メーデー、こちら棺桶の中でございます
メーデーメーデー、こちら棺桶の中でございます。
棺桶というものは私の認識おいて、亡くなった人の身体を入れるもの、もしくは吸血鬼のベッドというものなのですが、皆様と共通の認識でございましょうか?少なくとも間違ってはいないと思っています。
間違っているといえば私の今の状況でございます。
私、クラウディア・シルトクレーテは遺体でもなければ吸血鬼でもございません。しかしながら棺桶の主となっております。
ゆらゆらと揺れる棺桶にて目を覚ました私は、狭い箱の中途方にくれております。
寂しくも、一人本日の出来事を悔やむばかりにございます。
私、クラウディア・シルトクレーテはこの国の大公家の1つシルトクレーテ家の令嬢でございます。といっても姉妹兄弟の多い身、10人兄弟の末娘でございました。厳しく礼儀や政治を教わる御姉様御兄様と違い、私は甘やかされて育てられました。ええ、それはそれはまるでフレンチトーストにアイスをのせ、生クリームをたっぷりと絞りその上にこれでもかというくらい粉砂糖をまぶしたくらいの甘さでございます。私本人が胃もたれを起こしそうなレベルで。やんわりと言って私は蝶よ花よと育てられた世間知らずの箱入り娘にございます。
そしてこの事件の発端はフルーツの籠にございました。
テーブルにおかれたフルーツの籠に。丁度八つ時ということもあり、私はフルーツに手を伸ばしました。近くにあったナイフを手に取り、赤いリンゴを剥いていきます。本来なら皮剥きなど使用人やコックに任せるものでございますが、恥ずかしながら私、つい先日果物の皮剥きを覚えたばかりでございまして、まるで新しく覚えた言葉を使いたい幼子のように、皮剥きがしたかったのでございます。くるくるとリンゴを回し細い皮を生成します。勿論、これでもかという砂糖対応を受ける私。近くのメイドが怪我をしないかハラハラしているのを横目で見ておりました。私が怪我をすれば見ていた彼女の命も危ない。今思うと大変申し訳ないことをしていたと反省しております。
何事もなく、赤いリンゴは黄色のリンゴになりました。それを一口大に切り分けます。そしてサイコロサイズに切り分け口に入れておりました、みずみずしく甘いそれを食べているとき、私はなんの予兆もなく唐突に襲われたのでございます。
お兄様に。
悪意はなかったのでしょう。少し驚かせたかっただけなのでしょう。
リンゴを貪る私。
背後から迫るお兄様。
「わぁっ!!!」
「うぐっ!?」
ファインプレーにございました。
たまたまサイコロよりも少し大きかったリンゴ、たまたまそれを一口で食べようとした私、たまたまそんな私を見つけ、悪戯心を抱いたお兄様。
ありとあらゆる偶然が重なり、天文学的確率の事象が私に発生したのです。
リンゴが喉に詰まった。
崩れ落ちる私、驚愕するお兄様、悲鳴をあげるメイド。
そのまま私の意識はフェードアウトしていったのでございます。
心配停止。唐突に訪れた悲劇を家族は嘆き悲しみました。
若くして死んだ私のためにせめてもの弔いと、豪奢な棺を用意し、盛大な葬式を開きました。
デッドエンド、ゲームセット。悲しみの中、私は死後の世界に、
旅立ちませんでした。
気づいてくださいお兄様。私は仮死状態にございます。
確かに私は死んでおりました。
しかし棺桶を持つ者が躓いたとき、棺桶は大きく揺れたのです。
ポーン、でした。
ポーン、にございました。
口からリンゴが飛び出してきたのでございます。
どこの白雪姫でございましょうか!
