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異世界の闇軍師

番外編 セルン村の驚異的発展

作者:まさな
『異世界の闇軍師』の番外編です。本編を読み終わった人向けです。一話分短編読み切りです。

2016/10/5 若干修正。
 ピピピピッ、ピピピピッ。

 電子音が段階的に大きくなり、ネルロは枕元をその筋肉質の太い腕で探り、デジタル目覚まし時計のアラームを止めた。
 午前五時半。いつもの起床時間だ。
 外から鳥のさえずりが聞こえてくる。

「ううん…」

 ネルロの隣で眠っていたベリルが身じろぎして彼女も目が覚めたようだ。
 ベリルは朝は弱い。一度起きてしまえば元気になるが、ネルロは微笑んでベリルの頬に軽いキスをした。

「お前はもう少し寝てて良いぞ、ベリル」

「ううん、起きるぅ…朝ご飯、作らないと」

「俺が作ってやるっていつも言ってるだろ」

「ダメ。それじゃ奥さん失格でしょ?」

 ベリルはすっかり目が覚めたようで、枕を抱いたまま上半身を起こして軽くネルロを睨み付けた。枕は低反発素材である。

「お前は充分、合格点なんだけどなぁ」

 ネルロはジャージに着替えジッパーを上げつつ言う。ジャージの材質はポリエステル50%、ビッグシルク50%だ。通気性や伸縮性に優れ、丈夫で肌触りも極めて良い。

「もう、甘やかさないで。せっかく出来る奥さんを目指してるんだから。さてと! 今日は神殿の大掃除があるから忙しいわね! 気合い、気合い!」

 ベリルは元気よく腕を回すとベッドを降りた。

「遅くなるなら、夕食は俺が作っておくぞ?」

 デジタル腕時計を腕にはめつつ、ネルロが言う。上品な銀色で、ミスリル製。完全防水で衝撃にも強い。

「ううん、大丈夫よ。それまでには終わる予定だし。それより、今日は燃えるゴミの日だったよね?」

「ああ、ちゃんと持って行くから心配するな」

 ネルロはニッコリと笑うと、寝室を出て、まずは子供部屋に向かった。まだリズとユージは眠っているから起こさないよう、ノックはせずそっとドアを開けてネルロは中に入る。
 二段ベッドに二人の子供はすやすやと眠っていた。
 ネルロはそれを見て安心すると、台所の燃えるゴミの袋を持って外に出た。

「ああん? チッ、誰だ、袋の口をきちんと締めてないのは」

 ネルロは顔をしかめるとその袋の名前を確認し、ため息をついた。

「ホズんとこのか。しょーがねえなぁ。後で叱っておかないと」

 ゴミを片付け、袋の口を締め直し、ネルロは遊歩道へ向かう。

「ふっふっ、はっはっ」

 ユーイチに教えてもらったマラソンの呼吸方法で規則正しく息をして走る。
 毎日、十キロほど走るのが日課だ。
 健康のためと村の見回りを兼ねている。

「おお、村長、お早うございます」

「おう、お早う」

 通りかかった村人に片手をあげて挨拶し、走る。

「ふう、よし、今日も体調はバッチリだな」

 かつてユーイチが使っていた工房に入り、タオルを取って顔の汗を拭う。タオルは綿100%、ループ状の細かい糸(輪奈)もきちんとある。
 汗を拭き終わった後、水道で手をハンドソープも使ってしっかり洗い、ハンドドライヤーで乾かす。このハンドドライヤーは空気の吸引口が下側に有り、水分が空気中に撒き散らされないよう配慮されている。

 ユーイチの弟子にしてこの村の期待の星、リリムの設計だ。リリムは学校での物覚えが非常に良く、セリオスやユーイチやセバスチャンが特別講師を務めるほどに成長した。まだ大人しく引っ込み思案で泣き虫の性格は残っているが、彼女も自信が付いたのか前よりはモノをはっきり言うようになっている。

