FILE28:天に響く鐘
リゴーン… リゴーン…
天高く越えた空へと鳴り響く、地より清められし銀の音色。
古の者たちから、未来の者たちへと贈る名も無きメッセージ。
イーシス国第一首都“アヌケト”の中央にそびえ建つ一本の巨大なる柱“ウジャト”。
はるか昔、天より舞い降りし神子により祝福を受けたこの地は、神々にもっとも深く愛され、初代イーシス国国王アトゥム・ラー・エクセルト王はその証として天より十三本の柱を授かる。
遥か彼方の空より真っ直ぐと地に突き刺さったその内の一本、最も巨大なる柱を人々は“ウジャトの目”と呼び、“ウジャトの目”の周りを囲うように堕ちた残りの十二本を人々は“ホルスの目”と呼んだ。
建国三百年を誇る戦乱の世にしては長き歴史を持つイーシス国、建国のさいからそこにあり、ここに住まう人々の生活をずっと見守ってきた神々より授けられし巨大なる柱。その身があまりにも高すぎるため、地上からはこの柱の先がいったいどのようになっているのか見ることが叶わないが、雲の衣を纏いて堂々たる趣で聳え立つその柱の先に地上に住まう人々は大きな金の鐘があることを知っている。
何故なら五年に一度、イーシス国国内で開かれる四カ国会議、通称“ノウェイサス”が始まる日、イーシス国の空中に美しい澄んだ鐘の音が響き渡るのだ。
その巨大なる身を震わせ、大気を震わせ鳴く柱、“ウジャトの目”。
すると、その鐘の音に共鳴するかのごとく残りの十二本の柱も天へ向かって鳴き出す。
誰が操作しているわけでもない…、自然にこの国全体に鳴り響く鐘の音。
代々この自然豊かなイーシス国に住まう人々はこの鐘の音を“神の忠告”としてしかと耳に焼き付けてきた。
「−…聞こえる…」
「え?」
山済みとなった作りかけの傷薬をどけ、彼女は小さな部屋の窓に駆け寄った。
固く閉じられた窓を大きく開き、この国中に響き渡る美しい鐘の音色を聞く。
「そんな大きく窓開けなくても聞こえるよ?」
十三回目の、最後の鐘が鳴り響いたのにも関わらずまだ部屋の外へと熱心に耳を傾ける彼女の姿に、今まで彼女の前に大人しく座っていた小さな少女は不服そうに頬を膨らませた。
どうやら自分との楽しい会話より、五年に一度鳴り響く鐘の音に、彼女の耳と関心が奪われてしまったことが嫌だったらしい。ブンブンと床につかない足を揺らし、起こった顔で未だ窓辺に寄りかかる彼女の蒼い瞳を見つめる。
「―…あぁ……」
暫くの間、まるで先程まで彼女が相手をしていた小さな少女の存在など忘れてしまったかのようにじっと俯き黙り込んでいた彼女だったが、小さな少女が突然上げた涙交じりの大声に彼女はようやく我を取り戻した。
「ヤンお姉ちゃんっ!」
「うん?…あぁ、急にほったらかしにして悪かったな。おや、おや、どうしたんだい可愛いお嬢さん?そんな今にも雨が降り出しそうな顔して。可愛い顔が台無しだ」
「うるさいっ!!ヤンお姉ちゃんが悪いんだもん!!」
「…そうだね、どうやら君にとても寂しい思いをさせてしまったみたいだ」
「さびしくなんかっ、」
「お詫びに甘いお菓子をどうぞ?お姫様。」
ニコリと微笑み、腰についた数あるうちのポケットから今朝方焼いたばかりのお菓子を取り出す。む〜と頬を愛らしくぷく〜と膨らましながらも少女の目線はヤンが持つお菓子に釘付けだ。チラチラと少女に向かって優しく微笑むヤンの顔と、彼女が手に持つお菓子に少女の純粋無垢な瞳が往復する。
「しょ、しょうがないわね!ゆ、許してあげる!」
数分の間、戸惑うようにお菓子と彼女の顔を往復していた少女だが、やはり子供。目の前にあるあまりにも美味しそうなお菓子を前にすぐ根を折った。
ぱっとヤンの手からお菓子をとると陰に隠れて嬉しそうにお菓子をほうばる。
「−…可愛いな…。」
ムシャムシャと音を立てて食べる小さな少女の様子を微笑ましく眺めながらヤンは注意深く少女の左膝を見る。
(…ん、もう大丈夫そうだな…。)
ヤンの家に訪れたさい血と泥で酷く汚れ、赤く腫れ上がっていた少女の膝。
しかし、今は微かに赤くなってはいるものの腫れは大分引き回復の兆しを見せている。
先程の痛みも忘れブンブン足を振り回している少女のおてんばに呆れながらヤンは再び視線を外へと戻した。
いつもと何も変わらない“アヌケト”の街がそこにはあった。
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