口からリンゴが飛び出し息を吹き返した私。気づいたときには棺の中だったのでございます。
なんという悲劇、なんという喜劇。
目を覚ましたとき、箱入り娘の私は箱入り娘(棺)になっていたのでございます。
笑えない。
何とか棺の中から声を出すものの、周りの嘆き悲しみ声に掻き消されるばかりで届きません。助けを求めるものの咽び泣く声で届きません。
お父様お母様。私は死んでなどおりません。
お姉様お兄様。泣かないでくださいませ。泣きたいのは私にございます。
ここで悔やまれるのはシルトクレーテ家の権力。
本来なら葬儀の準備にも手間取るというのに、昨日の今日で即葬儀。数は伺い知れないがこれでもかと集まった慰問客。
仮死状態と気づかれる前に葬儀を行われ、棺からの声に気づかれないほどの出席者。
悲しみと絶望にくれるしかございません。
死んでなどいないのです。私は棺から全力で人生のコンティニューを叫んでいるのです。
当初、これほどの方々が集まったのなら今さら生きてました、などと言えないと思っていましたが、死にたくないのは事実。恥を承知で棺桶の蓋を押し上げました。
押し上げられませんでした。
悲しきかな、しっかり釘で固定されておりました。
ならばこの棺の底を蹴り割ってくれる、と思い渾身の踵落としを致しました。
踵が痛うございました。
悲しきかな、蝶よ花よと甘やかされた私の足は華奢な子鹿のような足なのでございます。
棺桶の中で悲しみと絶望と激痛に暮れておりますと、少しずつ辺りの音が小さくなってまいりました。どうやら墓地の近くのようです。
これならば私の声も届くはず!そう声をあげようとしたとき、棺を運んでいる人たちが話し出しました。
「にしても、シルトクレーテ家のご令嬢がこんなに若くして亡くなるとはな……、」
「ああ、一体何故家の中で突然死んだんだろうか。」
リンゴを喉につまらせて娘が死んだ、というのは流石に伏せているようでした。不甲斐ない死に方をしかけて申し訳ございません。
「でもこのタイミングでよかったよな。これで関係ない村娘が死なずにすむ。」
「全くだ!俺にも娘がいるから白羽の矢が立たないか気が気じゃなかった!」
「本当にこの令嬢には感謝しかねえ。生け贄にはぴったりだ。」
思わず、開けかけた口を閉じました。
息を潜めながら彼らの話を聞いておりますと、どうやら近々海に住む神に生け贄を捧げる儀式があるようでございました。生け贄は若い娘で、ランダムに選ばれるはずでございました。しかし幸か不幸か、丁度いいタイミングで生け贄の資格のある私が死んだのです。これ幸いと私を生け贄にあてがったようなのでございます。
お粗末な頭を高速回転致します。
私に与えられた選択肢はデッド・オア・デッド。
このまま死んだと勘違いされたまま生け贄として海に置いていかれるか、ここで生きていることを主張し、海に置いていかれるか、でございます。
たとえ生きていることをわかってもらえても、生け贄ができて喜んでいる彼らはきっと知らん顔して私を置いていくでしょう。不謹慎な話をしていることから、ここに私の味方はいらっしゃらないのでしょう。
潮の匂いがして参りました。
「よし、この辺りでいいだろう。」
「この岩だ。この岩に乗せておけば満潮の夜に海に流されて龍神様のところへ行く。」
「本当に助かった……、」
黙祷一つ残し、足音と話し声が遠ざかり、とうとう波の音だけとなりました。
どこかで助かる気がしたのでしょう。しかしここまで来てとうとう誰も助けてくれないことに気がつきました。
何故私がこんな目に。ずうっと遡っていくと、メイドを心配させながらリンゴの皮を剥いた私が悪かったのです。いい年してリンゴの皮を剥けることにはしゃぐなど良家の令嬢にあるまじき愚行にございました。
潮の匂いが強くなり、波の音が近くなる。
日が落ちたのでしょう、隙間から射していた日はなく棺桶の中は酷く寒くなってまいりました。
