FILE38:殴りたい衝動。
“ホルス神殿”に仕える最年少の姫巫女、ルルカ・ルーにオルガと共にシバかれること半日。密かに小さいながらも頑張る彼女を愛でていたヤンだったが、そんな彼女に『聖女を惑わせた極悪人』とレッテルを貼られたうえ、始終彼女の敵として鋭い紫闇の瞳で睨まれていたヤンの精神的ショックは大きい。
ようやく彼女に解放された頃には日が西に傾き、空を赤く染めていた。
「どうして私が…。」
ヤンは思わず重い溜息を吐く。
今日は踏んだり蹴ったりの一日だ、そう思わずにはいられない。
ヤンはチラリとこの騒ぎを引き起こした元凶ともいえる聖女を見やる。
久々に外に出れてか…。ヤンの傍らで非常に楽しげにスキップしながら道を進むこの国の、しいてはこの世界の愛し子。
この世で絶対唯一の稀有な黒髪を藁で編んだ帽子で隠し、庶子の格好をして嬉しげに辺りに花を撒き散らしながら歩く彼の者の非常にのん気な姿に、ヤンは心底あきれ果てながら…これからのことを憂い、「はぁ~…。」再度重い溜息を吐いた。
「なぁ、なぁ、ここがヤンの家なのか?!」
人ごみ溢れる街道を抜け、細い田舎道を歩くこと一時間。
ようやく見えてきたただ一つ、そこにポツンと佇む小さな家に、徹は興奮したように後ろを歩くヤンを振り返り尋ねた。
「あぁ…。何も娯楽が無いところですまないな。」
「ううん!なんか今まで見たことが無い不気味さ満載の家で俺、何か凄く興奮してきた!」
ニコニコと、頬を赤らめキラキラと輝く瞳でヤンを見つめ笑う、絶世美少年。
「まるで悪い魔女が住む家見てぇ~!!」
と、先程から褒めているのか貶しているのか…、どちらかというと断然貶しているように思えるが。それをいっている本人があまりにも無邪気な為、ヤンは怒りたくとも怒れなかった。
「聖女様、本当にこんな家でいいんですか?…どうせならこの俺が、」
黒髪の聖女第一主義のオルガが、早速ヤンの家を見て文句を言ってきた。
「“こんな”、とは何だ、“こんな”とは」
「馬鹿だなぁ。この今にもこわれそうなボロサが良いんじゃん!」
確かに自分で認めるのもなんだが…。この家はボロイ。
しかし、だからと言って他人にどうこう言われる筋合いは無かった。
今から約五年前、家から独り立ちするにあたり、はした金しかその当時持っていなかったヤンは、“こんな家”でもギリギリだったのだ。
親の援助なしで、借家に住む人なら誰もがよだれを出して憧れるマイホームをたった13歳にして手に入れたヤンは、住めば都なんたるかで、なんだかんだこの家に対し文句を言いながらも約五年間、この家で暮らしてきた。見た目がこんなでも、雨漏りはしないし隙間風は吹かない。最高な家だ。故に、ヤンがこの家に対し抱く愛着は並の物ではない。
あまりに酷い言い草に思わずオルガを殴ろうと手を振りかざしたヤンだが、次に発せられた言葉の主のソレをも上回る更に酷い発言に思わず頬を引きつらした。
「そう…ですかねぇ?」
「あぁ!見ろよ、この脇から生えたキノコに絡むツタを!!俺、今までこんな汚い家見たこと無いや!何かスゲ~よ!!」
「おい。」思わずヤンは目の前でピョコピョコ揺れる小さな頭を殴りたい衝動に駆られた。
可愛さあまって憎さ百倍なんたるほいだ。
「スゲ~スゲ~」と何度も連呼しながら、その実どこも褒めていない聖女のやや無神経な言葉にヤンのギュッと、血が地面に垂れるまで握り締められた拳がフルフルと震える。
あぁ、もう。本当殴って良いですか?良いですよね?
「ふふふふふ…。」不気味に口を歪ませ、傍目お淑やかに笑うヤン。
しかし、その目は決して笑ってなどいなかった。
「せ、聖女様、そろそろお外の観察をお止めして、中に入りませんか?!」
そんな、今にも打ち切れそうな傍れの怒気を、敏感に感じ取ったオルガは、「さぁ、さぁ、」とこの世で何よりも大切な聖女を守るべく彼を家の中へと追い立てる。
「え~…」
「今の時期、暖かいといえ外は冷えますから…。」
直ぐ傍から感じる冷気に怯えながら。
オルガは必死に聖女を家の中へと招いた。
最初は渋々、綺麗な顔にしわを寄せオルガを拒んでいた徹も、あまりの必死な様子で自分にこう、オルガの姿に「まだこの家を見ていたい。」という意思を折り、彼に従う。
そして中に入った途端、
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!」
先程よりも更に大きな声を上げた。
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