FILE37:美しい人は好きですか?
いつまでたっても止む気配を見せない喧騒に、次第に露となっていくたった一つの気配。
二人は互いに徐々に接近してくる見えない相手との至近距離を図るかのように神門から足を数歩引き、腰に手を当てると流れるような川の仕種でスッと音も無く、太陽の光を浴びて鈍く光る刃を鞘から抜くと僅か数ミリ表に出たところで引く手を止める。
いつ神門から飛び出てくる川から無い今は見えない敵に対し、二人は少しの油断も見せなかった。
ピリッ、と二人の高まった気に大気がチリチリ微かに揺れ動き、彼らの周りを取り囲むように待機する神兵達の緊張をより一層高める。
そして-…
「覚悟しやがれっ!!」
「なっ、オルガ待てっ!」
「あっ、ヤンさん!!」
三者三様。
大きく大気が揺れ動いた瞬間、彼らは一斉に動いた。
ガキッ-…!!
刃と刃が擦れ合う鈍い音が広く開かれた道に響き渡り、真っ赤な火花がバチバチ散りかう。
「くっ-…!」
たった一打。たった一撃。
時として一秒にも満たない神速な時の中ヤンは、瞬時にオルガが放った斬撃をその短く長年使い古された短刀で受け止めた。瞬間、予測以上の剣圧に息がつまり、ヤンの細い、小柄な身体が一瞬にして吹き飛ばされる。
「ヤンさんっ!!」
「ヤンッ!!」
「ぐっ!!」
道路脇に生える大きく太い幹に、短剣で流しきれなかった衝撃をそのままに勢い良くぶつかった。
途端、幹が大きくしなり、風圧で呆気なく吹き飛ばされた彼女の身体をグラグラそのみを震わせながら懸命に彼女の身体を支える。
「おい!!ヤン大丈夫かよ!!」
「ヤンさん!!」
まるでゴムボールのように。あっけなく空へと放られ、そのまま地面に倒れこんだヤン。
そんな彼女の普段なら決してありえない様に、オルガは顔を青くすると、慌てて彼女の傍へと近づいた。彼女の呼吸と脈と意識をいつもにまして繊細な手つきで確認を取ると、眉間に深いしわを寄せ、身体の痛みに唸る彼女の身をそろそろとゆっくり起こす。
「い…痛っつつ…」
「大丈夫か?」
一瞬、本気で気を失いかけた…。
「ヤンさん!!」
ゆるゆると重い瞼を持ち上げ、辺りを見渡す。
「おい、ヤンしっかりしろ!!だいじょう…ぶっはっ!!」
取り合えず煩い虫を殴っとこう。
目を開けた瞬間彼女の視界に飛び込んできた無駄に美形な男を殴り倒し、ヤンは先程からしきりに自分の名前を叫ぶ人物へと目を向けた。
-…うっ、これは… 病み上がりの身体には眩しすぎる!!
思わずその場に平伏し、「あぁ、この惨めで卑しいこの私めを雌豚と蔑んでください!!」とかいう、とんでもない世迷言を口走ってしまいそうになるほど美しい、-…美しすぎる人物が居た。
「ヤンさん!!」
乱れた漆黒の黒髪はどこまでも艶やかで、悲しみに潤み、熱い熱に犯された闇より深い深海の瞳は、この世のありとあらゆる宝石を持ってしても適わない程。どこまでも魅惑的だ。
赤く、熟れすぎた苺のように色づくは少し厚い唇。
そこから漏れる溜息の、何とも悩ましいことか。
「っ、聖女様…、何故このような-…」
「徹。 徹って、徹って呼んでよ」
ズキュ-ン…。
-…あぁ、神様。私、今死んでいいですか?
ニコリと。
咲き零れる赤く小さな野薔薇の如く、可憐に微笑む黒髪の女神(男)-…。
まるで年上の恋人に甘える我侭な恋人のように、ツンと軽くそっぽを向き、それでいてこちらを何度もちら見してくる大胆に見えて、実は少し弱気な少年の行動にヤンは殺られた。
実は自分、結構な面食いなのかもしれない。
聖女の姿を見るたび、胸をときめかせずには居られない彼女が極最近、悟ったことである。
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