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FILE31:受難の始まり。

「おい、オルガ大尉っ!陛下がお呼びだぜぃ。」
そう言ってニヤ、と笑った悪友。
オルガはそいつの顔を見た瞬間顔を引きつらせた。
「マ、マルコ…」
「あぁ?何だよ、その嫌そうな顔は。わざわざこの俺様が、この超、超、忙しい時期に暇見てお前を呼びに着てやったつーのに。そんな顔は無いんで無い?」
「う、生まれつきだ!」
「あぁ、そうかい。」
見事な赤毛を優雅になびかせ、威風堂々歩く男。
その、甘い二枚目顔に浮かぶのは悪魔のように歪んだ笑みだ。
ただじっ、と何故かやや引き腰のオルガを見つめる。
その鋭い鷹の眼差しにオルガはたじたじだ。
暫くの間、二人はただじっと狭い訓練所の廊下で見つめあった。
タラッ、とオルガの額から汗が流れる。
「なっ、なんだよ」
「いんや、別にぃ〜」
「だっ、だったらこっち見んな」
「ん〜?ならお前が目をそらせばいいじゃん。」
「うぐ…」

―…いったい何がしたいんだ?!コイツ…。
心の中で声にならない絶叫を上げながらオルガはゆっくりと後ずさりをした。
(危険だ、コイツ。)彼の生命感知器がピコ〜ンピコ〜ン赤い警報を鳴らす。

「そ、それじゃぁ俺行く…ッヒィ!!」
「っと、その前においオルガ。お前、この俺様になぁ〜んか言うことあるんでない?」
逃げ遅れた−…。
ガシッ、と腕を固く掴まれ冷たい壁へと押しやられる。
彼の笑ってない瞳が…怖い。

「はっ、はひっ!!」
何が面白いのか…。
クツクツ喉奥で笑うオルガの悪友、マルコ・リトル。
オルガの同期であり部下でもあるこの男は大変遺憾なことに性格破綻者だった。
家良し、顔良し、頭良し、の三拍子が見事に揃い、軍に所属する者の中でも飛びぬけて腕が良い彼は―…、しかし性格がかなり悪かった。
己の行く道を邪魔するモノ。人間はもちろん、例え子犬でも子猫でも彼は許さず、容赦なく笑って蹴り飛ばす。休日、久しぶりに会う彼女とイチャイチャしている仲間を見れば、すぐさま彼は、笑ってその彼女を寝取り飽きたらポイ。軍内で彼に彼女を寝取られたと泣き寝入りする男は、オルガが耳に聞くだけでも山ほどいる。その他にも彼は、献身な神論者達を反対に論破し精神崩壊に追い込んだり、相手の痛いところを見つけてはかなり巧妙な手つきで脅し金を巻き上げていたりと―…、もはや人であるまじき行いを日々している。

(−…あぁ、俺ってやっぱ友人運、仕事運ねぇよな…。)
そんな男が、自分の下にいると思うと…。
目から何とも言えない汁が流れてくる。

「まずだ。お前、わざわざこの俺様がお前の為だけに、陛下から承った非常〜に大切な情報をお前に届けてやった、っていう感謝の言葉が抜けてやがる。」
「え、あ、悪ぃ−…」
「そして第二にだ。お前、何かこの俺に隠し事してねぇか?」
「か、隠し事…」
「そう−…、例えば最近好きな“女”が出来た、とか…な?」
「!!!」
ニタ〜。赤い唇が左右に裂け、マルコの同姓をも魅了する美しい顔に、悪魔の笑みがゆっくり広がる。オルガの呼吸が不自然に止まった。
「はははぁ〜ん。」
ビクッ!!
獲物を狙う蛇のように重く、ネットリとした視線がオルガの身体全体に絡まりついた。
ダラダラと大量の汗が身体に流れ落ちる。

「な、何言ってんだよマルコ。お、俺に好きな女なんて…」
「そうかそうか。お前にもとうとう春が来たか。」
「だから違っ、」
「でもなぁ〜。最近舞踏会なんてねぇし…、ましてや休日お前がどっかに出かけている様子もなかった…」
「だからち、」
「ということは…、ここから推測されるに−…」
キラリッ。マルコの鋭い鷹の瞳が、無垢な子供のように光る。
瞬間、オルガの脳裏に蘇るは彼女を一日にして寝取られたという同僚達の哀れな姿。
『オルガ大尉ぃ〜…、あいつ、あの、マルコ少尉にだけは絶対、絶対、好きな女が出来ても口をすべらしちゃいけませんぜぇ〜…俺わぁ、俺わぁ〜!!!十年かけて落とした女を…女を!!僅か、僅か一日で奪われ、奪われぇぇぇえ〜!!あぁ〜シンディ〜!帰ってきてくれぇええ!!』
ぞぞぞ、とオルガの背中に悪寒が走る。
(やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい)
―…絶対絶命だ…。

「つい一月前城にあらわ…」
「や、やややや、ヤンなんだっ!!」
「はっ?」
ついつい、焦って口が滑り、己の口からスルリと出た名に、オルガは自分でも固まった。
マルコの方をソロリと見てみれば−…、彼の方もあまりにも予想を外した人物の名にか…?ピシッと珍しく本気で固まっていた。
そんなマルコの酷く珍しい顔を見ながらオルガは心を決めた。
(えぇいい、こうなったら自棄だ!!)

「そ、そうさ!俺はあの…十年来の幼馴染、薬師の娘、あのヤン・メリッサが好きなんだ!!」
「−…。」
「もう出会った時からフォーリンラブだぜ!!」
「−…。」
「な、なんか文句あるかよ?!」
「−…。」
無言。
オルガが嘘の言葉を積み重ねて、積み重ねていくたび、マルコの表情から笑みが消え、最後には全くの無表情となる。
(なっ、いきなりなんなんだよコイツ…)
正直、笑っているこいつも怖いが、全くの無表情のコイツはもっと怖い。
ビクビク肩を震わせ、全く動かないマルコの様子をおずおず観察していたオルガは、次の瞬間マルコが浮かべた壮絶な笑みに息が止まった。
彼のバックになにやら禍々しいオーラが見えるのは決して気のせいでは無いだろう。
あまりの殺気に、オルガの口から心臓が飛び出そうだ。
「マッ、マル…」
「ふぅ〜ん、あっそう。」
「まっ、」
「オルガもアイツが好きなわけね。」
「え…」
(おい、ちょっと待て、オルガも、“も”って何だ?!“も”って−…)
「こんなところに新たなライバル出現するとはねぇ。思ってもなかったぜ?オルガ」
「え、あ、」
(まっまて、俺が好きなのは聖女だ聖女っ!!今の言葉は撤回、)
「藪つついて蛇出すっつ〜のはまさにこの事だわな。おいオルガ。」
「ハッハヒ!!」
「これから−…宜しくな?」
(いやだぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!!!!)

鼻水も凍らすマルコの瞳。
オルガはそれを見た瞬間、本気で死を覚悟した。
彼の地獄の日々が今始まる。
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