リサの幼馴染(その2)
翌日のリサは、一見いつも通りだった。
いつも通りぼーっと授業を眺め、べたーっと机に寝そべるように休み時間を過ごし、昼休みには購買のパンを食べ、他の女子の持ってきたデザートのキウイをあーんしてもらっている。
俺もやってもらいてーな、リサに……。
「憧……またお前は有坂をガン見して……あんまりしつこいと嫌われるぞ」
「ち、ちげーよ俺はリサじゃなくて、その向こうの壁にある年間行事予定の紙見てんの」
「視力2.0でも読めんだろ」
ダチの柾とエノケンが言う。
俺は別に、本当にリサをガン見してたワケじゃない。チラ見してただけだ。視界にたまたま入ってたっつーか? イスの? 向いてる方向が? たまたまリサの席の方だったっつーか?
「ところで有坂って、キリッとしてるというかクールっぽいのに、行動面白いよな」
「あーわかるわ、動物っぽい。今も石井になんか食わせてもらってるし。餌付けかよ!」
「は……?」
おい、なに馴れ馴れしくリサのこと見て噂してんだよ、不純な目でリサを見るんじゃねえ! それともまさか、お前らリサ狙いか!? かわいいもんな、リサは手足長くて小顔でつぶらな目で、ナマケモノそっくりだもんな!? あ"あ"!?
「……おーっと、まてまて憧。睨むなよ。ただの世間話だろ、変な意味とかないって」
「お前があまりにもアレすぎて、有坂に言い寄る勇気ある奴なんていないわ」
「……なんだ。そうかよ。それなら別にいーけどよ」
ただでさえリサは、ボーっとしていてガードが緩い。
緩いってか、諦めが異常に早い。
変なヤツにすぐ付け込まれそうで気が気じゃない。俺がしっかり見ててやんねーと。
そういや昨日のワケのわかんねー外人、ちゃんと消えたらしくてよかったなー。
まじ昨日は焦った。
リサんちで見張りしねーとと思ったのに、ババアは邪魔するし宿題捗らねえし。
(↑※5分置きに連絡してたから)
・・・
むわっとした熱気が上がるアスファルト。
まだまだ暑い午後、俺たちはダラダラと帰り道を歩く。
「ホント、昨日は災難だったよなー俺たち。なーリサ?」
「暑い……死ぬ……」
「いやホント、ありえねー暑さだよな! 今日の最高気温34度だってよ」
「エアコンどうなったかなぁ……」
「エアコン……? あ、そうだリサ、え……駅前で、あアイス食ってから帰らね!? 暑いし! 俺クーポン持ってるんだよな~今思い出した~! ……べ、別に二人でアイス食いにいったって全然いいよな、俺ら幼馴染だし? そりゃまあ、知らねーヤツから見たらまあ、あの二人つ、付き合ってるんだろうな~とか思ってもムリねーけど……」
「うわーあの犬ケンタロちゃんに似てる♡」
「えっ? あー、本当だな! 双子か!? なーんてなはは」
「……あれ、憧も今帰ってきたの?」
「えっ?」
今日は委員会もなかったし、上手いことリサと二人で下校した。と思ってたんだけど。
「横歩いてただろ、色々しゃべりながら……」
「そうだったの? 知らなかった」
リサは家に着いてから初めて俺の存在に気付いたらしい。
ありえねー!!
いやリサだからありえるー!!
どうりで、リサんちの前で「じゃ、また後でな」って最高のキメ顔で笑いかけても返事なかったワケだぜ!
更に悪いことに、リサが家の玄関を開けるとバタバタ中から足音が聞こえた。
「リサ!」
えっ!? 昨日のフルーツ王子!?
「お前なんでまだいるのー!?」
「あ、町民の男! 昨日ぶりだな! 元気だったか?」
ドアから飛び出してきたのは、昨日の変な金髪野郎だった。
思わず指差して叫んだ俺の視界で、リサがグニャグニャに項垂れてため息をついている。「やっぱりまだいたか……」とか言っている。
「リサ、昨夜コイツちゃんと帰ったって……」
「帰ってないぞ? 帰ろうとしたが、帰れなかったのだ! でも心配するな町民! ひととおりリサの世話になって、こうして僕は無事一夜を明かし元気に過ごしている!」
「てめーの心配なんぞしてねえよ! リサ、なんで嘘ついたんだよ!」
「めんどかった」
そうだ、それがリサだった……!
