囲の攻撃魔法も使えて、癒しの魔法も使える……。本当にあなたは何者なんですか……」
ボーゼンとしながらイケメンさんはつぶやいた。
盛大に泣いた。大学生になってまでこんなにぎゃん泣きするとは思わなかったが、ここが日本でもなく地球でもないと判ってしまったから。おまけに帰り方も判らないときた。
まあそもそもどうやってこっちに来たのかもわからないのだが。なんで言葉が通じているのかもさっぱりわからないが、通じるのだからラッキー。深くは考えないでおこう。
最初は敵認定されかかったけど癒し魔法で兵士を回復させたということでとりあえず難は逃れたようだ。まあ保護観察処分というところだろう。
ここはコローレ王国という地球には存在しないどこか知らない世界の国の領土の端っこで、イケメンさんはグリッジョさんといいコローレ王国の将軍様だそうだ。なぜ領土の端っこにいたのかというと、反乱を起こした属国・ヴェルデ公国の鎮圧に向かう途中だから。平和ボケした私にはよくわからなかったが、グリッジョさんの率いているのは精鋭部隊らしいので海兵隊とかそんなあたりだろうか。敵陣営にあと一歩というところで様子を見ていたところに私が降って湧いたということだった。
ここは最前線だから危険極まりないし、現代日本に帰る術を調べようがないからできれば王都に移送したいところなのだが、今ここで転移の魔法を使うと敵にグリッジョさんたちの存在がばれてしまうらしいので、
「しばらくは我々であなたを守りますので、我慢してください」
と言われてしまった。我慢していたら戦禍は免れるのだろうか? なんて聞き返せない私はチキンハート。まあいずれにせよこの人たちに頼るしか私には道がないから、
「わかりました」
素直に頷いた。
設営されたテントの中で根掘り葉掘り取調べというか日本や現代、地球について聞かれていると、
「敵発見!」
という声とともに天幕をはねのけて入ってくる兵士A(仮)。
「なに?!」
入ってきた兵士を鋭く一瞥し、素早く立ち上がったグリッジョさん。周りにいた兵士たちもさっと腰を上げる。
「小隊ですが、すぐそこに迫っています」
グリッジョさんの視線を受け、すぐさま報告する兵士に、
「わかった。全員戦闘態勢に入れ!」
きびきびとした指示を与えると、テント内にいた全員が『はいっ!』と返事をし蜘蛛の子を散らしたように持ち場へと駆けだした。
私だけはその緊迫感から取り残されて、ぽけーっとしている。ちなみにまだ座ったままだ。どうしたものかと聞こうにもグリッジョさんの纏うピリピリとした空気にビビって声もかけられない。仕方なく『気付いてくれ~』と彼をガン見していると、
「アズーリはここにいてください」
ふと思い出したように私に振り返りざま指示した。って、名前が変わってるんですけど? ツッコむような空気ではないのでスルーし、コクコクと肯いた。
しばらくテント内でじっとしていたけど、遠くで金物がぶつかり合う音や何かが爆発する音などが聞こえてきた。うわ、近くで戦ってる?! 兵士が気合を入れるために大声を出しているのか、騒然とした雰囲気が伝わってくる。
じっとしていれなくてそっと、本当にちょっぴりだけ天幕をのけて外の様子を覗いてみると、ここからでも充分に見通せるところで剣と魔法のファンタジーな戦闘が繰り広げられていた。
私は平和な日本人、戦いは嫌いだ! まだそんなにけが人は出ていなさそうだけど、これを平和的に収める方法はないのだろうか?
……効く、かな?
その時、天啓のように閃いたのは。
「じゃじゃ~ん、スマホ~!!」
やってみる価値は、ある。私は音量を最大にしてから例の曲を流した。
~~~♪ ~~~♪
戦場には似つかわしくない軽快な機械音が流れていく。すると。
「ぎゃ~~~!?」
「うわあぁぁぁぁ!?」
「何だこの音は! 頭が割れそうだ!!」
先ほども見た阿鼻叫喚、リターンズ!! しかし今は敵味方の区別なく悶えまくっている。効果抜群なのを確認したので、
~~~♪ ~~~♪
一旦『雨だれ』を流して苦悶を解除した。これが治癒魔法ってか? 笑える。……ではなく、
「グリッジョさ~~~ん!! 耳塞いで!!」
私はテントから身を出し、スマホを見せつけるようにぶんぶん振りながらグリッジョさんに叫んだ。それを見たグリッジョさんはすぐさま意味を理解したようで、
「耳を塞げ!!」
と自国兵に指示を出した。コローレ国軍の兵士は予習(?)もあったのですぐさま理解し耳を塞いだが、意味の分からない公国兵はぽかんとしたまま呆然自失になっているので、
「今だ! ぽちっとな~♪」
~~~♪ ~~~♪
再び軽快な曲がスピーカーから流れ出した。今回コローレ国兵は耳を塞いでいる(もしくは結界を張っている)ので被害なし。のたうちまわっているのは公国兵ばかりという結果。
敵兵がダメージを受けたのを確認してから停止ボタンを押す。そしてグリッジョさんに腕で大きく『まる』とジェスチャーで停止を知らせた。
のたうちまわる敵兵を縛り上げるのなんて大したことなく。ほぼ無血勝利だった。
「アズーリのおかげで簡単に鎮圧することができました」
キラッキラの素敵笑顔で感謝なんかされてしまった。これはもう惚れてまうやろ~。ではなく。一応謙虚なニホンジン、
「いいえそんなことないです。命の恩人の手助けができてよかったです」
まあ着メロではとどめはさせないからね。最後は人手でお願いします。
最後の砦はまさしく公国のお城だった。
敵襲の後そのままの勢いでここまで攻め入ってきたのだが、結局私もここまでついてきている。送ってもらえなかった。仕方なく兵士のみなさんに隠してもらいながら従軍。とほほ。
コローレ軍を門前で発見したからか、城の中からたくさんの公国軍兵士が溢れだしてきた。どう見ても多勢に無勢だ。卑怯なり!!
