FILE36:彼女の背中。
そう言って静かに背を向け、口を閉ざしてしまったヤン。この態度をとったから以上、もはや彼女の口から出る言葉は何も無いだろう。そんなことが解るほどオルガは彼女の傍に居た。
-…んなこと急に言われたって…解んねぇよ…。
腰に手を当て、周りの気配を伺うよう静かに瞑想しているヤンを眺めながらオルガは溜息を吐いた。
物心がつくときから気づけば彼女や、現宰相のホモリス等の傍に居り、いつも日が沈む直前まで彼らと一緒に遊んでいたのを何十年たつ今でも鮮明に覚えている。勉強するときも、ご飯を食べるときも、泣く時も、笑うときも、あの時はいつも一緒だった。
女の子の癖にやけに自分たちより背が高く、いろいろな面において秀でていたヤンに嫉妬し、ホモリスと共にヤンを泣かそうと彼女の部屋に大きなガマガエルを潜ませておいたことがある。
しかし何日たっても彼女の悲鳴は愚か、怒る声も聞こえず「あれ?」と疑問に思っていたときだった。ある日、家に帰って自分の部屋の扉を開けると-…、
部屋一面にガマガエルやら蛇やら芋虫やら蜘蛛やらがモジャモジャ、モジャモジャとベッドの上から机の上まで蠢いていたのだ。
「うわぁぁぁぁぁぁああ!!!!!お母様ぁぁぁあああああ!!!」
今思い出しても物凄い衝撃的なのに、まだ乳離れをして間もない子供から見れば、あまりにもショッキング過ぎる光景にヘナヘナーと座り込み思わず失禁し泣き叫んでしまったのは仕方が無いことだろう。
次の日ホモリスと共に「俺んち蜘蛛とか蛇とかカエルとかいた…」「僕んちはゴキブリの大群が僕の部屋中飛び回ってた…」等と泣きながら話していると-…
「やぁ、オル、リス。私のプレゼントは気に入ってくれたかい? -…ん? そうかそうか、思わず嬉し涙が出るほど嬉しかったのだな!よし、是非次回も期待していてくれたまえ!ふふ…」
まだ十にも満たない子供ながら、何とも胡散臭い笑顔をした小さな少女が、ニコニコと爽やかな微笑を浮かべ現れた。そして、少女より更に小さいオルガとホモリスの肩を掴んで不気味に笑う。
「次も楽しみにしていろよ?」
そんな裏音声が聞こえたのは何も俺だけじゃないはずだ。少女の決して笑ってはいない、冷ややかに三日月を描くそのどこまでも冷たい青い目が、そう静かに語っていた。
まさかガマガエル一匹でこんなことになろうとは…。
以降彼女に逆らうと三倍返し(-…ならぬこれはもはや百倍返しだと思う。)される上、後々までしつこくいじめられるので誰も彼女に逆らう人はいなくなった。
-…あぁ、何か泣けてきた…。
それからというもの何か彼女の気に触るようなことをすると容赦なく、木っ端微塵に叩き潰された。
ホモリスなんかそんな悲しい幼少時代のせいで一時期酷い女性不審となったらしいが…。
思えばあいつも可哀相な奴だな。
王を「もうこれでもか!」と言うほど盲信溺愛敬愛している現この国の宰相の顔を思い出しながらオルガは思わずハハッと頬を引きつらした。そして、すぐ近くに居る今も昔もなんら変わりは無いヤンの姿を見て-…、
目を見開いた。
-…あれ、コイツこんな小さかったっけ?
自分の肩ほどにも満たない彼女の小さな頭を見ながらオルガは不思議に思う。
小さいときはいつも彼女を見上げていた。いつも彼女の背中を追いかけていた。
でも今は-…。
「おい、オルガ。-…貴様、人の身体をジロジロとイヤラシク観察する暇があるならきちんと神門を見張れ。この変態がっ」
「み、みてねぇよ!お前の貧相な身体な-…っひぃ!!」
「ん?何かいったか?」
「言ってません!!!」
一瞬にして首筋に短刀を押し付けられオルガは必死に土下座する勢いで彼女に謝る。
「-…ふん。まぁ、いいがな。」
そんなオルガをジロリと暫く睨んだヤンはすっと短刀を降ろし、「殺るきも失せた。」と言わんばかりに再び目を閉じた。
風が吹く。
今も昔も決して変わらず。
この世界を巡り、包む。
優しい。
風が、吹く。
お気に召しましたらクリック願います→
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。