リサは絶望的な顔をしながらも家に入っていく。
外人がフツーに後を追ってリサんちの奥へ向かう。
ちょっと待て、そんなこと俺が許さん!
あとリサ、鍵かけないのヤベぇぞ物騒なんだから!
・・・
「おかえりリサ!」
「ふすま何回開けた?」
「あの薄い扉か? ええと……1回目は何もなかった。開けたら城の物置部屋が見えるかと期待したのだが、ふとんが入っていたぞ。2回目も、ふとんが入っていた。3回目は、ちゃんと願いを込めて開けてみたが、ふかふかのふとんが入っていて……」
「つまり何回?」
「わからない、いっぱいだ!」
「何も進展してない……めんどいよぉ……」
涼しいリビングではなく、なぜか俺たちは和室にいる。
リサと外人が押し入れの前でなにやら話している。
俺はギリギリと歯ぎしりしながら眺めた。
俺さっきいっぱい話しかけたのに。リサ聞いてなかった。なんで今は会話が成立してんだよ。
「……ムリだ面倒くさい私の手には負えない、なんかこう市民生活センター的な所に相談してこのポンコツ王子引き取ってもらおう」
「嫌だ! 僕を捨てるのかリサ!」
「捨てる前に拾ってないよぉ……」
「この扉からしか帰れない気がするのだ! ここを離れるのは困る、城に帰ってパパ上やママ上を安心させて差し上げたいのだ。見捨てないでくれ!」
「断る」
「断られない!」
楽しげだなぁ!
「おい、調子乗ってんじゃねーぞフルーツ王子。リサが迷惑してんだろ。さっさとこの家から出ていけ」
脅すとフルーツ王子はぶるぶる震えてリサの後ろに隠れた。
だから! 馴れ馴れしく!! リサの肩に触ってんじゃねーよ!!!
「僕はフルーツ王子ではないぞ!」
「あぁ!?」
「バナーナ王国のチャーミング王子だ。町民、お前には昨日きちんと名乗ったはずだ」
隠れたら急に強気になった。
名詞はフザケてるが、キッと俺を睨む顔は、腹立たしいが元が良いだけにソコソコ様になっている。
本当にカンに障る奴だぜ……。
「なんで俺が、お前の名前を認識してやんなきゃいけねーんだよ」
「リサはちゃんと覚えて呼んでくれているぞ。一文字足りないが……」
「リサが!?」
この、面倒臭いことが何より嫌いなリサが、か!?
フルール王子は得意げに頷く。
「そうだ。リサは昨夜、僕に夕飯を作ってくれて、入浴後に髪を拭いて、不思議な道具で乾かしてくれたんだぞ。それに、眠る時も寂しくないよう親切にしてくれた!」
「にゅ、にゅう入浴後に髪!? 寝る時……!?」
いかがわしい単語が……ま、まさか、まさか……。
「お前、まさか昨夜リサの部屋に入ったりしてないよな……?」
「部屋? かわいい人形が並んだ部屋か? 入ったぞ!」
「えっ」
その瞬間、頭が真っ白になった。
リサが……俺のリサが、リサが……!
俺にはご飯作ってくれたこともないし、髪を拭いてくれたこともない。
部屋に入ったのは小学生までと、中学に上がってから1回だけ。
風呂借りたことなんて当然ない。
今リサんちは、おじさんもおばさんも海外で、昨夜はこの王子と二人きりで……。
やっぱり、王子なのか? 王子だからなのか……?
金髪で碧い目の洋風なイケメンにだったら、超絶無気力なリサでも親切に世話を焼いたり、挙句に部屋に入れたりすんのか……?
「リサ……」
「――――暑い!」
リサが突然叫んだ。
全てを断ち切るように一言だけ言うと、フルーツ王子の手を振り払ってのしのしと和室を出て行く。
王子が追いかけていくのを、俺は呆然と見送った。