それでもさすがは海兵隊、ではなく精鋭部隊というグリッジョさん以下兵士たち。次々に敵を倒してずんずん城の中に攻め入っている。一応裏門と正門の二手に分かれての進軍。まあ多分裏も大丈夫でしょう。
ずんずん攻め入ってとうとう王宮の入り口。ここで裏門隊と合流した。かすり傷こそあれ全員無事でホッとする。
かすり傷にも効くのかなぁと『雨だれ』を流してみたら、なんと、癒された。すごいね! またグリッジョさんに『治癒魔法をありがとう』と言われてしまった。魔法て……。
ここからはなかなかに敵兵も強くじりじりとしか進めなかったが、なんとか王の間まで攻め入る。
王の間は迎え撃つ兵士でぎっしりだった。
……満員電車ですかい。
思わずつっこんでしまった。客観的に見て、ぎっしりだとかえって戦いにくいのではないかと思うのだが。
まあそれはいいとして、今度こそ多勢に無勢だ。それでも果敢に攻め入るグリッジョさんてばかっこよすぎる! ……ではなく無謀だ。
グリッジョさんの突撃とともに再び戦闘開始。乱れる敵・味方。
私は最後尾、グリッジョさんが張ってくれた結界に護られ隠されながら戦いを見守っていた。
くんずほぐれつ戦っている様子を見守っていると、グリッジョさんの姿が見えた。グリッジョさんと戦っている敵兵は力が互角なのか、切り結び、はねのけ、また切りかかる。一進一退のようだ。
他の兵士を見てもそう。このままでは怪我人がいっぱい出てしまう。怪我人どころかスプラッタとか勘弁してほしい。私はあくまで平和な女子大生だからね。
そうこうしているうちにグリッジョさんの形勢が悪くなってきた。おのれ、私の命の恩人に何をする~!!! かくなるうえは。
「グリッジョさーん、みなさーん!! 耳閉じて!!!」
私は叫んだ。そして次の瞬間には指示が通っているのを確認してから。
「ぽちっとな♪」
縄で縛られた公爵が目の前に座らされている。公爵以下、主犯格も一緒にだ。
「改心すれば命までは奪わぬ」
ビジネスモード(?)なグリッジョさんが冷たく言い放つ。
「なんのことかな? なぜ攻め入られたのか全く分からないのだが?」
この期に及んでも白を切る公爵。イラッときそうだが、グリッジョさんは反対にニヤリ、と笑うと、
「そうか。残念だな。アズーリ、頼んだ」
と私にとろけそうなくらい甘く微笑む。いやん、素敵です。でも黒い笑みです☆
「はーい♪ ぽちっとな~」
私はスマホの再生アイコンをタッチする。
途端に流れ出すパレードの曲。
そして罪人はもだえ苦しむ。
もちろんグリッジョさん以下王国側の人間は耳栓済。
「どうだ。罪を認めるか」
また冷たくグリッジョさんが問いただすと、
「……な、なんのこれしき……」
まだ悔い改めない様子。その頑なさにやれやれと肩をすくめたグリッジョさんは、
「そうかぁ。じゃあ、音量アップお願いするよ」
またしても甘く指令する。
「はいほう!! ぴぴっとな~」
音量アップのボタンを操作する私。
「「「ぎゃ~~~!! もうしません~~~~!!!!」」」
改心した主犯たちでした☆
コローレ国に平和が戻り、私もようやく王都に連れて行ってもらったのだが判ったことは。
たまーに異世界と繋がる穴のようなものがあって、そこを踏み抜くとこちらに来たりあちらに帰れたりするらしい。なんとファンタジー。
そしてその穴は移動しているらしく、常に同じ場所にないのだそうだ。
そんなもんどうやって探せと。……ん?
今日も今日とて手放さずに持っているスマホ。充電はいつも携帯しているソーラー充電器で何とかなっている。非常用に持ち歩いていて正解だった。
閑話休題。
そういえばこちらに落ちてきた時、電波が繋がっていた。それは穴の真下。ということは、スマホの電波を探せばホットスポット(勝手に命名)を探せるんじゃないか?