「よし、綺麗になった」

 手を乾かして確認したネルロは満足そうに頷く。
 ネルロにはこの装置の細かい仕組みは理解できないが、自分の村の村人が手伝って作ったことを少し誇りに思っていた。

「お早うございます、村長」

「おう、お早う、ゴーダ、いつも早いな」

「村長こそ。今日の牛乳です。残りはまた持って来ますね」

「おう。牛たちの様子はどうだ?」

「ええ、みんな元気でエサもよく食べてます。ウメも順調です」

「よし。来月あたり子牛が産まれるかな。牛舎の人手をそろそろ増やすか」

「はい」

 ネルロはミスリル製のバケツを攪拌機に入れ、スイッチを入れる。電動だ。この工房にはゴーレムの姿は無い。
 新しい空のバケツを用意し、攪拌を待つ間に日誌に必要事項を記入していく。HACCPだ。ここの責任者はネルロである。前責任者のエルは週に一度は姿を見せるが、ユーイチの妻として普段はヴァルディス領にいる。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「これでよしと。じゃ、後の掃除は頼んだぞ」

「はい、村長」

 新入りの村人に後を任せ、ネルロは殺菌済みの牛乳の瓶を持ってジーナ大ババ様の家に向かった。

「お早う。邪魔するぜ」

「ああ、村長、お早うございます」

 ジーナ大ババ様の面倒を見ている村人が挨拶を返す。

「お早うございます、ジーナ大ババ様」

 床に座り、両の手を床に突いての挨拶である。あの悪ガキがまるで別人のようだねえとジーナは思ったが言葉には出さないでおく。

「お早う、ネルロ。今日も牛乳を持って来てくれたみたいだね」

「ええ。今日の朝、搾りたてのヤツです。温めますね」

「ああ、頼むよ」

 ネルロは瓶からコップに牛乳を移し、電子レンジに入れた。
 チーンと音がして正常に動作したようだ。リリムが設計し、トーマスが作ったが、ネルロには仕組みはちんぷんかんぷんである。
 だが、ボタンを一回押すだけなので、使うのに問題は無い。フルオートだ。
 瓶に残っていた牛乳をつぎ足して、熱すぎないように配慮するネルロ。

「どうぞ」

「ありがとう。うん、美味しいねえ」

「それは良かった」

 ネルロも満足そうに笑う。

「さ、ここはもういいよ。アンタは村長だから、忙しいだろう」

「まだ時間はありますが、そうですね、じゃ、失礼します」

「ああ」

 いったん自分の家に帰り、ベリル達と一緒に朝食を取ったネルロは、スーツに着替えてエアカーに乗り込む。飛空石を内蔵し、地上との摩擦抵抗がゼロの高効率輸送機関だ。空気抵抗も考慮された流線型で洗練されたデザイン。残念ながら飛空石の数は限られているので、VIPしか使えない。他の車は普通のゴムタイヤを履いた電気自動車だ。

「じゃ、行ってくる」

「はい、気を付けてね」

「「パパ、いってらしゃい!」」

 妻と子供二人に見送られ、ネルロは上機嫌でアクセルを踏む。
 信号は青。センサーにより調整が入る。半感応式だ。赤信号の場合、下にカウントの数字が表示されるため、ドライバーのイライラも少ない。渋滞はしていないが、車の通りは通勤時間とあって多かった。立体交差をくぐり、目的地に向かう。車には自動運転装置も備え付けられているが、基本、人間が運転する。事故防止のためだ。

 通りがかった出勤途中の若者二人がエアカーを立ち止まって眺める。

「お、村長だ。いつもかっけーなぁ。俺もエアカーが欲しいぜ」

「お前には無理だっての。さ、工場に行くぞ」

 セルン村の中央、かつては入り口近くだったその場所に庁舎が新しく作られており、ネルロは駐車場にエアカーを止めて降りた。平らな石畳が綺麗に敷き詰められており、雨でぬかるんだりすることはない。
 少し歩いて庁舎の自動ドアをくぐる。

「お早うございます、村長」

 こちらもスーツの若い女が、電子手帳を開きながらネルロの側にやってくる。

「お早う。今日のスケジュールは?」

「十時から村議会で所信表明演説、十一時からはトレイダーからの視察団の出迎え、十二時からは神殿関係者との会食、二時からはヴァルディス侯爵に表敬訪問を予定しています」