いよいよこのまま死んでしまうのでしょうか。
いえ、リンゴを詰まらせて死ぬよりも、生け贄として神に捧げられる方がまだ名誉ある死でございましょう。
否応なしに溢れる涙を拭う人もなく、ただ私は狭く冷たい棺桶の中で鼻をスンスンと鳴らしておりました。綺麗に施されていたでしょう私の死に化粧はきっと台無しになっていることでしょうが、そんなことを気にできるほど私の心は強くはありませんでした。
「っふ、うう……、」
「……誰か、誰かいるのか?」
突然、どこからか声が聞こえて参りました。若い男の声。彼の聞く誰かというのが私だとわかったとき我を忘れて叫びました。
「ここです、ここにいますっ!出られないのです!助けてくださいっ!」
すると気がついていただけたようで、バシャバシャという海を走る音がすぐ側まで来てくださりました。もう生け贄として生を全うするという僅かな覚悟もかなぐり捨て棺の蓋を叩きます。
「ひ、棺!?いや、もう大丈夫だ!すぐに出してやるからな!」
頼もしい声と共に棺の蓋が少しずつ壊されていきます。安心してまた涙が出て参りました。
バキッという一際大きな音を立てて蓋が外れました。暗い空が見え、横たえていた身体を勢いのまま立ち上がらせました。
「どこの誰かは存じませんが、この度はどうもありが、」
「うわああああっ!!お化けっ!!」
危ないところを救ってくれた救世主は情けない悲鳴をあげてひっくり返ってしまわれました。感謝も吹き飛び愕然としたのち、化粧が涙のせいで凄惨な事態になっていることを思い出しました。恥ずかしいという気持ちと、婦女子の顔を見てお化けと叫ぶとは、という憤然たる気持ちを持ちながらも、浅瀬に尻餅をつく救世主の手を取り立ち上がっていただきます。
「お化けではございません。これは涙で化粧が崩れただけですし、棺桶に入っていたのもやむにやまれぬ事態があったのです。」
「へ、へあっ……、よ、よく見たらそうだね。ちゃんと生きてるみたいだし。失礼なことを言って悪かったね。」
申し訳なさそうな声色に溜飲を下げながら、これからどうするべきが考えます。果たして生け贄として海に送られた私が街に戻っても良いものなのでしょうか。
しかしふと、私の触れる手がゴツゴツしていることに気がつきました。
殿方の手など数えるほどしか触れたことはありませんが、こんなにも固いものなのでしょうか。いえ、漁師さんならこれくらいなのかもしれません。けれど漁をするにはいささか爪が長いように思われます。
そもそもこんな夜、満潮の危険な海に、何故人がいるのでございましょうか。
鳩尾がスゥと冷たくなり、恐る恐る彼を見上げました。月が陰っているせいでその顏を知ることはできません。
「あ、あのあなた様は、お、お化け様であらせられますでしょうか……?」
「ぷっ、あははは!私はお化けなんかじゃないよ。」
質問にたいしてでしょうか、私の奇妙な敬語にでしょうか、心底おかしいとばかりにお笑いになる彼に少し安心致しました。あ化けならここできっと驚かせに来るところでしょう。
ふと風が吹き、雲が流れ月が顔を見せました。明るくなる辺り、そして彼の顔もまた月明かりに照らされました。
「私はお化けじゃなくて、龍神だよ。」
青白い顔、額から伸びる対の角、人間らしい顔つきだというのに、頬や首は鱗に覆われておりました。
「お、」
「お?」
「お化けじゃん……、」
「え?だからお化けじゃなくって、え、ちょ、えええ大丈夫!?」
いや、だから龍神ってお化けじゃん。そう言うこともできず私は先程の彼よろしく浅瀬に倒れこんだのにございます。
シルトクレーテ…亀(独)
続きは特に考えていませんが、もしかしたら続きを書いて中編にするかもしれません。
もし次を書くなら「ワーニン、こちら竜宮城」になるんですかね……
竜宮城でのインターンシップみたいになるかもしれないです。
読了、ありがとうございました!