そう考えた私はすぐさま行動に移す。
一応戦争(?)功労者なので王宮で手厚くもてなされていたのだが、毎日ホットスポットを求めてさ迷い歩いた。落下地点にも行ってみた。それでも『圏外』。
私が捜索に出る時、いつも必ずグリッジョさんがついてきてくれる。仕事は大丈夫なのかと聞いても、
「アズーリの方が心配です」
とか言って微笑まれたら拒めるもんか。
そして捜索すること一週間。私はようやくアンテナ圏内を見つけることに成功した。
「やった、圏内……」
しかしそこは断崖絶壁。下は海。サスペンスで追い込まれた犯人の気持ちだ。
断崖絶壁の淵でようやくアンテナ一本。ということはこの先にホットスポットが存在するのだ。って、そこ何もないし! 虚空だし! 飛び込み自殺しろっちゅーのか?!
取り乱してつっこみまくるが、早くしないとまた移動してしまう。
「この先に転移の穴があるのですか?」
ガクブルする私をそっと支えながらグリッジョさんが聞いてくる。
「み、みたいです……」
「ということは飛び込まないといけないということですか?」
「そうみたいですね……」
まだ踏ん切りがつかなくて青ざめたままの私。それなのにグリッジョさんは、
「やってみるといいですよ」
なんて簡単に言ってくれた。
「だって、怖いですよ! 失敗したら海の藻屑ですよ!!」
他人事だと思って簡単に言ってくれちゃって、と憤慨しながらグリッジョさんを振り仰ぐと、彼はとっても優しく笑っていて、
「アズーリを見殺しにするわけないでしょう? 大丈夫、その時は私が助けに行きますから。心配しないで」
なんて言って私のおでこにキスを落とした。
突然の出来事に恐怖もどこかに行ってしまった。
きっとグリッジョさんなら助けてくれる。多勢に無勢でも勇敢に突撃していくような人だもんね。
そう思うとなんだか安心した。素敵素敵とは思っていたが、本当にこの人を好きになった瞬間だった。
「さ、早くしないと穴がなくなってしまいますよ」
そう言って優しく微笑むグリッジョさんに後押しされて、
「はい! ひと思いに殺ってください!!」
思わず変なことを口走ってしまった。
「はい?」
「あ、え、ではなく、飛び込む勇気がありませんのでグリッジョさんが押してください!」
「くすっ、そういうことですか。では」
そう言うと、グリッジョさんがそっと背中を押した。押し出されたはずなのになぜか虚空に浮く私。グリッジョさんが私に魔法をかけてくれたのだ。
「これで落ちませんよ。では押しますね」
そう言って今度は本当に背を押された。
「で? 今回は何の御用ですか?」
私はまたコローレ王国に来ている。それもグリッジョさんの執務室。
「なかなか頑なに口を割らない罪人がいましてね。ちょっとアズーリに手伝って欲しいのですよ」
前にもましてあま~く微笑むグリッジョさん。
私は無事に元の世界に戻れた。しかも元の歩道橋の上、同じ時刻に。ホットスポット、よくわからんが、グッジョブ。これで講義に間に合うし、単位も安泰だ。
グリッジョさんには二度と会えないことが当分尾を引きそうだけど、いつかは癒えるだろう。でももう癒しに『雨だれ』は聞けないな。逆に思い出してしまうだろうから。
ちょっとセンチメンタルになりつつも、異世界に行っていたことが白昼夢だったのかとさえ思うくらいに呆気なくひと月ほどたったころ。
また突如落ちた。今度は何の変哲もない自分ちの床で。
そして気が付けばコローレ王国の軍会議室にいたのだ。そしてグリッジョさんの熱烈抱擁で迎えられた。
曰く、私に会いたくて穴を固定して出現させる魔法を開発した。
曰く、スマホを活用してほしい。
「アズーリ、私はあなたを愛しています。あなたは何度も危ないところを助けてくれました。自分の危険も顧みずに」
ぎゅううっとグリッジョさんに抱きつぶされそうになりながら聞こえたのは愛の告白。若干盛り気味。
まさかまさかの展開に驚くしかない私。
別れ際に恋心に覚醒したから叶わぬ恋確定だったのに。
さてはスマホ目当てか?! と疑ってもみたけど、私を見つめる黒い瞳は本当にとろけそうなくらいに甘くて。やっぱりギャップ。
まあ、いっか。また会えたし。そう思い、私も彼の背中に手をまわしたのだった。
「じゃあ、スマホを置いていきますから私は帰りますね」
まるでスマホ目当てのようなグリッジョさんにじと目で筐体を差し出せば、
「そんなものは要りませんよ! アズーリに会いたかっただけです。ああもう、そんな顔しないで」
そう言って私を抱き寄せる甘い甘い彼。
現実とファンタジーを行き来してるけど、なんだかんだで幸せだな~って思ってしまう単純な私だった。
読んでくださってありがとうございました!!
5/20 誤字脱字そのたもろもろ訂正しました。m( _ _ )m