FILE14:弟子の苦しみ
「−…は?」
一体何を言い出すのかとヤンの師匠であり、この世界の創造を手伝ったと謳われる五大賢者の一人、黒の賢者グランパ・リ・シャーレイは眉を顰めた。
今まで何年も何百年も生き、何人もの優秀な−…後に世界を震撼させた−…正に伝説クラスの弟子達を幾数人育てはこの未だ不穏に満ちた世に排出しては社会に、ゆくゆくは世界に貢献してきたグランパだが、未だヤンのような…、あまりにも不可解な存在を見たことがなかった。
故に、時たま彼女の師匠であるグランパはヤンが理解できなかった。
まぁ、そもそも他者を完全に理解できるものなどこの世にいるはずもないのだが…。
しかし、普通ある程度だったら相手が発した言葉の意味を捉え、吟味さえさえすれば大方相手の心情が理解できるというもの。それが長年生きてきた者の特権であり、極当たり前なことだ。
何せ人生経験の長さが違う。
しかし、−…しかし。
「我が捻くれ者でいざコウとなったら周りが見えず猪突猛進で突っ走り暴走してしまう馬鹿弟子よ。今の言葉をもう一度、ゆっくり言ってはくれまいかな?」
「むっ、なんだ、グランパ。人がこんなにも真剣に話しているというのに。あなたは聞いておられなかったのか?まぁ、いい。−…いやな、もしも互いに好きでもない相手、しかも同性同士を、互いにホレホレのメロメロにするためにはあの、堅物意固地の神が一瞬にして恋に落ち堕落したと有名な“エロスの惚れ薬”を使うのと、あの高級娼婦でさえもソレを使えばあっという間に地味な男の虜となったことで有名な“フレイヤの媚薬”、どちらが適しているとあなたは思うか?」
理解不能。
意味不明。
解読不可能。
少し怠惰な性格を持つ弟子にしては珍しく真剣に自分を見つめ、よく分からない問いを問いかけてくる弟子の可笑しな姿にグランパが思ったのはこの三つだった。
というか−…。
この弟子は一体何を自分に求めているのか全く解らない。
唯一解ったことといえばこの馬鹿弟子が何やら人の感情を、思いを、完全無視した最低行為に突っ走ろうとしている事実だけだろうか。
「−…、約二年ぶりに我に会いに来たと思えば…。お前は一体何をその薬を使ってしでかすつもりだい? 事と次第によっては、我はお前を破門しなければならなくなるのだが。」
「むっ、確かに人の思いを踏みにじる行為をするということは、その者の生まれもった運命を酷く歪ませる行為となり、下手すればその者の人生を狂わせるだけではなく、その周りにいるもの全ての人生も狂わせてしまうこの世で三大タブーに触れる最低最悪な行為になるかもしれないが…。仕方ないんだグランパ。」
「何がだい?」
「今度光臨した聖女が…」
そう言って言葉を切る。
彼女の悲痛に歪んだその顔が、言葉の続きを明確に語っていた。
「まさか…!」
聖女。
それはこの不安定な世においてあってはならない、しかし、必要不可欠な存在。
しかし、何故その聖女のあまりにもめでたい光臨をヤンが素直に喜べないのか…。
それは−…。
「そう、“男”なんだ。」
「なんと…。」
何百年もの昔にあった事件を思い出しグランパは顔を微かに歪めた。
ぎゅっと拳を強く握り、深く項垂れる弟子のあまりにもか弱い姿が目に映る。
重い沈黙がこの部屋を支配する。
互いの息遣いだけが個を知らせ、あまりにも乱れた呼吸を繰り返すヤンの姿に、グランパは、彼女が今までどれだけ気を張って暮らしてきたか…。彼女の立場の重さを知る。
「ヤン−…。ヤン・メリッサ、我が愛しい最愛なる愛弟子よ。」
恐らくグランパの人生、最後になるであろう末弟子にかの者は自分の思いを託す。
微かに縋る様に…、甘えるように。
自分を見上げてくる愛弟子の姿にグランパは優しく笑った。
誰よりも賢く、それ故不器用で、孤独な、優しすぎる弟子の、幸ある未来を祈って。
「そんなことであろうなら我も喜んで協力するぞぇ?」
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