「おお、ユーイチ様に久しぶりに会えるか。そりゃ楽しみだ」

「はい。それと演説の原稿ですが、一カ所、訂正して頂きたいところがあります」

「どこだ?」

 秘書が電子手帳をスワイプして問題箇所を表示させた。

「ここの予算の数字は明言なさらない方が、村議会と対立を産まないかと」

「ふむ。ま、譲るつもりはさらさらないが、そうだな、もうしばらくは友好ムードで行くか」

 同じセルン村の人間同士で敵味方に分かれるのはネルロにはしっくりこないのだが、これが『三権分立』というモノらしい。

「はい、それがよろしいかと。それから一件、問題が」

「なんだ?」

「新規工場建設予定地の地質検査で基準値を超える汚染物質が検出されました」

「うーん、チッ、まずいな…」

「いかがなさいますか? 今から予定地の選定をやり直すとなると、レトルトパック計画のスケジュールに大幅に支障を来します。工事責任者が言うには、埋め立てで対応できるかもしれないと」

「いや、確実に対応できないなら、わざわざ汚染された土地でやることはないだろ? 選定からやり直しだ。スケジュールはいくら遅らせてもいい。食品の安全が第一だ」

 ネルロは即座に決断した。出来る村長である。

「分かりました。では、リストを洗い直し、地質検査も行っておきます」

「ああ、そうしてくれ。やれやれ、またモンスター退治からやり直しか。面倒なこったぜ」

「はい。申し訳ありません。もっと早く、地質検査をすべきでした」

「いや、お前の責任じゃねえよ。俺もリリムに言われるまで気づかなかったからな。気にすんな」

「はい」

「どーもー、メリルでーす。一日村長にやってきましたー」

 ピンク髪のツインテール、ひらひらのミニスカートを着た派手なメリルが、決めポーズと共に現れた。

「ああ? なんだそりゃ?」

 ネルロが眉をひそめる。

「セレモニーの一環です。本当に村長をやるわけではないです。写真撮影と握手だけお願いします。あとはこちらでやりますので」

 秘書が言う。

「そうか。じゃ、よろしくな」

「よろしくですぅ」

 握手を交わし、村長の執務室に三人で向かう。
 カメラマンもやってきて写真を撮った。

「では、メリルさんはこちらに。庁舎の前で握手会が予定されています」

「はーい」

 ネルロはそちらには同行せず自分の机の上のデスクトップパソコンを立ち上げる。

「こればっかりは慣れねえなあ。早く音声入力、リリムが作ってくれりゃいいんだが」

 キーボードを人差し指で順に押しつつ、ネルロが愚痴る。トゥーレやエルはブラインドタッチをあっと言う間にマスターして、嫌みな奴らだ。

「村長! 脚立、作ったよ!」

 ミスリル製の脚立を担いだドワーフっ娘が執務室に入ってきた。

「おお、ミミか。そりゃありがとな。そこに置いといてくれ」

「次は何作れば良い?」

「そうだなぁ…もう椅子も数がたくさんあるし……あ、そうそう、目安箱にドリルの刃が欲しいってあったぞ。作れそうか?」

「馬鹿にしないでよ。簡単だよ!」

「そりゃ凄いなあ」

 何でもかんでもミスリルで作る必要はないと思うが、錆びないミスリル製品は一度作っておけば長持ちする。
 村の予算も節約したいし、それでいいかと思うネルロであった。
 オリハルコンや、リリムの開発した『ダブル・ウォール・ナノ・チューブ』の普及により、ミスリルは武器ではなく日常品が主流となっており、前よりもずっと廉価になっている。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 小型飛空艇で天空の城にやってきたネルロはケインと握手を交わし、中に案内された。

