リサとフランソワ
50cmくらいのウサギのぬいぐるみが直立している。
「フランソワ! 僕を探しに来てくれたのか!!」
チャーミンが泣きながら抱きついていく。
遂に迎えが!
なんでぬいぐるみなんだろうとか自立してる理由とかはどうでもいい。
このでっかい子供の回収をお願いします!
これで我が家に平和が戻ってくる!
・・・
居候にウサギのぬいぐるみが増えた。
フランソワ(ぬいぐるみ:性別・年齢不詳)はダイニングのテーブル、チャーミンの横の席に普通に座った。
「なんで帰らないのあんたら」
「帰れなかったのだ!」
黙れハキハキ野郎。
冗談は面白くなければ冗談ではない。
「そのぬいぐるみはあんたを迎えに来たんでしょ。こっち来れたんだから帰れるでしょ」
「来ることはできたが、帰り方がわからないのだ!」
「あんたはどうやって来たの。今すぐこのポンコツ連れて帰ってよ」
ふるふる
フランソワは首を振ってみせた。違う、ここ頷くとこ!
絶望だ。
ふりだしに戻っている。
むしろ増えた分悪化している。
面倒くさいよぉ……お風呂入って寝よ……。
・・・
チャーミンは脱衣所に入ってから、20分で出てきた。
着ている物を脱ぐのに2分半、シャワーに15分、お父さんのパジャマを着るのに2分半の模様。
ボタンは正しく掛かっていたが髪は濡れていた。
「リサ、こちらではフランソワの魔法が効きにくいようなのだ。昨日の道具を貸してくれ!」
「やるなフランソワ」
私は感心して頷いた。
驚異的なぬいぐるみだ。
自立歩行のみならず、主人の着替えを手伝えるというのは本当らしい。
この馬鹿が昨日の今日でボタン付きの服の着脱をマスターしたわけがない。
そう考えるよりは、歩くぬいぐるみがプロ召使いだと認める方が容易である。
ドライヤーを渡し使い方を教える。
乾かす前にタオルで水気を拭かないと早く乾かないよ。
赤いぬいぐるみが頷いた。
ゴシゴシゴシゴシ
「イタッ! 痛い! うわっ……ヒィィ」
早速拭いている。
フランソワ、飲み込み早いな。
俄然興味が湧いてきた。
「フランソワは何ができるの」
ゴオォ……
フランソワは小さな体でドライヤーを構え、スイッチを入れてみせた。
チャーミンの髪に、いい感じに温風を当てる。
ところでチャーミンはうちの冷蔵庫と同じ身長だ。
フランソワは宙に浮いていた。
背中に羽っぽいパーツが付いている。
どう見ても羽ばたきの速度と浮力が釣り合っていない。
めんどいから気にしない。
はなからこちらの物理法則を無視してここにいる奴らだ。
「わははは! くすぐったいぞフランソワ!」
「…………」
馬鹿笑いするチャーミンに対し、フランソワは寡黙である。
これでこの馬鹿並にしゃべるなら追い出すけど、これならまだマシか。
「フランソワはなんでぬいぐるみなの」
「…………」
答えられない質問の時は、フランソワは動かない。
ただのぬいぐるみだ。
「フランソワは、魔法で動いているのだ!」
「どういうこと」
「フランソワは、僕専属の召使いだ!」
「それもう聞いた」
チャーミンこそ、まともにしゃべれないロボみたいだな。
「フランソワは元は普通の、布とパンヤでできたぬいぐるみだ。僕の身の回りのお世話をするよう魔法を掛けられ、動くようになったのだ! 僕の小さい頃からずっと一緒なのだぞ。一緒に育ったのだ。だから僕とフランソワは、今では一番の仲良しなのだ!」
ふるふる
本人否定してますけど。
「しかし一つ残念なのは、フランソワはしゃべれないということだ。見てみろ、口はただの縫い取りだ。だから開かないのだ。……もしフランソワが言葉を話せたら、僕もフランソワも今よりもっと愉快に暮らせるだろう。フランソワの思うことがわかるのだからな! それだけは、とても惜しく思っているのだ……」
ふるふる
「へー」
どうでもいいな。寝るか。
今日も無駄に疲れたなー。
「おやすみ」
「わかった、良い子は眠る時間だな!」
「そうだな」
「フランソワ、ベッドメイクを手伝ってくれ! それから、寝所にはかわいい仲間たちがいるぞ。ニコニコした動物の人形なのだ! フランソワも気に入るはずだ、さあ行こう!」
チャーミンは自ら和室に引き上げていく。
何だろうこの無駄な適応力の高さ。
枕変わると寝れないんじゃなかったの?
居付かれたら困るんだけど?
朝になったらあいつら消えてないかなー。
一応和室の様子をチラッと見に行き、押入れを指さし言う。
「フランソワ、もし一瞬でも帰れそうな予感がしたらすぐにここ開けて飛び込むように」
「リサ! なぜ今日は、僕ではなくフランソワに言うのだ?」
「なんとなく」
人は無意識に、より可能性の高いと思える方へチップを置く。
赤黒チェックと水玉のウサギのぬいぐるみが振り返った。
(めんどいよぉ……)
!?
「フランソワってしゃべれるの」
「? しゃべれないぞ? 先ほど言ったように、僕は常々フランソワと会話してみたいと願っているが、いくら魔法の力で動くフランソワでも、言葉を伝えることはできないのだ」
(こいつうるさいよぉ……早く家帰りたいよぉ……)
なんか聞こえるぞ。
このウサギ……頭の中に、直接話しかけてきている……ッ!?
「フランソワがしゃべれればなあ……」
(王子の世話とかダルいよぉ……)
「…………」
ポンコツ王子。フランソワしゃべれるっぽいよ。
めんどいから絶対教えないけど。