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FILE33:聖女の逃亡。
「聖女様、あの宮廷御用達で有名な薬師一族、メリッサ家の者が面会に参りましたよ。」
「メリッサ家…?」
「はい。ヤン・メリッサとおっしゃればお解りになるでしょうか…。一度城でお会いしたことがあるはずなのですが−…、 せ、聖女様?!」
ニッコリと優しい笑を浮かべ、神殿の奥深く、隠された通路を使ってこの…、彼だけのために造られたといっても過言では無い壮大な仕掛けが施された一人で住むにはあまりにも広すぎる寂しい部屋に、そう言って静かに入って来たのはこの神殿に仕える巫女、アンリだ。
そんな彼女の言葉に、その部屋ただ一人の住人であり、ある日突然異世界に何の予告なしにトリップしてしまった黒髪の生粋日本人、ならぬ黒髪の聖女、逢田アイダ トオルは目を見開いた。手から読みかけの書物がばさりと床に落ち、身体が勢い良く椅子から弾ける。


「−…!! いったい、どこに行かれるですか聖女様、お待ちください!」
伸ばされたアンリの細い腕をすり抜けながら−…、気づけば徹は神殿の出口に向かって走っていた。
「誰かっ、だれかっ!!」
後ろでアンリの酷く慌てた声が響き、そんな彼女の叫びを聞きつけた女官たちがさらに大声を上げる。神殿中が大パニックに陥った。

「聖女様、いったいどこへ!?」
「聖女様、どうなされたのですか!!」
「聖女様っ!!」
ばたばたと直ぐ徹の後ろから聞こえる彼を追う追っ手の足音。
次々に、いったい今までどこに待機していたんだよ?!と思わず問い詰めたくなるような勢いで予想不可能な場所から次々と現れる己の追っ手の姿に徹は舌を巻いた。
「−…あ〜!もう!しつこい!!」
ふわふわと、足に不安定に絡みつく長い腰巻。
それに、彼は苛苛しながら手早く裂くと、自分の丈より大分長いズボンの裾をめくり先程より数倍早く走り始めた。
粉雪のようにきめ細かく美しい生足が太陽の光を受けきらりと輝き、−…なんとも眩しい。
「なんて、はたし無い!!」
「聖女様おやめください!!」
「元にお戻しを…!!」
「聖女様っ!! −…グッジョブっ…」

何故か途中、徹と会った瞬間、まるで崩れるように倒れてしまった彼ら男の神官たちの健康状態を心配しながらそれでも彼は走り続けた。

己でも説明できない心の鼓動に胸をぎゅっと握り締めながら。






「−…、何だか騒がしくないか…?」
「まさか!!聖女様が愛する俺のために歓迎パーティーを催してくださったのかなぁ?」
「いやそれは無い。」
「えぇ。我が神殿で、そのように口にするにもおぞましい下種なお考えをするのはおやめ下さいませ、大尉殿。不潔です。」
ニヤニヤ。まるでそこらの街角にいる、昼間から酔いつぶれている駄目オヤジの如く。酷く怪しい男の笑みをこの聖なる神殿、この国一の聖域の前でその無駄に美しい顔に浮かべるこの国の大尉、オルガ・ニヒト。
そんなオルガの、あまりにも不毛すぎる…、神殿の前、通称“試しの門”とも言われる“神門”の前で考える妄想に呆れながらヤンは慣れた仕種で彼の頭を殴った。
即座に寝言を封じたのだ。なんせ出る杭は全て打ち殺すに限る。

ガーン。
ヤンの、あまりにも冷たい返事に、瞳に、動作に、オルガは酷いショックを受けるとグタリ、地に足を着いた。いじいじと地にしゃがみこみ、のの字を書く。
そんな彼に、最後の追い討ちをかけたのはヤンの隣に立つ小さな巫女、ルルカだ。
彼女はその小さな身体を精一杯後ろに反らすと、フンッと鼻を鳴らした。
腰に手を当て幼いながらも鋭い眼差しでオルガを睨む。

「−…じょ、冗談だよ、冗談!!」
だらだらと汗を流し、小さな子供にぺこぺこ頭を下げるオルガ。
「次にそのように穢れた言葉を口にしたならば…」
「い、いえ、本当!冗談ですから!!」
幼いながらも甘く見ることなかれ。
ヤンの隣に立つこの神殿、“ホルス神殿”に仕える最年少の少女、ルルカは、この神殿に仕える巫女としてなんら恥じることが何も無いほどの膨大な知識を、神力を、生まれながらにして持ち合わせこの世に生まれてきた。まさに、もう一人の神に愛されし神子といってもいいほど稀有な存在。ルルカ・ルー。
彼女は床までつくほど長く、濃い紫色の髪を大きく翻すと、

「少し神殿の様子を見てきます。暫しお待ちを…」
一瞬にして姿を消した。

「いっちゃったな…。」
「あぁ。」
後に残されたヤンとオルガの二人は、ただぼんやりと自分達の前に佇む巨大な門、いつもより大分賑やかな神門を、見つめていた。

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