FILE18:子供の気持ち
僕達を優しく出迎えてくれたその女の人は−…。
実は、とても、怖かった。
「ハル兄ちゃん、ボク、怖いよ…。」
「だ、大丈夫。大丈夫だよ、」
ブルブル震える小さな弟の身体、その細い肩を、ハルはしっかり抱き寄せると自らも、その小さい身体をより小さく縮みこませギュッと目を閉じる。
目を閉じても、耳をふさいでも聞こえる、この世の者とは思えないほどおぞましい…、先程この家に駆け込んできた若い男の叫び声。そんな彼の悲鳴を引きずり出している元凶といえば先程僕達に優しく微笑み、弟の治療をしてくれた小柄な女の人だ。
(女の人って、女の人って…)
幼いときに母親がはやり病で亡くなって以来、男で一つ、小さな村の片隅で育ってきた彼ら兄弟は、あまり若い女性との面識が無かった。その村に住まう殆どのものが五十過ぎの老人で、たまにこの村に遊びに来る彼らの孫達は、何の娯楽も無いこの村にたった一日で飽き、直ぐに彼らが住む新しい都の家へと帰ってしまう。故に、この兄弟は女性というものがどういうものであるのか知らない。
幼い彼らが知っている唯一身近な女性といえば−…、
教典や聖書、はたまたは子供が読んでいる絵本でさえも良く出てくる美しく優しい女神様と聖女様だけ、だ。
そのせいか…、彼らはよく若い男にありきたりな己が夢見る異性への幻想を自らも気づかぬうち、その心に深く根付かせていたのかもしれない。
((−…怖いよぉ…。))
女性は全て優しい。
そんな彼らの幻想は今壊れた。
純朴で幼い兄弟達は、ただ、何故か痛む己の胸に首を傾げながら、突然豹変してしまった薬師の、あまりにも凶暴の様にブルブルと互いに小さな身体を寄せ合い部屋の隅でその諍いが終わるまでずっと震えていた。
そんな幼子達の様子をチラリとヤンは横目で見やると心底不機嫌そうに溜息を吐いた。そしてギロリと男を睨みやる。
「全く。お前がどっかの馬鹿みたいにデカイ大声をだすせいで、あの子達に怯えられてしまったではないか。どうしてくれるホモリス。」
「そっ、それは私のせいでは−…グッ」
「うん?何かいったかな?この変・態・君?」
「なっ、なんでもありません…」
グリグリと未だ床で腹を抱え蹲る男の広い背に、彼女は無情にも、磨くに磨かれ、靴職人の手により更に鋭く尖らされた黒いハイヒールの踵を落とす。
「いたっ、いたっ、いたたたたたたっ!!!」
「ん?なに気持ち良いって?」
彼女が足をグリグリと前後左右に動かすたび、まるでまな板の上で踊る鯉の如く、身体をクネクネ、ビクビク、床の上を跳ね回るホモリス。
「−…なっ!!そんなこと私は一言っ、あだぁぁぁぁぁぁ!!!」
ぎゃぁぁあぁぁぁぁああああああ!!と今にもポックリあの世に逝きそうな悲鳴を上げる男。その声にかぶさるように、ふふふふふ、あははははっと、笑うは魔女―…、ならぬ、自称天才光の魔術師、ヤン。
心底楽しそうに、腹の底から笑い、幼い兄弟が部屋の片隅にいるにもかかわらず残酷に男をいびるそんな彼女の姿に幼い二人の兄弟が思ったことはいったい…。
その後、都から遠く離れたある小さな村に、“都には薬師の職業を持った鬼婆がいる”いというまことしやかな噂がッ広まったことが−…、不幸にもそんな場面に出くわしてしまった兄弟達の心情を我々に語るだろう。
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