「お館様は中庭だ」

「忙しくなければいいんだが」

 ネルロが心配する。

「大丈夫、政務は家臣団が受け持ってるし、毎日お茶会だ」

「そりゃ羨ましいぜ」

 中庭に入ると、鼻歌交じりで花に水をやっているティーナがいた。

「ティーナ様、お久しぶりです」

「えっ! ああ、ネルロ…さん。ど、どうも」

 あまりの変わりようにティーナも思わず、『さん』付けである。

「ママ~、この人、だあれ?」

 黒髪の少女が、ネルロを指差して首をひねった。手はティーナのマントの裾を掴んだままで少し警戒してしまったようだ。

「ユーナ、前に会ったことあるでしょ。セルン村の村長のネルロおじさんよ」

 ティーナがユーナの背中を押して言う。

「久しぶりだな、ユー坊」

 ネルロは大きなその手でユウナの頭をくしゃくしゃにしてやった。

「むっ。あたし、ユーボーじゃないもん、ユーナだもん」

 ふくれっ面でユーナは両手で髪をなでつけて直し始める。ティーナに似ておしゃれさんのようだ。

「はは、そりゃごめんよ。それにしてもユーイチ様によく似てるなぁ。うちの子は両方ともベリルに似たんですが」

「ふふ、なら美人に育つからいいんじゃない?」

「ははっ、そうですね。じゃ…おお! ユーイチ様!」

 ネルロは向こうにユーイチを見つけて手を振った。

「んん? うお……ネルロか。何でスーツなんて…」

 あんぐりと口を開けたまま、ユーイチはフリーズしている。 

「似合ってるでしょう? コレを着ると村長っぽくなるし、仕事に身が入るんですよ」

 きゅきゅっと紺のネクタイを締め直して見せるネルロ。元々筋肉質で体格が良いのでグレーのスーツが妙に似合う。

「お、おう……ハッ! ケインッ! 気を付けろ!」

「な、何でしょう?」

 ユーイチは素早くローブから鏡を取りだし、ネルロに向ける。
 が、真実の鏡に映ったネルロは、ネルロであった。

「バカな…」

「? お元気そうで何よりです。ああ、そうそうセルン村のPRビデオを作ったので、暇なときにでもご覧になって下さい。色々と、リリムたちが新しいモノを作ってくれてますよ。毒キノコの解毒剤だけはどうにも手こずってるようですが」

 ネルロがメモリーカードをユーイチに渡す。
 光ファイバーネットワークが現在、各地に張り巡らされようとしているが、まだヴァルディスとセルンは繋がっていない。

「まあ、ホワイトキノコはな……ネルロ、悪いモノでも食ったか?」

「ええ? 酷いな。何も食べてないですよ。ただ、結婚して子供も生まれましたからね。エルがこっちに来て、村長も引き受けたし、今までの自分じゃダメだなって思って……なんていうか、若かったというか、幼稚でしたね、自分。ようやく、ジーナ大ババ様やユーイチ様が忠告してくれたことが分かってきた気がします。見てて下さい、まだまだですが、きっとユーイチ様のような村長になってみせます!」

 ネルロは晴れやかな顔で言った。

「い! いーやぁー、そんなの、そんなの、ネルロじゃないぃー!」

 ユーイチは頭を抱えて耐えがたいと言う顔でくねくねする。【柔軟 Lv 845】である。もはや骨すらも曲がり、スライム状になっている。

「ゆ、ユーイチ様?!」
「しっかりしてユーイチ!」
「おい、大丈夫か! どうした!?」
「うわーん、パパが溶けたー!」


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 


「ハッ!」

 飛び起きる。背中にべっとりと変な汗を掻いていた。

「どうかしたの? ユーイチ」

 隣に寝ていたネグリジェ姿のティーナも起きたようだ。

「いや、なんか、おかしな夢を見た。すんげぇ気持ち悪かった」

「ええ?」

「うーん……ちょっと、セルン村に行ってくる」

「ええ? 朝食は?」

「後でいい!」

 俺は速やかに状況を確認すべく、セルン村に飛空艇で向かった。


「おお、ユーイチ様」

 村人達がやってきたユーイチに気づいて手を振る。

「ネルロはどこだ?」

 俺は開口一番、聞く。

「ネルロ? さあ?」

「まだ今朝は見てないべ。どーせ寝てるべ」

「そうか。分かった」

 ネルロの家に行く。寝相悪くベッドの上でイビキを掻いているネルロがいた。
 周囲を探す。うん、スーツなんてどこにもない。やはりアレは夢だったようだ。

「おい、起きろ、ネルロ。もう朝だぞ」

 揺すって起こす。

「んん? なんだ、ユーイチか。うるせえなあ。寝かしておいてくれよ」

「ダメだ。村のみんなはもう働いてるぞ」

「チッ。ふあ…だりー。んん? なんだ?」

「いや。ネルロ、お前は成長しなくて良い。そのままでいいんだからな?」

 俺は、がしっとネルロの両肩を掴んで言う。

「はぁ? 何言ってんだ。いいから放せよ。俺だって成長するぜ」

 嫌そうに俺の手をどけたネルロは、うーん、心配だ……。
 俺は何とも言いようのない不安を感じた。
後書き

『ダブル・ウォール・ナノ・チューブ』とは、炭素の同位体で、原子同士が六角形の形で繋がった分子、のハズです。(´Д`;)
ナノメートルは十億分の一メートル。
アルミニウムの半分の軽さでダイヤモンドと同等の強度を持ち、
銅の千倍の電流に耐える新素材として期待されているらしいです。

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