FILE10:希望の意味。
「なんでこの私が−…。」
ヤンは酷く不機嫌そうに己の長い髪を横に払うと心底心外だ、とでもいうかのように深い、それは深い溜息を吐いた。
彼女の周りには現在、彼女の身分では決して買うことなど出来ない(出来たとしてももったいなさ過ぎてやらない)きらびやかな髪飾りやら、腕輪やら指輪やらの金の装飾品や、美しい絹の織物などが所狭しと並べられてある。
もちろんソレらはヤンの為に用意されたものではない。
何を隠そう今ヤンがここにくることになった元凶のためだけに用意されたこの国、否、この世界の人間国宝ともいえる職人たち一人ずつの手により一つずつ丁寧に作られたものだ。
しかし、当の作られた本人と言えばそんな女の子なら誰でも一度は憧れると言った状況を完全無視しヤンの家の十倍もあるだだっ広い部屋の片隅で小さく蹲っていた。
「−…聖女様、いい加減諦めたらどうなんだ?」
「俺は聖女じゃない。」
そういってプイとヤンにいじけたような幼子のような仕種で背を向けるはこの国の神にも等しい存在である黒髪の聖女。部屋の直ぐ入り口の傍では、聖女の複雑な事情を唯一知る彼専属の侍女、王と乳母姉弟であるリナが、そんな聖女を見て申し訳なさそうに、また、王に直接頼まれた自分の仕事を満足にすることが出来ず、顔を青くしながらぶるぶる震えていた。
そんな彼女のなんとも可愛そうな姿を見、聖女のあまりにも子供じみた仕種を見やったヤンは一瞬、ほんの一瞬、本当に僅かだが殺意を覚えた。
しかし、大人の心の余裕を既にその歳にして習得しているヤンは腹にぐっと力をいれその熱い煮えたぎるような衝動を堪えると表面上ニコニコと最初にこの部屋に入ってきたときからなんら変わらない微笑を浮かべながらチラリとさりげなく、黒髪の聖女の直ぐ後ろで待機しているヤンよりもさらに遥かなる後方で待機している美しく武装した全く使えない男二人を睨んだ。
オロオロと女であり、本来は守られる側にいる筈のヤンに救いの眼差しを向けてくる馬鹿二人…、否、この国の王と大尉の姿が今は酷く目障りだった。
だいたい、聖女を民たちに披露する日程を決めときながら、当日の直前でその話を聖女にしたという彼らの話からして既におかしい。
その上、未だ聖女を手篭めにしていないという王のカマトトぶりも。
聖女とよばれる自体全く納得していなかったあの少年が、そんな話を聞いて納得などするはずないではないか。
「んなもんにでるか?!つか俺は元の世界に、地球に、絶対、日本に帰るんだぁ!!」と怒鳴られ、暴れられ、脱走をはかるなど聖女側から見れば当然のことであろう。
しかし、それでは困るのだ。
彼の意見などヤンの前では全てどうでも良かった。
たとえその言葉が正しいとしても。
唯一、このお馬鹿な二人に今日、ほめてやってもいいと思ったところは聖女を宥める=説得する役としてヤンを呼んだことだろうか?
(全く情けない。−…しかしどんな理由が彼にあろうと逃がすわけにはいかない。)
「私に聖女と呼ばれ、お前は返事を返した。その時点でお前は既に己が聖女であるということを、聖女であると言う立場を、自ら肯定したんだ。故にお前は聖女だ。」
「違うっ!−…んなの屁理屈だ!それに俺、男だし聖女なんてありえねぇ!」
「ふん、ならお前こそ極度の屁理屈じゃないか」
「どこがだよっ!」
「なら聞くがお前はトールと名乗ったな? では女でトールと名乗る者はいなかったのか?」
「いたけど…」
「ならば何故聖女と呼ばれることを男であるからと否定するのだ?」
「だって、おかし」
「トールという呼称が男以外の女に使用されることを良しとするのに、何故そこで男であるからと聖女と呼ばれることに抵抗を覚える?」
「だって、」
「呼称とは確かにその者の存在を表すが、必ずしもその者を表すとは限らない。故にお前も聖女と呼ばれることを男だからと否定するな。どうせ呼称にすぎぬのだから。」
彼は、
聖女は、
その者存在自体が、
この国全てのものの希望なのだから。
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