FILE13:究極の選択
ふと目を開ければ、どこか懐かしい香りと共に、歪な天井に描かれたシミが頭に飛び込み、ヤンはハッと身を起こした。
辺りを確認するかのようにキョロキョロ見渡し、何かを考えるかのように顎に手をやる。
そして-…
「あっ!」と声を上げると肩に掛けられた見知った黒いローブを跳ね除け身体を跳ね上げると寝癖をそのままに隣の部屋にいるであろうヤンが混沌する原因となった諸悪の根源を見つけに彼女は勢い良く床を歩くとその部屋に繋がる扉を開けた。
すると、のん気に黒猫とじゃれ合いながら優雅に夕食を口にしている食えない老人の姿が目に映り、ヤンは拳を震わす。
「師匠‥あなたという人は、」
「おはよう馬鹿弟子。良く眠れたかい?」
「え、あぁ、おはようございます‥、ではなくてだな、」
「お前の分も作ったから良かったら食べておゆき」
「ニャァ」
ニコニコと笑いながら未だ憤るヤンを夕食が綺麗に並べられたテーブルへと誘い、「これが今宵の力作じゃ!」と嬉しそうに焼きあがったばかりのケーキを手に乗せヤンに見せるヤンの、彼女の前では決して口にはしないものの小さい頃から大好きで、他の何者よりも自慢な師匠。
「ほれコレも食べとくれ」、「ほらほら、ほっぺにクリームがついてるぞい」、「相変わらず子供じゃなぁ~、あぁ、だからお前はいつまでたっても幼児体型なんじゃな。」
久しぶりに会ったせいか‥、いや、この人はいつだってそうだった。
楽しげにアレコレ弟子がおかす粗相に口を挟み突っ込んでは優しくて甘い毒を吐く師匠。
しかしその言葉の全てに弟子への深い愛情が見え隠れしている。
口では厳しく言いながらも、彼女の手は、眼差しはいつも優しい。
-…だからつい、私はあなたに甘えてしまうんだ‥。
彼女の長い年月が刻まれたシワだらけの手で頭を小突かれるたび、子供じみた文句を、仕種をしてしまうヤン。
そんな自分のなんとも恥ずかしい師匠への甘えをヤン自身自覚していながらも、どうしようも出来ない自分に笑う。
目が覚めた途端、スッーと今まで自分でも分からないうちに内の中で溜め込んでいた疲れが引き、身体が物凄く軽い。
-…やっぱ、あなたには適わないな。
ふっ、とヤンの足元に擦り寄ってくる黒猫のぬくもりに何とも言えない気持ちが溢れてくるのを口に詰め込んだケーキで何とか押さえ込みながらヤンは静かに苦笑した。
どうやら自分は家に入った瞬間から、師匠の手の内で転がされていたらしい。
-…そんなに私は、疲れていたように見えたのだろうか‥。
わざわざ豪華な夕食まで用意してくれた師匠の優しさに感謝しながらヤンは食べ終わり、甘い花の香りがする紅茶と師匠ご自慢のケーキを口に運び終えると静かに口を開いた。
「師匠、実はあなたに相談があるのですが-…」
「ふむ?なんじゃ改まって。言ってみるがいいよ」
「はい。では-…もしも互いに好きでもない相手、しかも同性同士を、互いにホレホレのメロメロにするためにはあの、堅物意固地の神が一瞬にして恋に落ちたことで有名な“エロスの惚れ薬”を使うのと、あの高級娼婦でさえもソレを使えばあっという間に地味な男の虜になったことで有名な“フレイヤの媚薬”、どちらが適していると師匠は思うでしょうか?」
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