FILE20:民の気性
「お前なぁ、いったいどこのどの世界に王の寝室へと未婚の女を連れて歩く宰相がいるというのだ?もし誰かに見られて勘違いでもされたらどうする。」
彼の言葉に思わず歩みを止めたヤンは、疲れたように肩を落とす。
どうしてこの国の者はこうも馬か…、いや、楽観的なのか…。
考えるだけで頭が痛い。
まぁ、この温暖な気候の国に住まう者独特の気質といってしまえばそれはそうなのだが、自分が知る彼らのあまりにも警戒心が無さすぎる態度には最近ヤンは何かしら思うところがある。
もし、他国との戦争が始まったとしたらこの国は、はたして勝つことが、生き延びることができるのだろうか…。
現在イーシス国は、とある外交官の優れた手腕により何とか他国との情勢が保たれていた。他民族との小さな諍いごとは極稀に起きるものの、大きな諍いごとまでには発展せず、ここ数年、イーシス国の民は皆平穏な時を過ごしている。
しかし、いつ何時、他国が、主に今年王権交代したばかりの若き北の王、ノース国の王が、この自然豊かなイーシス国に攻めてくるか…。
北の民は総じてその厳しく寒い寒帯の環境ゆえにやや残酷で冷たい。
そうでもなければ彼らは、その緑も育たぬ厳しい地では生きていけないのだ。
他を信じれば裏切られ、少しでも甘さを見せれば殺される。
それ故、幼い頃から常に、例え親兄弟の間柄であったとしても、生と死の狭間で生きてきた彼らは強い。
ノース国はまさに弱肉強食の世界。
強きものこそが、その世界では一番美しく、偉い。
それに加え、ノース国はヤンと相反する魔術を生まれながらにして持つ、闇の魔術師発祥の地と歌われる今だ謎に満ちた摩訶不思議な場所だ。
故にヤンは前々から北の大地に警戒を払っていた。
前王とその血族に連なる者全てを惨殺し、自らが王となった現王の気性がいったいどういったものなのか…。
事と次第によってはすぐさま対策を練らなければならない。
「今、あなたの目の前のここに。別にいいでは無いですか。我が敬愛なる他の誰よりも美しく賢い…我が愛しき王と、平凡極まりないあなたの容姿と低い身分ではどうかんがえたとしても天と地の差があります。それゆえ誰もあなたと王の関係など一寸たりとも疑わないでしょう。」
プッツリと黙り込んでしまったヤンがアレコレとこの国の未来について、頭の中で真剣に思考を回らせていると−…、聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「…平凡極まりない容姿…に、低い、身分、だと?」
フフン、となんとも偉そうにヤンを見下し、鼻を鳴らし歩くはホモリス。
この国の若き宰相、ホモリス・ルート・ダン。
―…この野郎…。
例え彼に言われたその全てを、幼い時から自分でも嫌々自覚していることとはいえ、やはり他人に改めて言われると腹が立つ。
先程のヘコヘコした態度はどこへやら。
自分が戦うテリトリーに入ってようやく彼は、彼本来の調子と、身分を思い出したらしい。
その一銭の特にもなら無い安く高い身分をたてに、ヤンに喧嘩を売ってくる。
「貴様…。」
万死に値する…!!
グッと爪が肌に食い込み血が滲むほど左右の拳を握り、どんどん不穏な空気を発しだす…、そんなお淑やかに歩くヤンの前をのんびりと歩くホモリス。
彼は歩き続けた。
後ろから徐々に伸びゆく魔の手にも気づかないで。
後にこの一週間後、彼はとある会議の際、大衆の前で大恥をかくこととなるが…、それがいったいどこの誰の手により起こったことなのか、知る者は誰一人としていない。
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